海よりも清澄な青

雨夜りょう

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10彼女はとても綺麗な人魚

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 いつも通り夜の海に潜った時、目の前に彼女が居ることに気が付いた。

「あっ」

 この一歩を踏み出せば、また彼女は逃げてしまうのではないかと動き出せずにいたが、一向に逃げ出す気配は見られない。
恐る恐る彼女に近寄ると、彼女が声をかけて来た。

「貴方、名前は?」

 彼女は女性にしては少し低めだったが、透き通るような声をしていた。これを鈴を転がすような声と言うのだろうかと感嘆に打ち震えていると、少し苛立ったような声がする。

「なによ、聞こえないの?名前を訊いているのよ」

「オスカーだ、貴女の名前は?」

 オスカーは震える声でリンの名前を訊ねた。
やっと、恋焦がれてやまなかった彼女の名前が知れるとは、最早いつ死んでも良いとそんな馬鹿げたことを思うくらいにはオスカーは舞い上がっていた。

「リンよ。見ての通り人魚、貴方はどうして毎日ここに来るの?」

 リン、そうかリンと言うのか。彼女の名前を噛み締めるように心の中で繰り返した。

「俺は君に会いたかったんだ」

 幼少期に誤って海に落ちて、彼女に助けられてから。オスカーの全ては彼女の為だけにあった。何を犠牲にしても良いと思うくらいのこの愛を、彼女は知らない。
 オスカーの言葉に眉間に皺を寄せ、考え込むようなそぶりを見せた。 

「初めまして、よね?」

「違う、今日で四回目だ」

 一度目は海で彼女に助けられた時、オスカーを変える程の衝撃的な一目惚れだった。二度目は彼女に船が襲われた時、もう会えないと諦めかけていた恋が再熱した。三度目はそれからも彼女に逢えなかった一ヶ月がようやく進展した時、天井知らずに思いが増していった。そして今日四度目は、彼女の声を知り名前を知った。大切な日だ。
 何一つ覚えていない、彼女にとって取るに足らない出来事が、オスカーにとっての宝物だった。

「俺は、君のことが好きだ」

 込み上げてくる感情を言葉にすると、眼前の人魚は目を白黒とさせた。

「は!?好き?人魚が?」

「人魚がと言うよりは、君がだけど」

 人魚が好きなのかと大きな声を上げる彼女に、オスカーは訂正する。人魚が好きなのではない、リンという一人の女性が好きなのであると。
 勿論、彼女が人魚である以上は人魚が好きであると言っても相違ないが。でも間違えられては困る。

 そう伝えると、考え込んだようで喋らなくなってしまった。
 そんな姿も魅力的だとは思うが、そろそろ帰らなくてはアレックスが乗り込んでくるだろう。彼女に確実に逢えるようにしなくては。

「リン、また逢いたい。いつなら君に逢えるんだろう?」

「は?また会うの?そうね、月が真上に昇る頃この場所に来るわ」

 三度目で逃げられたからもう会ってはくれないと思っていたが、どんな気まぐれを起こしたのかリンはもう一度会うことを約束してくれた。
 どんな気まぐれを起こしたのだとしても、もう一度逢えることがオスカーにとっては何よりも嬉しかった。

「わかった。リンまた来るよ、明日も来る」

 君に逢いたいんだと言い残して、オスカーは陸に上がっていった。





「アレックスー!!やっと彼女に逢えたんだ」

 そう言って執務室に帰ってそうそう両腕を広げて抱き着くように走り出す。

「ああそうかよ、良かったな」
「良かったですね、オスカー様」

 オスカーの頭をがっしりと掴んだアレックスは、これから延々と続くであろうオスカーの感想を思い一人ため息をついた。



「でね、彼女はリンって言うんだよ」「綺麗な声だったな、次は俺の名前を呼んでくれるだろうか」「ああ、もう逢いたい」と繰り出される文字の羅列に、とうとうアレックスは怒鳴り上げた。

「うるっせえええええええーーー!!!」

「うるさいのは貴方ですよ、アレックス」

「お前はよく黙ってこの長話を聞いてられんな!いい加減鬱陶しくってたまんねーよ!」

「私は、オスカー様の話なら三日三晩でも聴いていられますね」

 三日三晩なんて考えただけでぞっとする、さっさと想い人と添い遂げてこの口を黙らせてしまいたいとアレックスはこめかみを指で揉んだ。
 いや、一緒になったらなったで自慢話が始まるに違いないが。

(まあいい、これ以上興奮させたら明日の仕事に差し支えがある。ホットミルクでも飲ませて休ませっか)

 少し甘めにしておくかと、扉に向かってアレックスは歩き出す。そろそろ寝る用意をさせておけとギルバートに言い残して部屋から出て行った。
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