そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第5部

作戦会議

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 王城の奥、通常なら重厚な扉の先に静謐な議論の場が広がる会議の間は、今日ばかりは物々しい顔つきの騎士たちに占拠され、緊急の司令本部と化していた。

 会議の間の中央、円卓の上座に座るのは国王ベルンハルド。その横に宰相ローセボーム、その反対側には統括騎士団団長ケイレブが陣取り、周囲を近衛騎士団、第一騎士団、第二騎士団の団長・副団長が取り囲む。

 壁にかかる豪奢なタペストリーは半ば巻き上げられ、テーブルには王都とその周囲を描いた地図が広げられている。

 王都は東・西・南・北の四門を中心に四つの地域に区切られており、西門地域には警鐘を、北・南・東門地域には半鐘を鳴らすように指示が出されていた。

 半鐘が鳴らされた地域は速やかに建物内に避難し、外出禁止。警鐘が鳴らされた地域は、頑丈な建物への緊急避難が命じられている。

 「王都北西のダンジョンから発生した魔獣の大群──もうスタンピードと呼んでいいだろう──は、王都を目指している。知っての通り、王都は防御の魔法陣が展開された防御壁で囲まれているが、その防御が途切れる地点が門だ。魔獣は門から王都に侵入してくる。方角的に西門を目指していると思われる」

 ケイレブは王都地図の西の端を指先で示した。

 「第一騎士団の半数は西門の守りに就け。スタンピード相手では、門は確実に突破される。引き際を見誤るな。目的は足止めと、可能な限りの頭数を減らすことだ。深追いはするな。残りの半数は、王城への道中で魔獣を減らす布陣を敷け。魔獣の目指す先は王城と見ている。統括騎士団は王城前で食い止める。殿下に指揮を頼む。ロイ、師団を二つ、統括に貸せ。第二騎士団は民の避難誘導を最優先とし、最寄りの頑丈な建物に誘導せよ。中央統括神殿も避難所に使う。間に合わない場合は貴族の邸宅でもかまわない。反発する貴族がいれば『国王の命令』だと伝えろ。いいですね?」

 ケイレブに視線を向けられ、ベルンハルドは迷いなくうなずいた。

 「命に平民も貴族もない。横暴な貴族がいたら報告を上げよ」

 「だそうだ。近衛騎士団は王城防衛にあたれ。万一、魔獣が王城内に侵入した場合は、王族の保護を最優先とする。近衛、第一、第二の団長、それぞれ簡潔に動向を教えてくれ」

 ケイレブの言葉は、鍛え上げられた剣のように無駄がなく、鋭く明確だった。

 それを受けて、各部隊の団長・副団長たちもまた、自らの責任を悟り、無言でうなずいた。

 「第一騎士団団長ロイ・バルクスが申し上げます。第四隊と第七隊を統括騎士団にお貸しします。残りの半数を西門中心に布陣させ、さらに西門が突破されることを見越して王城までの経路上にも布陣させます」

 百戦錬磨の風格を持つロイは赤銅色の短髪で、騎士の中でもひときわ背の高い偉丈夫だった。

 「エドとトレビのところか。助かる」

 第四隊と第七隊の隊長の顔を思い浮かべながら、ケイレブは礼を述べた。二人とも、剣の腕も戦術も申し分のない隊長である。

 「第二騎士団団長、ヤルナッハ・スエイトが申し上げます。第二騎士団は西門地域を中心に住民の避難誘導にあたるとともに、哨戒と情報収集の任務を兼ねます。また、第二騎士団の駐屯地は堅牢な壁と建物を備えておりますので、ある程度までは魔獣の襲撃にも耐えられます。ここを負傷者搬送先として活用します。重傷者は治療院に運びますが、魔獣の侵攻状況に応じて臨機応変に対応します」

 普段はどこか抜けた印象のあるヤルナッハだが、この場ではまさに第二騎士団団長の名にふさわしい、威風堂々とした対応を見せていた。

 「ヤルナッハ団長。このマロシュはこの数年、私の指示のもとで王都の地理を頭に叩き込んでいます。住民の避難に役に立つでしょう。第二騎士団の指揮の下、マロシュを避難誘導に加えてもらいたい」

 シーグフリードの言葉に、マロシュがヤルナッハの元に駆けつける。

 「団長、微力ながらお力になります」

 「人手は多いほうがいい。頼むぞ」

 それを眺めていたケイレブはヴァレリラルドへ視線を向ける。

 「殿下、今回はフォルシウスは貴重な癒し手として働いてもらいます。ナオ様のところにはうちのサリーを行かせます」

 「しかしサリーは」

 「気休め程度にしかならないことはわかっているが、この事態で何もしないほうが胎教に悪いらしい」

 怪訝な顔をするヴァレリラルドに、ケイレブは肩をすくめる。一応ケイレブなりに止めたのだが、サリアンの意志は固かった。

 「近衛騎士団団長、ティス・ローセボームが申し上げます。王城内の防御魔法陣はすでに強化済み。各門は閉鎖しました。ただし、東門と北門は非常用避難口として開放し、管理者を配置済みです。第一師団である親衛隊は、アネシュカ殿下とともに陛下を手厚く護衛いたします。副団長レオニスは奥城の警備を強化し、王妃殿下をお護りします。第二・第三師団は遊撃部隊として城内に配置、侵入してきた魔獣への即応を担います。第四師団は側防塔より魔法および弓による遠距離攻撃を行います」

