481 / 502
第5部
魔獣襲来・避難開始
しおりを挟む
王都中央区の空に、重く荘厳な鐘の音が響いた。
中央統括神殿の大鐘楼《クリムベル》。
直系王族の祝い事には華やかに、弔事には悲哀に満ちた音色を奏でる鐘が、今、全ての街区に非常事態を告げていた。
広場にいた者たちは驚いて顔を見合わせ、建物の中にいた者たちは驚いて外に飛び出した。通りで遊んでいた子どもたちが不穏な空気を察して泣き声を上げた。
「どうした?」
「なんだなんだ?」
鳴り響く鐘の音とともに人々のざわめく声が波のように広がっていく。
それをかき分けるように石畳を蹴る蹄の響きが近づいてきた。
「王命だ! 魔獣の群れが王都に向かっている。頑丈な建物に避難しろ!」
怒号のような声を張り上げて、第二騎士団団長ヤルナッハが黒馬に跨り広場へと駆け込んだ。
続く副団長ニカイ、屈強なゴルドをはじめ、十数騎の部下たちが彼に続く。
胸当ての紺青が陽光を反射し、騎士たちの影が石畳に走った。
「団員は全班、通信機を常時開放! それぞれの持ち場を報告しろ!」
ヤルナッハの低く太い声が、通信機を通して各地へ響く。
『了解! メルナ通り、商人たちが避難を始めていますが、道幅が狭く渋滞しています!』
「メルナ通りは危険だ。通行を止めて、アルデン通りに回せ。広い通りを使え!」
『了解、誘導開始します!』
『広場西通り、露店を撤去中! 荷車の立ち往生多数!』
「露店は放棄させろ。荷車は横倒しでもいい、道を空けろ!」
ヤルナッハは通信機越しに怒鳴るように命じながら、広場に着くなり馬を降りた。
広場には、まだ避難しきれない人々が集まり、混乱していた。
泣き叫ぶ子ども、荷を抱えて動けない老人。
「何事ですか!」
「魔獣が来るって本当なのか!」
民の問いに、ヤルナッハは振り返りざま、地鳴りのような声を張り上げる。
「本当だ! 王太子殿下と各騎士団が防衛にあたっている! お前たちは命を守れ! 荷物を捨てて、指示に従え!」
副団長ニカイがすぐさま広場の中央へ進み出て、冷静に指示を出す。
「避難誘導、班ごとに分ける。ゴルド、中央神殿方面を頼む。群衆を一気に動かせ」
「了解っ!」
巨躯のゴルドが馬上で腕を振り下ろす。
「こっちだ! 慌てるな、母親と子どもを先に!」
従卒たちがそれに合わせて走り、人波を押し広げていった。
『こちらブレンドレル。下町区の避難誘導を開始。住民は中央統括神殿方面へ流れています。混乱はありますが概ね順調です』
通信機の向こうで、女性の声と少年の声が重なった。
ヤルナッハは即座に応じる。
「よし、そのまま北に向かって中央統括神殿まで誘導しろ。あそこは防御魔法が張られているから最も安全だ」
『了解』
ブレンドレルとの通信を終えると広場の空気が一瞬だけ静まり、代わりに遠雷のような音が響いた。
ズゥゥン……
地が震え、屋根瓦がわずかに揺れる。
「団長、西門の方角から煙が上がっています!」
周囲の騎士が叫ぶ。
ヤルナッハは空を仰いだ。黒い靄が、風に逆らうように蠢いている。
その瞬間、通信機がノイズを走らせた。
『……西門、エリナ。西門突破されました。……ロイ、あとを頼む』
声の主は第一騎士団副団長、エリナだった。
ヤルナッハは馬に飛び乗り、拳を掲げた。
「第二騎士団、即時防衛体制! 避難誘導を継続しながら、市街地の防衛に努めろ!」
「了解!」
ニカイが短く答え、団員たちに号令を飛ばす。
「西門が突破された! 魔獣が来る! 落ち着け、逃げ惑うな! 王都を護るとは、民と自分の命を守ることだ!」
その声が響くと同時に、遠くから地鳴りが迫る。
鐘楼《クリムベル》の音が、地響きと交じりながら鳴り続けた。
地面が震え、屋根の上の瓦がぱらぱらと落ちた。遠くからこちらに迫って来る振動が石畳から人々の足に伝わってきた。
今さらながら、先ほどから響く鐘楼《クリムベル》の音が、現実の危機を告げているものだと悟った。人々は次々にパニックに陥った。
一気に人波が避難経路に押し寄せる。
「落ち着け! 押すな、走るな!」
騎士たちの怒号が飛び交い、従卒たちが両手を広げて人々をさばいていく。
だが「魔獣が来る」という恐怖に飲まれた人々の耳には届かない。
誰かが叫び、誰かが押し、誰かが転ぶ。
