そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第5部

魔獣襲来・名剣帰陣

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 ──王城前広場。

 王城正門に至るセレスティア橋は、王都と王城を結ぶ橋の中で最大のものだ。

 幅は十二騎が並んで走れるほど広く、両側には彫刻を施された大理石の欄干が連なっている。

 欄干には王家の紋章と、王国建国の伝説に名を残す聖獣と剣士のレリーフが刻まれ、かつては王国の栄光を誇示する象徴でもあった。

 王太子の婚約式の日、この橋は花びらと旗で彩られた。

 王都から押し寄せた何千何万という民衆が橋を埋め尽くし、正門のバルコニーに立つ王太子ヴァレリラルドと長いあいだ秘匿されてきた婚約者の姿に歓声を上げた。

 花環を投げる子ども、祝福の詩を朗読する吟遊詩人、婚約を寿ぐ楽団の音が風に乗り、王都全体が輝いていた。

 しかし今、その橋は変わり果てている。

 城側の鉄柵はすでに下ろされ、第二防衛線として控えの騎士たちが周囲を固めていた。

 戦いの主戦場になるのは、橋の手前に広がる広場である。噴水の砕け散った石片が散乱するその場所で、統括騎士団は半円状の陣を敷いていた。

 王城を背にして守る最後の壁として、誰一人退けない布陣である。

 正面中央には、ヴァレリラルド率いる主力隊が構えていた。

 第十小隊、第四小隊からこぼれ落ちた魔獣たちを、ヴァレリラルドが白光の残影を残しながら剣を振るい、押し寄せる魔獣の群れをまるで風が草原を薙ぐように切り払っていく。

 ヴァレリラルドの左側には、ウルリクがいた。こんな時でありながら楽しそうに体をしならせてスレインの喉元に剣を突き立てて裂いていく。
 
 ヴァレリラルドの右側にはベルトルドが重鋼のような剣を一寸もぶれずに振り下ろし、ブルガルを地に叩き伏せていく。

 この三人からは、まるで鉄壁が築かれたかのような威圧感が生まれ、最後の砦となる場での支柱になっていた。

 主力隊の右側面ではイクセル隊が軽騎兵を中心に布陣し、素早い魔獣が迂回しようとする隙を許さない。

 左側面にはクランツ隊が入り、主力隊にも劣らない働きぶりを見せている。

 押し寄せてくるのは、第一騎士団の前線をすり抜けてきた魔獣の群れ。

 影を裂くスレイン。遠吠えで仲間を招くザグルウルフ。飛行型のガルヴァ。重量で地面を砕くブルガルなど。

 いずれも厄介な存在で、数も多いが、ヴァレリラルドをはじめとする統括騎士団の騎士たちにかかれば脅威とは言い難かった。

 「前方、スレイン二! 抜かせるな!」

 統括騎士団を指揮するのはヴァレリラルドだが、年長で場数を踏んでいるクランツが全体の様子を見て指示を出し、

 「了解、処理する!」

 イクセル隊が軽やかに跳躍し、スレインを即座に斬り伏せる。

 魔物の群れは途切れることはなかったが、王城前広場の戦況は安定している――はずだった。

 だが、クランツは不穏な違和感を感じていた。

 「第一騎士団があれほど激戦だというのに、ここには取りこぼした魔獣がほとんどです」

 クランツが眉を顰める。

 「ケイレブの作戦通りで助かるが……確かに物分かりが良すぎる気もするな」

 ヴァレリラルドは魔獣を相手にしながら短く答えた。

 「……何かに操られているような気がします」

 「ヘッダか」

 静かな緊張がヴァレリラルドとクランツを中心に広がり始めた。

 やがて、第十小隊と第四小隊をすり抜けて流れて来る魔獣とは別の方向から、別種の足音が聞こえ始める。

 目の前に飛び出してきたブルガルを剣で薙ぎ払うヴァレリラルドも異変に気付いた。

 ヴァレリラルドを護るウルリクとベルトルドの耳にも、地鳴りの奥から別の足音が混じって聞こえた。

 「殿下、大路の奥、魔獣の密度が急に変わりました。来ます、普通の群れじゃありません!」

 イクセルが真正面の通りの奥を見据えて叫ぶ。

 その視線の先、王城へ続く通りの奥に黒い波の先端が蠢いていた。

 スレイン、ザグル、ブルガル。そして、その後方――まだ姿は見えない。

 ただ、骨が擦れるような不快な音だけが、風に乗って近づいていた。

 「何かが……来ます」

 クランツが低く呟く。

 王城を背にした最後の広場へ、別格の気配がじわりと迫っていた。

 バルモランほどの巨躯ではない。

 だが、群れで押し寄せるには厄介すぎる構成だ。

 その瞬間だった。

 王城前広場の空気が――ふっ、と軽く抜け落ちた。

 風は吹いているのに、血の匂いも、土埃も、魔獣の臭気も、すべてが薄まっていく。

 「……なんだ……?」

 ヴァレリラルドが眉を顰めた。その違和感は、全騎士の背筋を無言で撫でていく。

 次の瞬間――魔獣たちが動きを止めた。

 暴れ狂っていたスレインも、吠え続けていたザグルも、上空を旋回していたガルヴァさえ、羽ばたきをやめる。

 「どうしたんだ、何が起きてるんだ?」

 「魔獣に意思があるようだ」

 見たことのない光景に戸惑うウルリクにベルトルドが答えるのと同時に、異質な何かが姿を現した。

 ギ……チ、ギチ、ギギギ……

 王城広場からのびる道の奥――大路の闇。その底から、骨が擦れるような音が沸き上がった。

