そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
234 / 492
第3部

誓い

しおりを挟む
 「ヴァル、寝る?」

 アシェルナオはヴァレリラルドをキラキラした瞳で見上げた。

 やましいことのないまっすぐな瞳に、ヴァレリラルドは破顔する。

 13年前、夕焼けの中でヴァレリラルドが一世一代の思いでプロポーズした時も、誰よりも伝えた言葉をまっすぐに受け取ってくれるからこそ、梛央は超越した言動をしてプロポーズをさせてくれなかった。

 それでもその言動がヴァレリラルドの好きな梛央すぎて、その時はプロポーズはできなかったが、晴れ晴れとした気持ちになったのだった。

 「ナオは変わらないね」

 「えぇ……変わったよ。前はもっと大きかったし……」

 アシェルナオはしょんぼりと肩を落とした。

 「今のナオは、あの頃のナオより3歳下なんだ。それは当然だよ。そうじゃなくて、ナオの心が前と変わらなくて、嬉しいんだ。おいで、ナオ」

 ヴァレリラルドが手を伸ばすと、アシェルナオはおずおずとその手を取った。

 「燭台点灯。照明消灯」

 ヴァレリラルドの言葉で寝室の灯りが天蓋の中の燭台の明かりだけになった。

 「ヴァルの魔法、スマートだね。AIに話しかけるよりスマートだ。あ、リンちゃんもいつも通りだ」

 いつの間にか置かれていた寝台の中のリングダールを見て、アシェルナオが安心した声をあげる。

 ヴァレリラルドの脳裏には、修学旅行としてお泊りしたランハンの白鷺亭での苦い思い出が蘇った。

 だがヴァレリラルドはもう21歳。年が明ければ22歳。いつまでも8歳の子供ではないのだ。

 「じゃあ、ナオが真ん中。ナオを挟んで私とリングダールでいいかい?」

 「えーと、うーん、いいよ?」

 「どうして考えた?」
 
 考えて見せるしぐさも可愛いのだが、この場合、アシェルナオが真ん中に位置する以外どの選択を考えたのだろうとヴァレリラルドは気になった。

 「すぐ『うん』て言うとテュコが怒るから。でもこの前は、ちゃんと考えたのに怒られたよ? テュコが怒っても怖くないからいいけど」

 テュコが聞いていたら、いや聞いているだろうが、『そういうことではありません!』と本当に怒ってそうだとヴァレリラルドは苦笑する。

 テュコに同情するヴァレリラルドの横で、着ぐるみ姿のアシェルナオが高い寝台によじのぼるようにして上がる。

 後ろから見ると子供のリングダールが寝台の上の親リングダールのもとに必死に戻ろうとしているようで、我が親ながらなんて可愛さの神髄がわかっているのだろうと、ヴァレリラルドは思わずにいられなかった。

 「ヴァルはここね」

 寝台に上がったアシェルナオは、羽根布団をめくってペシペシと自分の横のスペースを叩く。

 「ああ」

 笑いながらヴァレリラルドは寝台にあがり、指定されたアシェルナオの隣にもぐりこんだ。

 「修学旅行のやり直しだね。あの時ヴァル、すぐ寝ちゃったからあまりお話できなかったよ? 僕もすぐ寝ちゃったけど……だって、馬車にずっと乗ってるのも疲れるよね?」

 「思い出した。ナオは馬車の中で固まった体を伸ばしながら色っぽい声を出していた」

 ヴァレリラルドは色っぽい梛央の声を聞いてドキドキしていた幼かった自分を思い出した。

 「そうだった? そういえばストレッチしたかも。それでテュコが『早く寝なさい』って怒りに来たんだった。すごく修学旅行っぽくて、楽しかった」

 「私たちの楽しい思い出だ」

 横になって、すぐ近くにあるアシェルナオの綺麗な顔をみつめるヴァレリラルド。

 「ね? 今日って修学旅行のお泊りじゃなくて、閨教育だったね? 普通に寝る感じでよかったの? お勉強しなくていいの?」

 すぐ近くにあるヴァレリラルドの凛々しい美貌を見つめながらアシェルナオが尋ねた。

 「閨教育は、愛する者たちが体をつなげるための知識を、時には実技を交えて教わるんだ。知識や心構えを段階をふまえて教わる。人によっては肌を見せたり、見せられたり、ね」

 「え……じ、実技って……」

 急にヴァレリラルドの男らしくなった体を意識して、同時に襲われた記憶も蘇って、アシェルナオは動揺した。

 「大丈夫。そんなことはしない」

 「……そうなの?」

 「ああ」

 瞳に涙が浮かんでいるアシェルナオの、額にかかる前髪をかき分けるヴァレリラルド。

 「私は、ナオが誰かから閨教育を受けると思うだけで嫌だった。私とナオは将来結婚する。いつかナオが体を許すのは私だけだ。だからナオの最初で最後の閨教育をしたかった。私は、ナオを独り占めしたい。ナオを愛するただ1人の男でありたい。こんな心の狭い私は嫌い?」

 「ううん。ヴァルは好き。僕もヴァルだけに愛されたい……。でも、僕まだ子供だから、その……そういうことするの、まだ先だけど……いい?」

 ヴァレリラルドとそういうことをするのに少し期待もあるけれど、アシェルナオにはまだ不安と恐怖の方が大きかった。

 「ナオがいない十数年を過ごしたことに比べたら、ナオがそばにいる数年は辛くないよ。ナオ、誓ってくれるかい?」

 「誓い?」

 「これから先、私はずっとナオを大事にする。ナオが嫌がることはしない。ナオを幸せにする。一生愛すると違う。だから、ナオも私の横にずっといてほしい。二度といなくならないでほしい。そして、ナオの心も体も、いつか私に全部ほしい」

 「僕も誓う。ずっとヴァルのそばにいる。もういなくならない。僕が大人になったら、その時はヴァルと……する」

 ヴァレリラルドになら、すべてを許してもいいと思うアシェルナオは素直にそう思った。

 「ありがとう、ナオ。私は思うんだ。こうやって、愛する人と同じ寝台で寄り添って、お互いの気持ちを伝えるのが一番の閨教育じゃないか、って」

 「うん。ヴァルの閨教育、好き。ヴァルと一緒に寝るの、嬉しい」

 アシェルナオはヴァレリラルドの胸に顔を寄せる。

 「私も嬉しいよ。ナオ、愛してる」

 「僕も……愛してる。大人になるまで待っててね」

 ヴァレリラルドの温かな体温に触れて、アシェルナオはだんだんと睡魔に呑み込まれていた。

 「ゆっくり大人になるといい。待ってるよ」

 「うん。待っててね……大好きだよ……」

 いつかの雪うさぎ姿で言った言葉を、リングダール姿で言いながらアシェルナオの瞳が閉じる。

 すぅっ、という寝息が聞こえ、ヴァレリラルドは幸せそうにアシェルナオを胸に抱きしめた。

 「お帰り、ナオ。帰って来てくれてありがとう」

 ヴァレリラルドはアシェルナオの額に唇を押し付ける。
 
 どこかで笛の音が聞こえた気がした。

 



 数日後、新聞の一面を「王太子殿下の婚約者決定」という文字が踊った。
 
 婚約者のプロフィールは非公開だったが、ベールをかぶった小柄な人物と、それに寄り添う幸せそうな笑みを浮かべる王太子の写真が掲載されており、国民は豊かで幸せな国へと導くことを予言されている王太子の婚約を大いに好意的に受け入れた。
    
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

【完結】望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎ 兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。 冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない! 仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。 宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。 一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──? 「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」 コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。

処理中です...