悲鳴と足音が渦を巻き、鐘の音をかき消すように街を満たした。
「家に戻らなきゃ、子どもが……!」
泣き叫ぶ女の声に群衆が引きずられ、老人が押し倒される。若い騎士が必死に手を伸ばし、転倒するのを防いだ。
「止まれ! その先は危険だ!」
その叫びは、混乱の中にかき消される。
瓦礫を越えて走り出す者、荷車を放り捨てて泣く子を抱く者。
避難列は形を崩し、空気がざらつくように騒然とした。
「団長! 先頭の魔獣がすぐ近くまで来ています!」
「第二騎士団、止まれ!」
ヤルナッハの怒号が空気を震わせた。
次の瞬間、城壁の向こうから土煙が吹き上がり、地平が黒く染まる。
焦げた臭いとともに、低く唸るような咆哮が街を包んだ。
避難列の最前にいた騎士たちが一斉に振り向く。
「……来るぞ!」
黒い奔流――魔獣の群れが、広場の石畳を蹴って迫ってきた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
毎回読みに来ていただいてありがとうございます。おかげで頑張れます。
読めますか? 読めていますか? しんどいです。しんどいですが、まだです。まだ続きます。これを乗り越えないと、なのです。引き続き、読みに来ていただき、応援いただければ幸いです。
乗り越えた先には……あぁぁ……それもどうかなぁ……
中央統括神殿の大鐘楼《クリムベル》。
直系王族の祝い事には華やかに、弔事には悲哀に満ちた音色を奏でる鐘が、今、全ての街区に非常事態を告げていた。
広場にいた者たちは驚いて顔を見合わせ、建物の中にいた者たちは驚いて外に飛び出した。通りで遊んでいた子どもたちが不穏な空気を察して泣き声を上げた。
「どうした?」
「なんだなんだ?」
鳴り響く鐘の音とともに人々のざわめく声が波のように広がっていく。
それをかき分けるように石畳を蹴る蹄の響きが近づいてきた。
「王命だ! 魔獣の群れが王都に向かっている。頑丈な建物に避難しろ!」
怒号のような声を張り上げて、第二騎士団団長ヤルナッハが黒馬に跨り広場へと駆け込んだ。
続く副団長ニカイ、屈強なゴルドをはじめ、十数騎の部下たちが彼に続く。
胸当ての紺青が陽光を反射し、騎士たちの影が石畳に走った。
「団員は全班、通信機を常時開放! それぞれの持ち場を報告しろ!」
ヤルナッハの低く太い声が、通信機を通して各地へ響く。
『了解! メルナ通り、商人たちが避難を始めていますが、道幅が狭く渋滞しています!』
「メルナ通りは危険だ。通行を止めて、アルデン通りに回せ。広い通りを使え!」
『了解、誘導開始します!』
『広場西通り、露店を撤去中! 荷車の立ち往生多数!』
「露店は放棄させろ。荷車は横倒しでもいい、道を空けろ!」
ヤルナッハは通信機越しに怒鳴るように命じながら、広場に着くなり馬を降りた。
広場には、まだ避難しきれない人々が集まり、混乱していた。
泣き叫ぶ子ども、荷を抱えて動けない老人。
「何事ですか!」
「魔獣が来るって本当なのか!」
民の問いに、ヤルナッハは振り返りざま、地鳴りのような声を張り上げる。
「本当だ! 王太子殿下と各騎士団が防衛にあたっている! お前たちは命を守れ! 荷物を捨てて、指示に従え!」
副団長ニカイがすぐさま広場の中央へ進み出て、冷静に指示を出す。
「避難誘導、班ごとに分ける。ゴルド、中央神殿方面を頼む。群衆を一気に動かせ」
「了解っ!」
巨躯のゴルドが馬上で腕を振り下ろす。
「こっちだ! 慌てるな、母親と子どもを先に!」
従卒たちがそれに合わせて走り、人波を押し広げていった。
『こちらブレンドレル。下町区の避難誘導を開始。住民は中央統括神殿方面へ流れています。混乱はありますが概ね順調です』
通信機の向こうで、女性の声と少年の声が重なった。
ヤルナッハは即座に応じる。
「よし、そのまま北に向かって中央統括神殿まで誘導しろ。あそこは防御魔法が張られているから最も安全だ」
『了解』
ブレンドレルとの通信を終えると広場の空気が一瞬だけ静まり、代わりに遠雷のような音が響いた。
ズゥゥン……
地が震え、屋根瓦がわずかに揺れる。
「団長、西門の方角から煙が上がっています!」
周囲の騎士が叫ぶ。
ヤルナッハは空を仰いだ。黒い靄が、風に逆らうように蠢いている。
