そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
25 / 492
第1部

怖かったねぇ、もう大丈夫だからねぇ

しおりを挟む
 「ナオ様」

 ナオに自分のことを話してほしいと願ったテュコだったが、ナオに辛い思いをさせたいわけではなかった。

 あくまでもお世話をするために必要なことを知っておきたいという、職務からくるものだった。

 ただ知りたいと思っている相手に無理して言わなくてもいいんですよ。そう目で訴えてくるテュコに、梛央は小さく首を振る。

 滅多に現れないシルヴマルク王国の伝説の愛し子は、どこからどういう経緯で現れたのか。

 それはここにいる皆が知りたいはずで、愛し子として大切に扱われているのだから話すべきだと、梛央は思った。

 「僕は、地球という星の、日本という国にいたんだ。僕の……」

 家族のことを思い浮かべると、自然と涙が零れ落ちる。

 「ナオ」

 ヴァレリラルドは心配そうに梛央の手を握る。

 サミュエルから梛央が恐ろしい思いをしてきたことを聞いていながら、ヴァレリラルドは愛し子の出現に浮かれていたところがあった。

 一人で知らない場所に来てしまったことがどれだけ心細いのか、梛央が家族と引き離されたことがどれだけ辛いのか。ヴァレリラルドは改めて思い知る。

 「大丈夫。僕の父さんは秋葉晃成。オーケストラといってたくさんの楽器で構成された楽団の指揮者をしていて、僕のいた世界ではよく知られている有名な指揮者なんだ。見た目がちょっと怖くて、いつも厳しい顔をしていて、忙しく活動していたからあまり話をしてこなかったかな。母さんは秋葉琉歌。声楽家で日本だけじゃなくいろんな国で公演しているけど、僕にはすごく優しいんだ。」

 公演から帰るたびにぎゅっとハグして、公演先であったことを面白おかしく話してくれていた琉歌を思い出して、梛央の瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。

 「母さんはいろんな歌を歌ってくれて、僕は母さんの歌が大好きだった。姉が一人いて、カオルっていうんだ。ちょっと意地悪で口が悪いんだけど、留守がちな両親にかわって僕のことを気にかけてくれていたよ。音楽の大学に通っていて、将来はピアノの演奏家を目指していたんだ」

 薫瑠は晃成と仲がよくて、梛央はずっとうらやましいと思っていた。その分琉歌が梛央を可愛がってくれていて、きっと薫瑠も弟のことが羨ましかったのかもしれない。

 そう思うと、新たな涙がまた黒曜石の瞳から零れ落ちる。

 「ナオの家族はみんな音楽に携わってたんだね。ナオも音楽をしていたの?」

 「僕は高校1年生で、4歳からヴァイオリン、6歳からピアノのレッスンを受けていて、高校を卒業したらカオルのように音楽の大学へ行く予定だったんだ。将来はヴァイオリンの演奏家になるのが父さんの希望だったから。僕もヴァイオリンのコンクールで優勝したこともあって、そんなにヴァイオリンが好きというわけじゃなかったけど、流されるままその道に進むはずだった。でも、高校でみんなとダンスを披露したときから歌ったり踊ったりすることが好きだってことに気付いたんだ」

 テュコもアイナもドリーンも、もちろんその場にいる者たちも、梛央が自分自身のことを語るのを息をのんで見守っていた。

 ヴァレリラルドも黙って梛央の話に耳を傾けている。

 「でも、言うと反対されると思ったから、ピアノのレッスンだけやめて、ダンスと歌のレッスンを始めたんだ。本当はヴァイオリンもやめてダンススクールに通いたかったけど、それは勝手にはできないと思って。でもピアノをやめたことが両親に知られてしまって、父さんと母さんが滞在先から日本に帰ってきて。父さんにどういうつもりなんだって聞かれたから、ピアノをやめて自分のやりたいことをやってるって言ったらすごく怒られて、顔を叩かれた……」

 「顔を? いくら父親でも叩くのはだめだよ」

 痛ましげな顔をするヴァレリラルドに、梛央は首を振る。
 
 「僕が相談しなかったのが悪いんだ。でもその時は僕も頭に血が上って『僕のことを知ろうともしないで決めつける父さんなんか大っ嫌いだ』って言って家を飛び出して。でも一人になって冷静になったら僕も悪かったって思えて。父さんとちゃんと話し合おうって思って。家に帰ろうとした時、突然知らない男の人に捕まえられて、それで……」

 梛央はそこで言葉を途切れさせる。

 そこからは話せなかった。

 あの場面を思い出すだけで冷静になれなかった。激しい痛み。男が何を言ってたのかあまり思い出せなかったが、おとなしくしないともっとひどいことをする、そんな意味のことを言われたことだけは頭にこびりついていた。それから男に……。

 梛央の呼吸が荒くなり、体が震えだす。

 あの時に出せなかった悲鳴が今あふれ出しそうで、梛央は口元を抑える。冷汗が止まらない。吐き気もする。怖い。気持ち悪い。助けて。

 いろんな感情があふれて混乱する梛央に、

 「ナオ様、もう話さなくて大丈夫です」

 テュコはたまらずに制止した。

 「ナオ様、手を」

 フォルシウスは梛央の前に跪き、その手を取る。

 フォルシウスは梛央の治療をする前にサミュエルから愛し子の身に起きたであろうことを聞かされていた。

 癒し手としての加護でも心の傷を癒すことはできないが、吐き気や不快な症状を少しでも穏やかにしたかった。

 「口にできないということは、ナオ様の心が言わせないようにしているんです。だから無理に言おうとも、思い出そうともしなくていいんですよ」

 フォルシウスの言葉とともに、

 怖かったねぇ、もう大丈夫だからねぇ

 温かな意思が梛央の中に入ってくる。

 梛央がゆっくりと目を閉じると、溜まっていた涙がまた頬に伝う。

 その様子だけでも梛央が心に深い傷を負ったままだということがわかった。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。

ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と 主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り 狂いに狂ったダンスを踊ろう。 ▲▲▲ なんでも許せる方向けの物語り 人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

処理中です...