そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第5部

何が救える

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 魔獣の襲撃から王都を守るために騎士を率いて戦う王太子と、歌から生まれた光の粒で魔獣を鎮静化した精霊の愛し子。

 愛し合う二人の、互いを思いやる姿に目を細めていた人々の横で、いち早く異変に気付いたのはキュオスティだった。

 動きを止めていたノクス・ドミヌスだが、内部で何かが蠢いている。そんな気配を感じ取ったのだ。

 「どうした?」

 「シッ」

 ノクス・ドミヌスの巨体の内部で、かすかな『ずれ』が生じているような。だがそれは本当にかすかな『ずれ』で。

 それを見極めようと、キュオスティはサミュエルを制して神経を研ぎ澄ます。

 瘴気が剥がれ、装甲のようだった殻がところどころ崩れ落ちているにもかかわらず、その核――深部にある何かが脈動している。

 キュオスティが確信を得るのと同時に、

 ギィィィ……

 ノクス・ドミヌスから低い音が聞こえた。

 「殿下!」

 キュオスティが警戒を促す声を上げた。




 「殿下!」

 キュオスティの声を聞いて、ヴァレリラルドはアシェルナオの後ろに控えるテュコを見た。

 「テュコ、ナオを頼む」

 「ヴァル、気をつけて」

 テュコは気遣うアシェルナオをヴァレリラルドから引き離して抱き上げ、ふよりんの背に飛び乗る。

 「ふよりん、上昇だ」

 バフ、と応じたふよりんが地面を蹴って翼を羽ばたかせた直後だった。

 瘴気が、集まる。

 霧でも煙でもない、黒く濁った靄が、意思を持つかのように渦を巻き、王城前広場の一角に滲み出す。

 空気が、冷える。

 光に浄化され、薄れかけていたはずの瘴気が、そこだけ異様な密度で凝り固まっていく。

 靄の中心に、人影が立っていた。

 否、立っているというより、靄そのものが人の形を取っているかのようだった。

 顔は、見えない。

 見えないはずなのに、そこに視線があることだけは、はっきりとわかった。

 憎しみ。

 怨嗟。

 そして、長い年月をかけて熟成された、救いようのない執着。

 それらが、瘴気となって滲み出ていた。

 「……誰にも、邪魔はさせない……」

 低く、擦れるような声が、靄の奥から漏れた。
 
 大量に湧き出る怨みで、瘴気のフードの奥が歪む。

 それが口元なのか、あるいは感情そのものなのかは、誰にも判別できなかった。

 「この国の王座に就く者を許しはしない……」

 瘴気が、嘲るように揺らぐ。怒りそのもののように。

 その足元から瘴気が波のように広がり、動きを止めていた魔獣たちの身体に絡みつく。

 ヴァレリラルドを筆頭に戦闘態勢に入る人々を見下ろしながら、

 「違う!」

 ふよりんの背からアシェルナオが叫んだ。

 「ベルっちは、今の王様は、みつさんの時代の王様とは全然違う! みつさんを死なせてしまったのは、この国の大きな間違いだった。でもそれを今の王様に言うのは間違ってる!」

 アシェルナオにも、みつに思うことはたくさんある。『歪み』を受けることなく、周囲に愛されていることに、みつへの負い目を感じてもいる。けれど、だからといって、こんなことをみつが望むとは思えなかった。

 アシェルナオの言葉に、ヘッダの怒りは噴き上がった。

 王太子に愛され、護衛騎士に護られ、魔獣が王都を蹂躙したあとで現れたアシェルナオが、みつと同じ愛し子だということが許せなかった。

 「みつはかつての王都、エンロートの西門を一人で守った。だがお前は、守ることもできず、護られているばかりではないか。それで、何が救える。護られたまま、偉そうなことを言うな!」

 ヘッダの言葉が胸に突き刺さる。

 「僕は、みつさんと違う……。みつさんみたいに立派な愛し子じゃない……。でも、僕だって、大好きな人や、この国の人たちが困難に直面していたら、黙って見ていることなんてできない」

 小さな体で拳を震わせるアシェルナオに、ヘッダは手を上げ、それを振り下ろす。

 その動きから瘴気の塊が生まれ、アシェルナオに向かっていった。

 瘴気の塊は途中で魔獣に姿を変えて、アシェルナオに襲いかかる。

 「ナオ!」

 空中での出来事に、ヴァレリラルドはどうすることもできなかった。

 バフ!