その瞬間、通信機がノイズを走らせた。
『……西門、エリナ。西門突破されました。……ロイ、あとを頼む』
声の主は第一騎士団副団長、エリナだった。
ヤルナッハは馬に飛び乗り、拳を掲げた。
「第二騎士団、即時防衛体制! 避難誘導を継続しながら、市街地の防衛に努めろ!」
「了解!」
ニカイが短く答え、団員たちに号令を飛ばす。
「西門が突破された! 魔獣が来る! 落ち着け、逃げ惑うな! 王都を護るとは、民と自分の命を守ることだ!」
その声が響くと同時に、遠くから地鳴りが迫る。
鐘楼《クリムベル》の音が、地響きと交じりながら鳴り続けた。
地面が震え、屋根の上の瓦がぱらぱらと落ちた。遠くからこちらに迫って来る振動が石畳から人々の足に伝わってきた。
今さらながら、先ほどから響く鐘楼《クリムベル》の音が、現実の危機を告げているものだと悟った。人々は次々にパニックに陥った。
一気に人波が避難経路に押し寄せる。
「落ち着け! 押すな、走るな!」
騎士たちの怒号が飛び交い、従卒たちが両手を広げて人々をさばいていく。
だが「魔獣が来る」という恐怖に飲まれた人々の耳には届かない。
誰かが叫び、誰かが押し、誰かが転ぶ。
悲鳴と足音が渦を巻き、鐘の音をかき消すように街を満たした。
「家に戻らなきゃ、子どもが……!」
泣き叫ぶ女の声に群衆が引きずられ、老人が押し倒される。若い騎士が必死に手を伸ばし、転倒するのを防いだ。
「止まれ! その先は危険だ!」
その叫びは、混乱の中にかき消される。
瓦礫を越えて走り出す者、荷車を放り捨てて泣く子を抱く者。
避難列は形を崩し、空気がざらつくように騒然とした。
「団長! 先頭の魔獣がすぐ近くまで来ています!」
「第二騎士団、止まれ!」
ヤルナッハの怒号が空気を震わせた。
次の瞬間、城壁の向こうから土煙が吹き上がり、地平が黒く染まる。
焦げた臭いとともに、低く唸るような咆哮が街を包んだ。
避難列の最前にいた騎士たちが一斉に振り向く。
「……来るぞ!」
黒い奔流――魔獣の群れが、広場の石畳を蹴って迫ってきた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
毎回読みに来ていただいてありがとうございます。おかげで頑張れます。
読めますか? 読めていますか? しんどいです。しんどいですが、まだです。まだ続きます。これを乗り越えないと、なのです。引き続き、読みに来ていただき、応援いただければ幸いです。
乗り越えた先には……あぁぁ……それもどうかなぁ……
88
あなたにおすすめの小説
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
クラスメイトのイケメンと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた
時
BL
「はい、じゃあ二人組作って」──あまり人付き合いが得意ではない夏稀(なつき)にとってそれは地獄の言葉。
けれど高校ではちがう。なぜなら新しくできた友達と『二人組』協定を結んだから。
もう二人組なんて怖くないと思っていた矢先、その友達が風邪で欠席。
ほかに組む相手が見つからず、先生と組むことも覚悟する夏稀だったが、そこで声をかけてきたのは美形の転校生──緒川聖夜(おがわ・きよや)だった。
「俺と二人組にならない?」
その一言をきっかけに聖夜は夏稀との距離を急速に縮めてきて──。
執着美形攻め×平凡受けのちょっと不穏な学園BL。
※色々設定変えてたら間違って消してしまいました。本当にすみません…!
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。
ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。
高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。
そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。
文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる