そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第2部

何かがたりない

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 大勢の人で賑わう市場のメインストリートから狭い路地に入り、積んであった大きな木箱の陰にしゃがんで隠れるフード付きのマント姿の2つの影。

 「エル、こんな狭いところに2人隠れるのは無理だって」 

 「しっ。静かにしろ、ルル」

 小さい声でやり取りする2人の耳に、数人の足音が聞こえてきた。

 足音は2人のいる路地を過ぎて遠ざかり、2人は安堵する。が、すぐに足音が引き返してきた。

 「おい、その木箱の裏が怪しいぞ。蹴り倒せ」

 男の声がして、2人は逃げるために立ち上がろうとしたとき、

 「市場で騒ぎを起こそうとしてるのは誰じゃっ!」

 路地の奥から鋭い声がした。

 2人が木箱の裏から見上げると、一人の老人が3人の屈強な男たちを従えて立っていた。

 「騒ぎなんて俺たちは……」

 「蹴り倒せと聞こえたぞ。それはうちの大切な荷物じゃっ。足どころか指一本触れさせんぞ。おい、お前たち」

 「へい」

 「おう」

 「やってやるぜ」

 老人の呼びかけに男たちが前に出る。

 「ちっ。おい、向こうを探すぞ」

 分が悪くなり、追いかけてきた者たちは走り去っていった。

 追っ手の気配がなくなると、

 「助かりました。ありがとうございます」

 「まじ助かった。ありがとう」
 
 エルとルルは隠れていた木箱の後ろから立ち上がって老人一行に頭を下げた。

 「いや、いいんじゃ。魚を卸す身としては市場で騒ぎを起こしてもらいたくないというのは本当じゃからな。それより、まだあいつらがそこらを探し回ってるじゃろ。どうするつもりかの?」

 「ルルが魚を食べたいっていうから来たんですけど、まさかここまで追ってくるとは思いませんでした」

 「俺たち、どこで魚を食べようか困ってるんだ」

 「ルル、困ってるのは魚じゃない」

 「はらへって困ってるのは本当だ、エル」

 フードをかぶったまま言い合いをしている2人に、

 「わしらはこれから村に帰るところじゃ。うちの荷馬車でわしらの村に来るといい。魚ならごちそうできるじゃて」

 おおらかに笑いながら提案する老人に、エルとルルは顔を見合わせる。が、

 「すみませんが、お言葉に甘えさせてもらってもいいでしょうか」

 「魚だー」

 すぐにその提案に乗ることにした。
 


 
 ヴァレリラルドは梛央を喪失して以来、住居を星の離宮に移していた。

 ほんの数日しか滞在していないが確かに梛央がここで過ごしていた事実の追体験をするように、梛央と過ごしていた日々を今も身近に感じていられるように、梛央の部屋だったところを自分の部屋にしていた。

 雨の日以外は毎日上っている星見の塔の屋上に、今夜もヴァレリラルドは足を向ける。

 もうすぐ王立学園高等科を卒業するヴァレリラルドは、ベルンハルドを超える長身となり、しなやかな筋肉のついた美丈夫な青年に成長していた。

 だがその顔には晴れやかさはなく、常に重苦しい薄皮を1枚かぶっているようだった。

 今夜も夜光花が地上の星のように闇を照らしていたが、それを見ても心は動かなかった。どうしても綺麗だとは思えなかった。

 梛央と見るとあんなに綺麗だった景色が、今は少しも心に響かなかった。

 それでも毎日ヴァレリラルドはここから夜光花を見降ろしていた。

 「ナオ、私はもうナオより大きくなったよ」

 『ゆっくり育って。しっかり大きくなって。決して慌てないで』

 以前ナオに言われた言葉がヴァレリラルドの脳裏をよぎる。

 「ゆっくり、しっかり大きくなったんだ。あれからもう10年以上経つんだよ」

 すごいね、ヴァル。えらいね、ヴァル。

 そう言いながら夜光花の中から梛央が出て来てくれたら。

 そんなことを何千回願ったかわからないヴァレリラルドの表情が一層暗くなる。

 梛央を思っても泣くことができないヴァレリラルドを慰めるように夜光花が風に揺れていた。

 


 「ナオ様、もうお休みの時間ですよ」

 窓辺にリングダールを置き、それによりかかって外の景色を見ていたアシェルナオにテュコが声をかける。

 外の景色といっても夜の闇に呑み込まれていて庭は見えておらず、いつもは無邪気で明るいアシェルナオが物憂げに考え込んでいて、アイナとドリーンも心配げに見ている。

 「ねぇテュコ。明日は私の誕生日だよね?」

 「ええ」

 テュコは、幼児から少年に、美しく成長したアシェルナオに目を細めながら頷く。

 「10歳になったら、何か変わるのかな」

 アシェルナオの部屋があるのは公爵家の本館の最奥。

 本館とつながっているものの、独立した建物になっており、公爵家自慢の庭からも行くことはできない隔離された場所だった。

 公爵家にはいろいろな人間が出入りするから落ち着いて生活できるように、という理由だったが、確かにアシェルナオが公爵家を訪ねてきた者と会ったことは一度もなかった。

 テュコが家庭教師をしてくれているので、アシェルナオが外部の人間と接することはほとんどない。

 公爵家の別荘に行くときもフードで顔を隠すように言われているし、人に会わないように厳重に警護もされている。別荘でも、見知った、数少ない人間との関りしかない。

 アシェルナオは成長するにしたがって、何かがおかしいと思うようになっていた。

 オリヴェルもパウラもシーグフリードも愛情を注いでくれているし、テュコたちも大事に大切にお世話をしてくれている。

 けれどもアシェルナオは、自分の存在は望まれていないのではないか、自分は異質な者なのではないかという疑念を拭えずにいた。

 「明日はナオ様の10歳の誕生日。そして、明日は洗礼の儀式の日です。ナオ様が思う以上に変わるでしょう。でもそれは決してナオ様を不幸にさせるものではないですよ。きっといい方向に変わります。ナオ様が変わっても、私たちはずっとナオ様と一緒ですから安心して休みましょう」

 テュコに言われて、アシェルナオはリングダールを抱きしめる。

 何かがおかしい。

 何かが足りない。

 なぜかアシェルナオはそう思えてならなかった。


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