 ふよりんが大きな口を開けて魔獣に躍りかかる。

 それを避け、なおもアシェルナオに向かってくる魔獣を、テュコはアシェルナオを背中に庇いながら眉一つ動かさずに斬り捨てた。

 「ナオ様をお護りするのは殿下だけではありません」

 黒の騎士服を身に纏うテュコは不遜にも取れる眼差しでヴァレリラルドを上空から見下ろした。

 「忌々しい……。国王の次はお前だ。この国に愛し子などいらない。いなくなれ、消えろ。お前もみつのように苦しみながら死ねばいい。行け、ノクス・ドミヌス」

 ヘッダが叫ぶと、

 ギィィィ……ギィィィ……ギギギギギギギィィィ……

 ノクス・ドミヌスが低い咆哮を一段と大きくすると、動きを止めていた魔獣たちの瞳が力を持ち始めた。

 伏せていた背が持ち上がる。垂れていた頭が、ぎこちなく持ち上がる。その瞳に宿るものは、先ほどの猛り狂ったような凶暴さではなかった。ヘッダとノクス・ドミヌスへの従属だった。

 ノクス・ドミヌスに向かって、魔獣たちが集まっていく。

 「サミュエル!」

 「まかせろ!」

 かつての近衛騎士団と第一騎士団の団長だった二人の動きは、言葉を交わすよりも早かった。

 ノクス・ドミヌスは、もはや獣と呼べる形をしていなかった。黒く濁った瘴気が凝集した巨塊。骨格も輪郭も定まらぬまま、脈動する闇そのもの。

 肢と呼ぶには不定形な突起が幾重にも伸び、地面を叩き、空を掻き、周囲に集まった魔獣たちを操る中枢のようにうねっている。

 中心部には、心臓のように拍動する瘴気の核。

 それが鼓動するたび、空気が歪み、魔獣たちが狂ったように咆哮を上げた。

 サミュエルは正面から踏み込む。

 足裏で石畳を砕き、剣を水平に構えたまま距離を詰める。瘴気の奔流が圧となって押し返してくるが、怯まなかった。

 「断つ!」

 振り下ろされた一撃は、斬撃というより裂くような一撃だった。

 剣先が瘴気の表層を切り裂いた瞬間、黒い霧が爆ぜ、悲鳴のような音が広場に響く。

 ノクス・ドミヌスの巨体が大きく揺らぎ、統率を失った魔獣たちが一斉に叫び声を上げた。

 瘴気が乱れる。

 核が、露わになる。

 「今だ、キュオスティ!」

 サミュエルが作ったのは、倒すための一撃ではなかった。貫くための道だった。

 その一瞬の隙を逃さず、キュオスティが踏み込んだ。

 動きに無駄はない。瘴気の渦を斬り払うのでも、押し切るのでもない。

 狙うのはただ一点。渦の中心であり拍動する瘴気の核だった。

 キュオスティの剣が閃く。

 静かで、鋭く、迷いのない剣筋は瘴気の抵抗をすり抜け、まるで水面を貫くように、正確に核を刺し貫いた。

 一瞬の静寂。そして、禍々しい命がひび割れるような感触。

 巨体の内部から、圧縮されていた瘴気が逆流し、内側から破裂するように噴き出した。
 肢は崩れ、輪郭は溶け、統率の糸を失った魔獣たちが次々と地に伏す。

 支えを失った巨塊は、ゆっくりと傾き、重力に引かれるように、そのまま前へと倒れ込んだ。

 ドォォン――。

 王城を囲む濠へ、重々しい音を立てて落下する。

 水柱が高く上がり、黒い水面が激しく波打つ。

 瘴気の塊は水に呑まれ、やがて濁流の中へと沈んでいった。

 やった。

 達成感は、一瞬だった。

 ノクス・ドミヌスを追うように、魔獣の群れが一斉に濠へとなだれ込んだ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。(。uωu))ペコリ

 前話で書き忘れていたことなのですが。
 突然、なぜに今頃老いらくの恋? とお思いでしょうが(サミュエルはともかく、キュオスティは見かけは40代くらいです)、ナオがシアンハウスに保護された当初からの設定でした。
 なぜ騎士団の団長だったサミュエルがシアンハウスの家令? というところに疑問を持った方がもしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、実はキュオスティの傍にいてもおかしくない洗練された所作を身に着けたいと願ったからでした。

 だいぶラストに近づいてきた感がありますが、応援いただければ幸いです(。uωu))ペコリ

 
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