そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

お忍びは忍んでいる様子がない

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 シーグフリードがアシェルナオの可愛さを伝えたくて伝えられなくて歯痒い思いをしていると、執務室の扉が叩かれた。

 カルスが扉を開けて用件を聞き、一旦扉をしめて年上のスミットに耳打ちする。

 頷いたスミットが、

 「もうじきローセボーム宰相がお見えになります」

 ヴァレリラルドに向かって告げた。

 「新しい案件のようだ」

 少年の行方不明事件も気になるが、宰相自らが持ち込む案件のほうが優先順位は高い。と、ヴァレリラルドはシーグフリードに目で伝える。

 シーグフリードも仕方ないとばかりに頷くと、再度扉が叩かれた。

 スミットが扉を開けると、ローセボームがお供をしてきた文官たちを廊下に待たせて1人で入ってきた。

 「王太子殿下、お邪魔いたします」

 「早急で、かつ穏やかではない案件のようだな」

 ローセボームのにこやかな笑顔は普段通りだが、身のこなしにわずかなこわばりをヴァレリラルドは感じた。

 「さすが殿下。ご明察でございます。実はアーベントロート辺境伯から報告がありまして、エクルンド公国から気になる集団が入国したようです。表向きは冒険者で冒険者プレートも本物でしたが、目つきが冒険者ではなく騎士か暗殺者のようだったと。辺境伯の騎士が追跡しています」

 「なになに? この国で問題を起こそうとしてるわけ? 問題を起こす前に捕まえよう!」
 
 鍛えた腕の見せどころがなくてうずうずしていたウルリクが身を乗り出す。

 「ウルリク、問題を起こさないなら捕まえられない」

 諭すベルトルド。

 「その者たちは何日前に入国して、今はどこを進んでいる? 辺境伯の騎士たちと連絡はとれるか?」

 「入国したのは2日前。馬車は王都に向かっているようだと報告が入りました。順調に進めば7日後には王都に到着すると思われます。王都に着き次第誰かを報告に来させるように伝えています」

 「わかった。ローセボーム、辺境伯の騎士からの報告は第二騎士団の駐屯地で聞こう」

 ヴァレリラルドが言うと、

 「マロシュ。第二騎士団駐屯地に行き、ブレンドレルと一緒にアーベントロート騎士団を受け入れる準備をしてくれ」
 
 シーグフリードがマロシュに指示を出す。

 「はいっ」

 マロシュは元気よく返事をして執務室を飛び出して行った。







 辺境伯領から怪しい男たちが乗った馬車が出発したのは10日前。

 若いが鍛えた体を持つ男が御者台に座り、馬車の中には5人の男たちがいた。

 男たちもまた鍛えた体つきをしていたが、1人だけ細身の男がいた。

 20歳手前の鮮やかな青い色の髪をした細身の青年は、馬車の窓から外の景色を飽きることなく見ていた。

 馬車の中では他にすることがないというのもあるが、宿泊のために立ち寄った都市や、都市と都市のあいだの森や畑、牧草地すら珍しく眺めていた。

 やがて王都の門をくぐってからは窓から身を乗り出すように王都の様子を見ていた。

 「さすが王都だ。建物がおしゃれ。街が区画分けされてない? 通りが等間隔に並んでいるっていうか。うちの国もそうだけど、もっと計算されて効率的に造られてる感じがする。それに洗練されていて街並みも綺麗だ。活気があるけど洗練されてる感じがある」

 細い男は色白の肌の頬をピンク色に染めて、はしゃいだ声をあげた。

 「ウジェーヌ公子、身を乗り出すと目立ちます」

 その横に座る、男たちのまとめ役である、紺色の髪のアグレルが渋い声で諌める。

 「ああ、すまない。10日かかって着いた王都が嬉しくて、はしゃいでしまった。私は今まで一度もエクルンド公国から出たことがなかったからから」

 ウジェーヌは屈託のない笑顔を見せる。

 「国交がさかんではありませんから気軽には行けないのはわかりますが、それもお立場ゆえですよ」

 「今までは未成年の末の公子だったけど、18歳になって成人したから父上が許してくれたんだ。ずっと来たかった」

 窓の外の景色を眺めながら、うっとりとした口調になるウジェーヌ。

 「それはわかりますが」

 「アグレル殿、せっかくウジェーヌ公子が楽しんでおられるのです。そのお気持ちに水を差すのはお可哀そうですよ。ウジェーヌ公子、シルヴマルク王国の王家とはあまり親しく行き来をしておりません。この国に来たいという公子の強い希望を叶えるために、我々は身分を冒険者と偽っています。我々は目立ってはいけないのです。そこは肝に銘じておかれるようにお願いします」

 屈強な男たちの中ではウジェーヌに次いで細身の、だが鍛えられていることがわかる体つきの若草色の髪のエイセルが柔らかく釘をさす。

 アグレル、ブラード、エイセル、カッセル、へディーンの5人は、どうしてもシルヴマルク王国へ行きたいと主張する末の息子に根負けした大公ウスターシュ・エルヴェ・バダンテールに命じられてこの旅に同行しているエクルンド公国の騎士たちだった。

 「うん、わかってる」

 あまりわかっていない顔でウジェーヌは頷く。

 すぐ上の兄とは年が離れて生まれた、エクルンド公国を治める大公の末の公子であるウジェーヌは、兄弟や両親から甘やかされて育ったため危機感のないおおらかな性格をしている。

 剣の鍛錬もしていないひょろっとした体つきも、ウジェーヌをどこか浮世離れしているように見せていた。

 「シルヴマルク王国の歴史は古いのですが、王都をロセアンに遷都してからはまだ200年ほどです。遷都の際に王都を効率的に機能させるよう設計したのでしょう。それまで王都だったエンロートは、機能より情緒を重視した美しい都市だと聞いています」

 アグレルの補佐役である赤毛のブラードがシルヴマルク王国についての知識を語った。

 「そうなんだ。王都を堪能したらエンロートにも行ってみたいなぁ」

 のんきな発言をするウジェーヌ。

 「その時はぜひウジェーヌ公子として訪問してください。今回はあくまでも冒険者見習いのウジェです」

 「ああ、そうしよう」

 アグレルの苦言にも気にした様子がないウジェーヌはまた窓の外に目線を移した。

 「洗練されてるのに精霊とかいるって、神秘的だなぁ。いいなぁ。ここで暮らしてるんだぁ」

 最後の方は独り言のように、口の中で声を消してつぶやくウジェだった。
 


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