 ローセボームの次男であるティスは、強い意志を込めてケイレブを見据えた。

 「王城にいる治癒師、医師、結界術師の人数を最小にし、残りは避難所へ向かわせますが、よろしいですね?」

 ケイレブの問いに、

 「可能な限り死者の数を減らすために尽力するように」

 ベルンハルドもまた民を慮る言葉でケイレブの意向を支持した。

 「宰相、陛下の名において冒険者ギルドに魔獣討伐の依頼を。王都に滞在中の冒険者全員と光魔法が使える者を招集してくれ」

 ケイレブはローセボームにも指示を出す。

 普段なら格調高く国政の議論が行われる場も、今日ばかりは緊張が凝縮されたような空気に包まれていた。

 その会議の間の片隅には昼間の会議の後も残っていた古参の大臣フェルセンと、帰ろうとしていたところで緊急事態に巻き込まれた新参の大臣サジロの姿があった。

 フェルセンは、王都の危機に際して命を賭して魔獣に立ち向かおうとする騎士たちの姿に胸を打たれたが、サジロは騎士たちが我が物顔で会議の間を占拠することに我慢がならなかった。

 まして、王城に詰めていた治癒師や医師、結界術師たちを「平民のため」に外へ出すという判断に、怒りが爆発した。

 「陛下! この会議の間は、我ら臣下が国家の政を議する神聖な場でございます! 騎士たちが踏み荒らす場所ではございません! ましてや治癒師たちを王城から出すなど、ここで何かあった時、どうなさるおつもりですか!」

 サジロの怒声が会議の間に響いた。

 その言葉には怒りというよりも、自らの立場を踏みにじられた屈辱がにじんでいた。周囲の騎士たちは一瞬だけ手を止めたが、すぐに再び地図へと視線を戻した。

 「黙れ、サジロ」

 静まり返った室内に、ベルンハルドの声が雷鳴のごとく響いた。

 サジロは言葉を失い、その場に立ち尽くす。

 「王都には今この瞬間にも魔獣の群れが迫っている。西門が突破されれば、建物は破壊され、民は死の危険にさらされ、傷つき、命を落とす者も出る。騎士たちはそれを少しでも減らすため、命を懸けて立ち向かおうとしている。こんな時に、会議の間の格式がどうしたなどと」

 ベルンハルドの瞳には、いつもの温厚な光はなく、王都の命運を背負う王としての凛とした怒りが宿っていた。

 「この場所が会議の間であるか否かに意味はない。ここは今、国を守るための戦場だ。魔獣の群れに対抗するための奇策も、前線に出て戦う度胸もないのなら、黙して国のために祈れ。それができぬのなら、今すぐ退場せよ」

 沈黙の中で、ケイレブが小さくうなずくと、騎士たちは再び地図へと意識を戻し、予想される魔獣の侵入経路と各部隊の配置が次々と記されていった。

 「会議の間の品格を貶めるな」

 フェルセンが厳かに言葉を発した。

 サジロは、会議の間はすでに王国の尊厳を守ろうとしている真の守護者たちの手に渡っていることを知った。

 「陛下、おっさ……いや、サミュエルを呼んでください。俺は偉そうに指揮を執るより、前線で力を奮うほうが性に合っている。サミュエルが到着次第、俺も街中に繰り出す。シグ、サミュエルとともにここを頼む。ウルとルドは俺が合流するまでの間、命を懸けて殿下を護れ」

 「おうともよ!」

 「任せろ」

 ヴァレリラルドへの忠誠を誓うウルリクとベルトルドは噛みつくような勢いでうなずいた。
  
 「私は死なない。そして、誰一人として死なせはしない」

 ヴァレリラルドは自らに言い聞かせるように静かに宣言した。一度死なせた梛央をアシェルナオとして取り戻したのだ。今さら自分がアシェルナオを残して死ぬつもりはなかった。

 そして、ここにいる誰もが、愛する人を持っている。その者を誰一人死なせるつもりもなかった。

 次期国王のヴァレリラルドの気概に、この会議の間に集う同じ気持ちを持つ者たちの結束がぐっと固まった。

 「ケイレブ、統括騎士団団長の職務を放棄するな。だが、戦力が増えるのはありがたい。早速招集しよう。時間がない。全員、配置につけ。みな、生きて戻れ!」

 ベルンハルドは高らかに鬨の声を上げた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 久しぶりの更新になってしまってすみません。
 物語を完結するには、今まで登場してきた人物、戦闘要員として今回初めて登場する人物が王都、王城を守るために戦う場面がどうしても必要です。
 もともとそういう場面を書くのが苦手で、みなさんもナオちゃんの登場しない場面を不得手な文章で書かれても、と思われるのでしょうし……。と思うと、なかなかタイピングが進みませんでした。
 ナオちゃんが出ない場面でも、下手な戦闘描写でも応援するよ!と思っていただければありがたいです。

 陳謝)ケイレブが二つ師団を貸せといったのはレオニスではなくロイでした。すみません。訂正しています。
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