そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

見てみて、ヴァルーっ

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 「いつものシャンプーと石鹸だ。それに入浴剤もいつものだね」

 星の離宮の、以前も使っていた浴室で、アイナとドリーンに髪の毛と体を洗ってもらいながらアシェルナオが感心した声をあげる。

 「公爵家からいつものお品を持参しました。ナオ様も使い慣れたものがよろしいでしょう?」

 「うん。落ち着く。でも、ここに泊まってたことがこの前のことみたいに思えて、あれから十何年も経っているとか信じられない」

 「ナオ様は赤ちゃんから13歳のお子様に綺麗に成長しましたよ」

 「テュコ様は可愛い少年から立派な大人の男性になられましたし、私たちも、ねぇ」

 「ねぇ」

 アシェルナオの体を磨き上げながらアイナとドリーンは笑いあう。

 「テュコはすっごく大きくなったから、テュコを見ると年月が経ったんだと思うけど、アイナとドリーンは全然変わっていないよ?」

 「まあ、ナオ様は大きくなられてお口が上手になりましたわ」

 「お上手です」

 アイナとドリーンがきゃっきゃっと笑いながらお世話をしてくれる様子は13年前と全然変わらなくて、

 「本当に変わらないよ。変わらずにお世話してくれてありがとう」

 アシェルナオは心からの言葉を2人に投げかけた。

 「ナオ様のお世話ができることが私たちの幸せですよ」

 「この国に来て下さってありがとうございます。皆が感謝しています。そうでした、ナオ様。今日のお寝間着は特別なんですよ」

 「特別?」

 アシェルナオは泡だらけの体で小首を傾げた。


 

 以前梛央が使っていた部屋をそのまま使っているヴァレリラルドは、当然この部屋でアシェルナオと一緒に寝るつもりだった。

 だが、いざ自分も手早く入浴して、アシェルナオの入浴が終わるのを待つ段階になって、急に落ち着かなくなった。

 閨教育をしたいと言い出したのは、単純にアシェルナオが他の誰かから閨の手ほどきを受けることが許せなかっただけだった。

 アシェルナオが13歳になったとはいえ、ヴァレリラルドの中にいる梛央は16歳。そして16歳の梛央に恋焦がれるヴァレリラルドの心には8歳の頃の自分もいて、一緒に寝ると考えただけで思春期の少年のようにときめいて戸惑っていた。

 一緒に寝る、って。

 何もしないに決まっているが、ドキドキしてしまう自分にヴァレリラルドが苦笑したとき、

 「うきゃぁ」

 アシェルナオの悲鳴、ではなく可愛い叫び声が聞こえた。

 「ナオ?」

 何事かとヴァレリラルドが寝室のドアに歩み寄ると、アシェルナオが扉を開けて飛び込んできた。

 「見てみて、ヴァルーっ」

 飛び込んできたのは全身がふさふさのリングダールの着ぐるみ姿のアシェルナオだった。

 「ナオ……可愛いよ」

 ご丁寧にフードもリングダールのふさふさな毛並みが再現されていて、可愛いことこの上なかったが、どこかヴァレリラルドの笑顔は冴えなかった。

 「でしょ? これね、ベルっちからの誕生日プレゼントなんだって。僕もさっき初めて見せられたんだ、っていうか着せられたんだ。ほら」

 アシェルナオはヴァレリラルドの前でくるりと回転してみせる。

 「父上の……。ああ。よく似合ってるよ」

 だんだんとヴァレリラルドから力が抜ける。

 今までさんざんドキドキしていたのに。最初からベルンハルドはこれを狙っていたのではないか。

 だから、ベルンハルドもオリヴェルも、渋々とはいえこうも早くに閨教育という名のお泊りを許してくれたのだ。

 「見ておわかりでしょうが、リングダールです」

 湯上りにリングダールを着せたら喜んでヴァレリラルドに見せに先に飛び出して行ったアシェルナオを追いかけてきたテュコが説明する。

 「見てわかるとも」

 むっとするヴァレリラルド。

 「リングダールといえば、護身の魔道具です。ただでさえ可愛らしいナオ様がリングダールの着ぐるみを着ていたら人さらいや不審者の被害に遭うでしょう。下心を持つ者にも狙われます。それを撃退する魔法陣が組み込まれています。下手に触れば発動します。では」

 ご満悦なテュコの言葉に、さらにヴァレリラルドはむっとなる。

 「おやすみ、テュコ」

 「おやすみなさい、ナオ様。私はすぐ横の控えの間で待機しています。何かあれば呼ぶんですよ」

 「はーい」

 アシェルナオは能天気な笑顔でテュコやアイナ、ドリーンに手を振った。

 以前からアシェルナオの、いや梛央の能天気さには泣かされてきたが、初めて能天気でよかったと思いながらテュコは控えの間に下がって行った。
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