そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

溶けました

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 早朝に出立した一行は農村や草原、街をいくつか通り過ぎたところで、昼の休憩のために見晴らしのよい草原で馬車を止めた。

 騎士の数人が地面に向けて手を向ける。

 すると地面から杭が現れ、騎士たちがそこに馬をつないでいく。

 「テュコ、なに、あれ」

 アイナの風魔法で髪を乾かしてもらってる以外、魔法を目にしたことのなかった梛央は目を見張って騎士たちの様子を見ている。

 「土魔法ですよ。馬をつなぐところがないところでは重宝します。火魔法が使えるものは食事の支度の時に重宝しますし、水魔法が得意なものは馬の水やりや食事の後片付けに重宝します」

 テュコの説明に、梛央はあたりを見回す。

 馬の世話をしたり天幕を張っている騎士たち。食事の支度に追われている使用人たち。メイドたちも主人たちのために忙しく動き回っている。

 「魔法、便利だね。魔法は使えないけど、僕も何かお手伝いしようか?」

 「ナオは何もしなくていいよ」

 「むしろこういう時は何もしないことが、みなの妨げにならずにスムーズに物事が進むんですよ」

 ヴァレリラルドとエンゲルブレクトが近寄って来た。

 「そういうもの?」

 梛央に訊かれて、テュコも頷く。

 「そういうものです」

 「じゃあ邪魔にならないように馬たちに挨拶に行ってもいい?」

 「はい」

 テュコの許可をもらって馬がつないであるところに行く。

 「お疲れ様、ファルク、ハンメルト」

 梛央は馬たちの世話をしていた2人に声をかける。

 「ナオ様」

 「ナオ様こそお疲れではないですか?」

 「僕はずっと座ってるだけだから疲れないよ。馬車が速いし、馬たちも速いし、びっくりした。労ってあげてね?」

 「ありがとうございます。うちの馬たちは元気ですよ。私の馬はアルノシュトといいます」

 ファルクが愛馬を紹介すると、

 「私の馬はゾルタです」

 ハンメルトも自分の愛馬を紹介した。

 「あるのっちとぞるっち。よろしくね。疲れてない? ちょっと撫でてもいい?」

 「ググッ」

 「ゴフッ」

 「ありがとう、じゃあここらへん撫でるよ?」

 梛央は2頭の馬のあいだに入り、左右の手でアルノシュトとゾルタの肩付近を撫でる。

 「筋肉すごいね。旅のあいだ、よろしくね」

 2頭は上機嫌で体を揺らし、ヴァレリラルドもエンゲルブレクトも、後ろの護衛たちもその光景を微笑ましく見ていた。

 「日差しが強くなってきました。まだ食事の支度の途中ですが、天幕の中でお待ちください」

 ハハトが呼びに来る。

 「ナオ様、行きましょう。その前に」

 エンゲルブレクトは梛央の手を取る。

 手全体に爽やかな風が吹いた気がして、梛央は自分の手を見る。

 「食事の前のクリーンをかけさせてもらいました」

 「動物を触ったら手を洗わないとね。ありがとう、エンゲルブレクト」

 梛央はテュコと一緒に天幕に向けて歩き出す。

 「手を握らなくてもクリーンはかけられますよ、叔父上」

 その後ろを歩きながらヴァレリラルドが言うと、

 「演出だよ」

 フフフ、と笑うエンゲルブレクト。どう見てもただ梛央の手が握りたかっただけだった。



 白い天幕がいくつか張られ、そのうちの一番大きな天幕に白いクロスのかけられたテーブルが用意されていた。

 テーブルの上は給仕たちがセッティングをしている最中で、梛央は椅子に腰掛けながら、出入り口が大きく解放されている天幕の中から外の草原を眺めていた。

 青い空。緑の草原にはところどころに白や紫の小さな花が咲き、それが光っているように見える。その奥の小高い山々。少し離れたところに群生する背の高い草々。

 風が吹くたびに草原が波を起こす。

 「いい風。風景も綺麗」

 「ナオがいたところにはこんなところはなかった?」

 「あるんだけど、僕が住んでいたところは都会で、土はあまりなかったよ。高い建物で空が隠されてるし。夜になっても街が明るいから、星もあまり見えなかった」

 「私には想像できないところだな」

 「それでも向こうはとてもいいところだったと思うし、向こうとは違うけど、ここもとてもいいところだよ。こうして綺麗な景色を見てると、天国に来た感じがする」

 くすくすっ、と笑うと、梛央は少し甘い、爽やかな草の匂いを大きく吸った。そして口を開ける。

 そこから発せられたのは澄んだ高音のメロディ。伸びやかな甘い声で高音から低音、さらに高音に移るメロディラインが耳に心地よく、少しの哀愁とともに胸に落ちていく。

 大きな声ではないのだが、いろいろな場所で作業する者の耳にもその歌が届いた。みな手を止めて歌声のする方を見る。

 歌詞はよくわからないが、自分たちを丸ごと包み込むような柔らかで清らかな歌声だった。

 梛央の食事中の護衛のために天幕に待機していたフォルシウスは、光るものが歌っている梛央の周りに集まるのを見ていた。

 キラキラしたものが梛央の周りと言わず天幕の中も飛び回る。その中のいくつかがテーブルの上に置かれた水差しの中に入って消えたのを見ると、

 「あ」

 思わず小さな声をあげた。

 「どうかしたか?」

 隣でクランツが囁く。

 「いや……」

 自分にしか見えていないだろうものをどう説明してよいかわからず、フォルシウスは口ごもる。

 梛央が歌い終わると天幕の中から静かだが気持ちのこもった拍手が起こる。

 「梛央は歌がとても上手だね。綺麗で心に響いて、ずっと聴いていたい気持ちになる。何ていう歌?」

 ヴァレリラルドが尋ねる。

 「僕のいたところではいろんな神様がいたんだけど、これはそのうちの1人の神様の讃美歌なんだ」

 「神様がたくさんいるの?」
 
 「うん。僕がいた国ではいろんなもの、たとえば山とか海とか木とかにも神様がいて、八百万の神がいると言われていたよ」

 「多すぎない?」

 ヴァレリラルドが驚いているうちに、

 「お待たせしました。仕度が整いましたのでお召し上がりください」

 ハハトがお辞儀をしながら言った。

 「じゃあ、いただきます」

 梛央とヴァレリラルドは手を合わせる。

 「それは?」

 エンゲルブレクトが目に留める。

 「食前の挨拶だよ。食材の命と、食事を提供するために働いてくれた人すべてに感謝する挨拶」

 梛央に言われ、

 「では私も。いただきます」

 エンゲルブレクトも手を合わせると、ハハトが水差しから水を注いだグラスに口をつけ、

 「ん? 湧水を汲んだのか?」

 侍従に尋ねる。

 「いいえ、シアンハウスから持ってきた水です。どうかされましたか?」

 「いつもよりも清涼な感じがするんだが」

 「ナオの歌を聞いて心が清められたのですよ」

 ヴァレリラルドは誇らしげに言った。
 
 「違いない」
 
 エンゲルブレクトは頷くと、それ以上何も言わずに食事を始める。
 
 フォルシウスだけがキラキラが溶けたからだと気づいていた。




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