そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

御年8歳の殿下に心配される

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 エンロートでの最後の晩餐をエンゲルブレクトとヴァレリラルドとともに摂った梛央は、部屋に戻って入浴していた。

 アイナとドリーンに存分に磨かれたあと、浴槽に足を伸ばしてたゆたう。

 「結局温泉はなかったなぁ」

 梛央が呟くと、

 「ナオ様、お湯加減はいかがですか?」

 アイナが声をかける。

 「ちょうどいいよー。もうあがるね」

 返事をして浴室から出てきたナオの体をバスローブですぐに包み、鏡の前に座らせるアイナとドリーン。

 「ナオ様、少し髪が伸びたのではありませんか?」

 髪を乾かすアイナに言われて、梛央は鏡を覗き込む。

 「こっちに来てまだ半月くらいだから、そんなに伸びてないと思うけど……」

 「ナオ様は成長期ですもの、伸びてらっしゃいますよ」

 「成長期! テュコ、こっちに来て」

 髪を乾かしてもらっている途中だが、一刻の猶予もならぬとばかりにテュコを呼び付ける。

 「どうしました? ナオ様」

 「いいから、テュコ、僕の前に立って」

 言われるままに立つテュコの背中を自分に向け、その背中に自分の背中をくっつけるようにして立つ梛央。

 「どう? どうなの?」

 成長期ならテュコとの身長差が開いているはずだと、梛央はアイナとドリーンを期待に満ちた顔で見る。

 「ええと……その……」

 「なんて言いますか、その……」

 「いいから、どう?」
 
 アイナとドリーンは互いに顔を見合わせて、それから梛央に向き直ると申し訳なさそうに言った。

 「テュコ様の方がすこぉしばかり高いです」

 「え? 僕の成長期は……」

  呆然とする梛央。
 
 「私の方が高い? やった!」

 ヴァレリラルドほどではないが、早く梛央の身長を超えたいと思っていたテュコは、ついはしゃいだ声を上げる。

 「テュコさん、そこにお座りなさい」

 打ちひしがれた梛央は、今まで自分が座っていた椅子を指さす。

 「はい?」

 怪訝な顔をしながらも、梛央の言う通りに椅子に座るテュコ。

 「いいですか、テュコさん。物事には順序があるんです。序列があるんです。一番大事なのは年功序列です。わかりますか?」

 「は、はい……。ナオ様、なぜ敬語で……?」

 「お黙りなさい。テュコさん、あなたはいくつですか」

 「……12歳です」
 
 「ですよね? 僕は16歳です。男子の4歳の年の差は大きいんです。なのに、この前まで僕より小さかったのに、もう追い越すなんて、母さんは悲しいです」

 「母さん?」

 テュコはアイナとドリーンを見る。

 「ナオ様のお母様は、きっとこんな風にナオ様を叱っていたんだと思います」
 
 ドリーンが名推理を披露した。

 「なるほど」

 納得するテュコ。

 「アイナ、髪乾かして」

 説教ごっこも空しくなって、梛央はアイナに魔法のドライヤーを頼んだ。



 


 髪を乾かして寝間着を着せられた梛央は、その上にガウンを羽織ってバルコニーに出た。

 眼下には遥か先までエンロートの街並みが広がっている。

 もともとは城塞だったものに上に増築したため高さのある古城だが、居住部分はその中でも高い場所にある。

 上から見ると、環状の運河が三重にひかれているのがよくわかり、運河沿いに家々の暖かな色の灯りがともっている。

 200年前も同じような景色が広がっていたのだろうか。きっと当時は王都だったこともあり、もっと活気があったんだろうな。

 バルコニーからの夜の景色を眺めながら、梛央は愛し子の出現した200年前に思いをはせる。

 流行り病は怖い。前の世界でも、医療や科学が発達していたのに、日常が一変するくらいに恐れていたのだから、200年前の人々にはなすすべがなかっただろう。その症状の1つが黒い痣だったから、黒髪黒目を忌避されて迫害されて、それでも救おうとしたという愛し子。

 黒目黒髪だということはわかったけど、どんな顔していたんだろうか。いくつくらいだったんだろうか。名前はなんていうんだろうか。

 ねえ、君はどうして消えちゃったの? 辛かった? 怖かった? 寂しくはなかった? 帰りたくなかった?

 僕は、辛くも怖くもないよ。でもちょっと寂しい。

 帰りたいけど帰れないってわかってるから、せめて思いを伝えられたらいいなぁ。

 君も、前の世界に残してきた人たちがいたんだよね。僕と同じ気持ちだったんだよね……。

 辛かったね。

 怖かったね。

 寂しかったね。

 帰りたかったね。

 どうか、今は穏やかな気持ちでいますように。

 梛央は祈らずにいられなかった。

 「ナオ様、ヴァレリラルド殿下がお見えです」

 アイナがバルコニーに佇むナオに告げに来た。

 「はーい。通して?」

 「はい。ナオ様も中にお入りください。まだ無理してはだめですよ」

 「ヴァレリラルドと一緒にこの景色を見たら中に入るよ」

 そう答えた梛央の耳に、

 「ナオ? 外にいるの? 体冷やしたらだめだよ」

 部屋に入ってきたヴァレリラルドの心配そうな声が聞こえた。

 「御年8歳の殿下に心配されていますよ。早めに中に入ってくださいね」

 12歳の、けれどちょっとだけ身長の高いテュコに釘をさされて頷く梛央、16歳。

 テュコと入れ替わりにヴァレリラルドが梛央のいるバルコニーに来た。

 「寝る前にごめんね。どうしても今日のうちにナオと話がしたかったんだ。……寒くない?」

 「うん。僕もね、ヴァレリラルドとこの景色を見たいと思ったんだ」

 そう言われて、ヴァレリラルドは嬉しそうに梛央の横に並んだ。

 今はまだ目線が梛央の口元のところにあり、早く身長を追い越したいと願いながらヴァレリラルドは梛央の眺めるエンロートの街並みを見下ろした。

 「あそこがオルヘルス運河だね。夕凪亭はあのあたりかな」

 ヴァレリラルドが指をさす。

 「うん。エンロートはいいところだったね」

 愛し子が護ろうとした街だから、いいところに違いないと梛央は思った。


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