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第1部
旅の終宴
しおりを挟む窓辺に一人で進み出て、店内を見渡す梛央に、人々は何事かと視線を向けた。
「この国に1人で来て心細かった僕に優しくしてくれて、居場所を作ってくれたヴァル、テュコ、アイナ、ドリーン。シアンハウスからここまで、時には命をかけて、時には楽しく、護ってくれたサリー、ケイレブ。休憩なしでエンロートまで馬を駆けさせてくれたり、雨の中魔獣と戦って、僕を探してくれクランツ、フォルシウス、メランデル、ヨーラン、ファルク、ハンメルト。ヴァルの護衛騎士のイクセル、クルーム、ダーヴィド、イスコ、カレヴィ、ラリ。僕をまたこの世界に戻してくれたドーさん。美味しいご飯を食べさせてくれたロザンネ、ルーロフ。王城に行ったら会えなくなるというわけじゃないと思うけど、みんなとこうして一同に集まるのはたぶん最後になると思うから、ちゃんと言わせてもらうね。みんな、優しくしてくれて、大事にしてくれて、どうもありがとう」
そう言って、深く頭を下げる梛央。
「ナオ、最後ってどういうこと?」
改まる梛央に、ヴァレリラルドは座っていられずに歩み寄る。
「僕のせいで延び延びになってしまったけど、明日王城に行こうと思う。だからみんな一緒に過ごせるのは今日が最後かな、って思って」
「大丈夫? もっと日数をかけても大丈夫だよ?」
心配そうなヴァレリラルドに、梛央は首を振った。
「ううん、もう大丈夫。明日から新たな一歩を踏み出す決心もできたよ」
「そうか。王城でも私はなるべくナオと一緒にいるからね。何かあったら私を頼ってほしい」
「ありがとう。しばらくはサリーとドーさんも一緒にいてくれるから心配はしてないよ」
「ナオ様」
ヴァレリラルドの護衛騎士たちが梛央の前に集まり、臣下の礼を執る。
「ナオ様と一緒に過ごすことができたことは光栄の極みです。私たちこそナオ様に優しくしていただき、ことあるごとにお言葉をかけてもらいました。王城の警護は近衛騎士団が行っておりますので今後もお顔を拝見することもあるでしょう。しかしこうしてお話をさせていただくことはできなくなると思われます。私たちも言わせてください。ナオ様と楽しい時間を過ごせたことは我々の一生の宝です。ありがとうございました」
イクセルがヴァレリラルドの護衛騎士たちの思いを伝える。
「私たちも、こうやってナオ様とお話できる機会は、もしかしたらこれが最後かもしれません」
梛央の護衛騎士たちもクランツ、フォルシウスを先頭にして集まり、臣下の礼を執る。
「王族の方々は近衛騎士団が護衛の任につきます。ナオ様が今後どの騎士団の護衛を受けられるかはわかりませんが、私たちもナオ様と近しく接せられることはもうないかもしれません。けれども今後もずっと、我々はナオ様に忠誠を誓います。ナオ様、旅の間のお心遣い、ありがとうございました」
クランツが言うと、他の護衛騎士も次々にお礼の言葉を口にする。
「みんなが優しくしてくれるから、僕も次のステップに進む覚悟ができたんだ。今日はみんなで過ごせる最後の夜だから僕からの感謝の気持ちを受け取ってほしい」
そう言うと梛央はアップライトタイプのピアノの前に座ると、鍵盤蓋を開けた。
そっと、いろいろな思いをこめて鍵盤に指を乗せると、
「ルーロフがこの前の歌を気に入ってくれたから、それを伴奏付きで歌うね。みんな座って聴いてね」
騎士たちが席に着くのを待って鍵盤の端から端まで音をだし、音の確認すると、演奏を始める。
船乗りたちの陽気な歌にあうアップテンポで明るい前奏が始まると、その旋律にあわせて体を揺らす騎士たち。
ピアノのレッスンをやめて何か月か経つが、思った以上に指は動いた。
ようそろーようそぉーろー
風がきたぞ 帆をあげろ
ゆうべの酒が背中おす
行く手は遥か水平線
かもめ いるか クラーケン
波に乗って 俺は行くぜ
ようそろーようそぉーろー
月の灯りで 波光る
船乗りたちは夢のなか
見張り台のてっぺんで
可愛いあの子の夢を見る
マリア リリー パトリシア
いつかは帰る 待ってろよ
ピアノの音色とナオの歌声が一体となって楽しい歌をより楽しく表現していた。歌のない部分の、即興のピアノ演奏が、酒場だったらみんながジョッキ片手に踊りだすような躍動感があった。
歌い終わり、ピアノの演奏が終わると、みんな立ち上がり拍手をする。
「こんなすごい曲になるとは思わなかった。船乗りの歌なのにオペラの曲みたいだった」
ヴァレリラルドが絶賛するが、気持ちは他の者も同じだった。
拍手がやむと、梛央はもう一度ピアノを弾き始める。
今度は繊細な調べをピアノが奏でる。ピアノの旋律に、梛央の歌が乗る。
ゆたかな水に 精霊のよろこびを
おどれ かぜ まえ はなよ
みなもにうつる月
てらせやみを ひかりあるかぎり
いとしい子らに 精霊のしゅくふくを
うたえ とり ゆけ そらへ
ふなでのあさの海
みちびけあすを いのちあるかぎり
梛央の歌だけで十分に感動できるものだったが、ピアノが加わるとより崇高なものになっていた。
やがて心が洗われるような清らかな歌声が終わり、心に余韻を残してアノの音色も終わる。
それでもまだその場を支配する圧倒的な空気感に声を出すどころか動くことすらできない人々の中で、フォルシウスとオルドジフはあたりを踊るように舞う光や精霊たちを感動して見守っていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
王城までの道中編はこれで終わりです。
次の王城編で第1章は終了になります。
(もしかして閑話的なものとか、登場人物紹介ページを付け加えるかもしれません)
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