 瘴気が渦を巻き、瓦礫を押し割るように暗黒の影が浮かび上がる。

 ゆらり――と、六本の肢が大地を叩いた。

 「……なんだ?」

 クランツが息を呑む。

 闇よりなお深い黒。

 細く長い体躯に、無数の骨片をまとわせたような異形。瞳はなく、ただ闇の穴だけがぽっかりと空いている。

 「……過去の、魔獣暴走の記録を読んだことがある」

 今まで見たことのない異形の魔獣を前にして、ヴァレリラルドは呟くように言葉を紡いだ。

 「魔獣を統率する魔獣がいたという。ノクス・ドミヌス――闇の支配者――と書いてあった」

 「かつて最大級の被害を出した魔獣暴走の記録ですね」

 ノクス・ドミヌス。

 その恐ろしげな名前は、異様な雰囲気を生み出す存在に似つかわしかった。

 「ノクス・ドミヌス……魔獣の中心で声なき命令を出す存在がいるのではないかという……おそらく、あれのことでしょう」

 闇に生まれ、闇を束ねるノクス・ドミヌス。

 記録の中でしか語られなかった存在が、今まさに近づいている。

 クランツの言葉に、皆が息を呑んで通りの奥を見つめる。

 その瞬間。

 その瞬間、大路の闇の底で、ノクス・ドミヌスが低く咆えた。

 ブゥゥゥゥン……

 地鳴りより静かで、風より重く、闇より冷たい“声”。

 それが広場の空気を震わせた刹那、魔獣たちの動きが統率された軍勢のように変わった。

 魔獣たちが一方向へ首を揃え、ガルヴァは同じ高度で旋回し始めた。

 暴れ狂っていた群れが、一瞬で指揮下に入った。何かが全てを操っている。

 「来るぞ!!」

 ヴァレリラルドが前へ踏み出した瞬間、通りに滞留していた魔獣たちが、堰を切った濁流のように広場へなだれ込んだ。

 スレインが影の筋となって地を走り、ザグルが咆哮で仲間を呼び、ガルヴァが上空から旋風のように急襲し、ブルガルが石壁を砕いて突進する。

 統括騎士団は即座に迎撃陣形へ移った。

 「ファイアウォール展開! 通路を絞れ!」

 クランツの号令に呼応し、王城前広場の入口に 炎の壁・ファイアウォール が轟々と燃え上がった。

 火の障壁が突進してきた魔獣の勢いを削ぎ、動線を絞る。

 「ウォーターブレード! 飛び出た個体を斬れ!」

 炎を抜けてきた魔獣へ、水属性の騎士が 水の刃・ウォーターブレード を振るい、炎をまとったスレインを断ち割る。

 それでも潜り抜けた影には、前衛騎士たちの剣閃が走った。

 「上空、ウィンドアロー!」

 クランツの声に合わせて、後列の風属性魔術師が風の矢・ウィンドアロー を連射した。

 ガルヴァの降下角度が狂い、翼をばたつかせて落ちる。

 「ウォーターアロー! 脚を狙え!」

 水属性の矢が一直線に放たれ、スレインの脚部を的確に射抜き、動きを鈍らせた。

 「アースウォールだ!」

 土魔術師の詠唱とともに地面が隆起し、土の壁・アースウォール が前衛と魔獣の間に立ち上がる。

 ブルガルが跳び越えようと身を揺らした瞬間、ヴァレリラルドの剣が閃き、頭部を抉り取った。

 「右側、影獣が抜ける! イクセル、押し返せ!」

 「了解!」

 イクセルは自らに風をまとい、身体が一瞬軽くなる。風の加速を得た跳躍でスレインに追いつき、刃を一閃して首を断つ。

 だが、魔獣の勢いは止まらない。

 火の壁を突破したザグルの群れ、水の刃の死角を見つけたガルヴァの一部、土の隆起を乗り越えたブルガルが押し寄せる。

 『ラル、状況は?』

 シーグフリードが意図して冷静な声で尋ねる。

 統括騎士団による王城の最後の砦がノクス・ドミヌスの登場により苦戦を強いられている状況なのは通信機で聞いていても明らかだった。

 「ノクス・ドミヌスが魔獣を統率している。全ての動きが制御されて、集約されている!」

 ヴァレリラルドは返答より先に前に出た。

 剣に光の魔力が宿り、迫る魔獣の“軌道”を読むかのように刃が動く。

 そのとき――

 横合いから狂化したブルガルが土塊を散らして突っ込んできた。

 ドゴォォン!!

 ノクス・ドミヌスに制御されたブルガルが、石壁すら砕く勢いで側面から突っ込み、イクセル隊の盾列をまとめて吹き飛ばした。

 盾ごと弾き飛ばされた衝撃が波のように広がり、イクセル自身も地面を滑るように転倒した。

 「イクセル!!」

 ヴァレリラルドは即座に、戦線に生じた穴を埋めるように前へ躍り出た。

 崩れた側面から流れ込もうとしたスレイン三体の進路を読み切り、逆袈裟に剣を振るって牽制した。

 だが。

 ヴァレリラルドの背を狙い、別のスレインの群れが黒い刃となって跳躍した。

 「ラル、下がれ!」

 ウルリクが割って入ろうと踏み込んだ、その刹那――

 キィン――ッ!

 空気そのものを断ち切る鋭利な音が広場を貫いた。

 跳びかかったスレインの首が、まるで一本の線を描くように揃って宙へ舞う。

 落下より早く、石畳に軽い足音が刻まれた。

 「――殿下。ずいぶん、上達しましたね」



※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 ものすごく長いトンネルなので、一回見つけた出口を見失いそうになっていますが、出口の見当はついています。大丈夫です。

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