そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

強引に実らせる任務

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 馬車は王都の中心にある広場の手前で停止した。

 馬車から石畳に降り立つとウジェーヌは大きな背伸びをした。

 「こんなに固い椅子に座り続けたのは初めてだ」

 「これも冒険者のふりをするためです。ご容赦を」

 「わかってる」

 「では、みなで一緒に行動するのは目立つので三手に分かれましょう。私とカッセルは冒険者ギルドをのぞいて、王都の地図があれば手に入れます。公子はエイセルと一緒に散策でも。へディーンとブラードは馬車を預けられる宿を探してくれ。1時間後にここで集合しましょう」

 アグレルの指示に、みな頷く。

 「エイセル、いろんな店がある。見てみよう」

 早速自分の腕を引っ張る子供のようにはしゃぐウジェーヌに、エイセルは思わず笑みを浮かべた。



 
 ウジェーヌたちが雑貨や果物、肉、服、鞄の店をのぞき、屋台で甘味を買って休憩しているうちに約束の時間になった。

 元の場所に戻るとすでに他の者たちが揃っていて、一行がへディーンとブラードが見つけてきた宿に移動した時には日はすっかり暮れていた。

 宿は冒険者が常宿にしている中では並より少し上のランクの宿で、1階に食堂があり、2階と3階が宿になっている。3階の3室を借り、一室をウジェーヌとエイセル、他の2室をアグレルとカッセル、へディーンとブラードが割り当てられた。

 「公子、ここが王都ロセアンでの我々の宿になります。公子はウジェという名前で冒険者登録をしていますから、宿カードにもそう書いています。これからはウジェとお呼びします。2人部屋でエイセルと同室です。言葉遣いも部屋以外では使いません。我らのことを怪しまれないためです。シルヴマルク王国に滞在中はご辛抱ください」

 「うん、僕の我儘に付き合わせてもらってるんだから、大丈夫だ。みんなも気にするな」

 「はい。ですが、我らは大公にじきじきに任命された公子の護衛です。我らの指示に従い、決して一人で行動なさらぬようにお願いします」

 「散策もダメか?」

 「エイセルが同行します」

 「……わかった」

 少し不満そうにウジェーヌは宿に入る。

 「こ……ウジェ、夕食を食べてから部屋に行こう」

 アグレルが言うと、

 「さっき軽く食べたからいらない。疲れたから先に休む」

 ウジェーヌは首を振った。

 「わかった。エイセル、付き添ってくれ。あとで食事を持っていく」
 



 食事のあと、アグレルたちは一室に集まっていた。

 そこに遅れてエイセルが入ってきた。

 「公子は?」

 「もうお休みになりました。元気な様子に見えていましたが、馬車での長旅で疲労が溜まっておられたようです」

 「軟弱だな」

 「公子は我々とは違います。それに、公子なりに我慢されておられますよ」

 厳しい物言いのアグレルをエイセルが諌める。

 「世間知らずの公子にしては泣き言を言わずに健気に頑張っておられる」

 年嵩のカッセルも頷く。

 「公子は6年前にいなくなった初恋の先生たちに会いたい一心ですが、少しばかり気が引けますね」

 言ったのは一番若いへディーンだった。

 「会うだけではなく、エクルンド公国に連れ戻す手伝いをするんだ。大公からは少々手荒になっても構わないと言われている。ただし、シルヴマルク王国側にはくれぐれも知られぬように。知られた場合は我らの先走った行為ということになり、公子の身柄は公国に引き渡されるだろうが、我らのことは一切関知をしないそうだ」

 初めて聞かされる事実に、カッセル、へディーン、エイセルは息を飲む。

 「ウジェーヌ公子の初恋の相手であるアレクサンデション兄弟は魔法の研究と魔道具の研究のだ一人者だ。是非とも我が国に欲しい逸材だ。9年ほど前に留学生として招き入れて、そのまま我が国にいていただく予定だったが警備の目を盗んで帰られてしまった。我が国にはこれといった産業がない。東の帝国と西の王国に挟まれて存在意義を示すためには国を代表する産業が必要なんだ。魔道具を生産し、帝国に売る。だが我が国には手先の器用な人間は多くても魔力が乏しい。満足な魔道具が生産できない。魔力量が豊富で魔法や魔法陣に精通している兄と、魔道具の制作には天才的な弟はどうしても必要なんだ」

 「彼らの所在は?」

 まだ戸惑いながら、へディーンが尋ねる。

 「勤め先と自宅は、すでにこの国にいる公国の潜入者に事前に下調べをしてもらっていた。さっき冒険者ギルドで彼らと接触し、情報をもらっている」

 アグレルは懐から紙を取り出す。

 「そこまで用意周到だったんですか」

 カッセルは呆れの混じった声で呟く。

 「失敗したら国に帰れないかもしれないんだ。大公から任務を聞かされた時から動いていた。たとえ相手に公子への気持ちがなくとも、強引に公子の初恋を実らせてもらう」

 「どうやって実らせるのです? 人の心など、思うようにはならないものでしょう」

 へディーンはわずかな怒りを含ませる。

 「明日アレクサンデション兄弟と接触する。もし騒動になった場合は強引に連れ去ることもある。そうなっても、失敗しても、我らが宿に戻らなかった時は、エイセルは公子を連れてここに」

 アグレルはエイセルに小さな紙片を渡した。

 「公子から片時も目を離すんじゃないぞ」

 「わかりました」

 エイセルは、ウジェーヌがどうしても初恋の人に会いたい、思いを伝えたいと言うたっての願いを大公が許し、自分たちはその護衛につくという任務だと思っていた。
 
 だが実際は初恋よりもほしい人材の確保、それも強引に連れ帰り、万が一それが発覚すれば祖国から切り捨てられるという残酷な任務だった。

 知っていたのはアグレルと補佐のブラードだけのようだが、来てしまった以上は異を唱えるわけにはいかなかった。

 カッセルとへディーンも諦めに似た表情をしていた。
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