そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

踏みにじられた初恋

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 部屋で食事を取り、部屋に備え付けのシャワーで体を清めると、ウジェーヌは寝台に横になった。

 小さな公国の、年の離れた末の公子に生れたウジェーヌは、自分が甘やかされて育った自覚は十分にあった。何をしても許されて、叱られたことはない。

 できないことすら、ウジェーヌらしいと笑ってすまされた。

 この世は自分のためにあるような世界。

 それを壊したのはシルヴマルク王国から留学してきた双子のエルとルルだった。

 エクルンド公国にも魔法はあるが、シルヴマルク王国の魔法とは違う。

 詠唱で発動するが、詠唱すれば誰もが使えるとは限らない。魔力を体内に持つ者が使え、公国内でも一部の者だけしか使えない。

 シルヴマルク王国は精霊の加護を受けた者が使えるという。体内に魔力を巡らせて魔法を使うらしいが、使える者は多く、使えない者も魔石や魔道具を使えば魔法の恩恵を得られる。

 エルは魔法や魔法陣の天才で、ルルは魔道具を作る天才なのだが、シルヴマルク王国から出たい理由があったらしく、留学生として迎えたいと打診したら喜んで来てくれたらしい。

 大公の広大な屋敷に迎えられたエルとルルは研究の傍らに家庭教師もしてくれたのだが、出来の悪いウジェーヌを罵るのは常で、時にはゲンコツを振り下ろすこともあった。

 初めて人から叱られたウジェーヌは、誰もできないことができる存在としてエルとルルを尊敬した。尊敬がときめきになり、淡い恋心になった。

 当時のエルとルルは18歳。ウジェーヌは10歳。

 勉強ははかどらなかったし、賢くもならなかったが、シルヴマルク王国の王都での話や王立学園の話をまじえての授業は楽しかった。

 特に中央統括神殿や大聖堂は芸術的な観点からも見る価値があること。平民街の精霊神殿は見かけは地味だが、まるで家にいるような安らぎがあること。そこによく遊びに行ったこと。

 ウジェーヌの知らない楽しい世界が2人の話にはあった。

 学校には行かずに、ずっとエルとルルに家庭教師をしてほしかった。

 だが、ウジェーヌが13歳になった時、3年間片思いをしてきたエルとルルが突然いなくなってしまった。

 急な帰国だったらしく周りは大騒ぎになっていた。

 父は戻って来てくれるよう頼んでみると言ってくれたが、エルとルルが公国に来ることはなかった。

 ウジェーヌは父である大公にエルとルルに一目会いたいと熱望し続け、18歳になり成人したのを機にようやく許可が出たのだ。

 公子という立場でなくても、思いを寄せる1人の人間としてエルとルルに会えるのであればウジェーヌはかまわなかった。

 同じ王都にエルとルルがいる。

 そう思うとウジェーヌは胸が高鳴ってなかなか寝付けなかった。

 同室のエイセルの寝台に背中を向けて横になっていたウジェーヌの耳に、エイセルがそっと部屋を出て行ったドアの閉まる音が聞こえた。




 アーベントロート騎士団が追跡していた不審な馬車が王都に入ったとの連絡を受け、ヴァレリラルドはウルリクとベルトルドを伴って第二騎士団駐屯地に向かった。

 そこにはマロシュとブレンドレルが待ち構えていた。

 「ご足労をおかけしました。こちらです」

 2人の案内で建物の一室に入ると、すでに入室していた男が1人、立ち上がって臣下の礼を執った。

 「アーベントロート騎士団のエグモントと申します。目立たぬよう追跡していましたので騎士服ではないことをお詫びします」

 「アーベントロートからの追跡、ご苦労だった。どのような状況なのか教えてくれ」

 ヴァレリラルドは椅子に座ると、その後ろにウルリクとベルトルドが立つ。

 「はい。エクルンド公国から来た男は6人です。5人は冒険者というより腕の立つ騎士か、それに準ずる生業の者だとみました。もう1人は20歳前の若者で、雰囲気から貴族の出ではないかと思われます。冒険者を装ってはいましたが、隠しきれない緊張感が漂っていましたので何か事を起こしそうだと追跡してきました」

 「王都内に入ったんだな?」

 「はい、王都の中心にあるコルド広場で三手に分かれました。同僚がそれぞれを尾行しています」

 「わかった。王都にいる間はここを拠点にしてくれ。厩舎と部屋を用意させる。第二騎士団のブレンドルと、うちの執務室で働いているマロシュを橋渡しにして逐一報告してくれ。人手が必要になればブレンドレルを通じて第二騎士団にも協力させよう」

 「ありがとうございます。三手に分かれた先での報告がはいってくれば、おおよその動向が見えてくるかと思います」

 エグモントは頭を深く下げてヴァレリラルドに感謝の意を表す。

 「エクルンド公国とはあまり交流はしていない分、騒動になったときが面倒だ。何もなければいいんだが」

 ヴァレリラルドはそう願っていた。
 
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