そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

これからも側にいてほしい

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 エルランデル公爵家の迎えの馬車にシーグフリードとともに乗ったアシェルナオは、やがて馬車が公爵邸の敷地に入ると、俯いて膝の上に乗せた手をぎゅっと握りしめた。

 「兄様の部屋にお泊りするって、テュコには言わないといけないよ。話したくないなら話さなくていいけど、黙って1人で星の離宮に転移したのなら、きっとテュコたちも心配していたはずだからね」

 アシェルナオの手の上に自分の手を重ねて、シーグフリードが諭す。

 「……はい」

 「誰だって反抗期はあるんだよ。ずっと一緒にいるのなら、相手の些細なことがたまらなく鼻について嫌になることだってある。心が成長していくうえで大事なことでもあるんだよ」

 「テュコに反抗してるんじゃないです。ずっと一緒でも鼻につくとか、ないです。テュコは口うるさいところはあるけど、いつも僕のことを考えてくれてる、たった一人の僕の侍従で……僕が……だから悪いんです」

 アシェルナオの声がだんだん小さくなり、最後はほとんど聞こえなくなる。

 かわりにまた涙の粒が零れ落ちてアシェルナオの拳に落ちた。

 「そうか、アシェルナオはテュコが大好きなんだね」

 「はい……大好きです」

 「でも今は会いたくないんだね」

 ぽろぽろ涙を零しながらアシェルナオが頷く。

 「わかった。じゃあ兄様にまかせておきなさい」

 シーグフリードがそう言った時、ちょうど馬車が馬車寄せに着いた。

 「シーグフリード様、ナオ様は?」

 扉を開け、待ち構えていたテュコ、アイナ、ドリーンが馬車の中を覗き込む。

 「馬車の中で眠ってしまった。眠る前に今日は私の部屋にお泊りする約束をしたから、アシェルナオはこのまま連れて行くよ。あとでうちのメイドにアシェルナオの制服を取りに行かせる」

 フード付きのローブで包まれて顔の見えないアシェルナオを抱えて、シーグフリードは馬車を降りる。

 「ナオ様はなぜ1人で星の離宮に? 何かおっしゃってませんでしたか?」

 納得できない顔のテュコが尋ねると、その後ろでアイナとドリーンも心配そうな顔でシーグフリードを見つめる。

 「そういうところは意外に頑固でね。そこもいじらしいんだが。テュコたちはあまり気にせずにアシェルナオが話すのを待っててほしい」

 そう言われるとテュコたちは何も言えず、すがるような瞳でシーグフリードとその腕に抱かれるアシェルナオを見送った。





 「部屋についたよ、リングダール寝入りさん」

 3階にある自室に着くと、シーグフリードはアシェルナオを下ろした。

 「リングダール寝入り? 狸寝入りみたいなもの?」

 リングダールという言葉にアシェルナオが反応する。

 「アシェルナオは本当にリングダールが好きだね。あとで兄様とリングダールの話をしようか」

 「はい。兄様のお部屋、久しぶりです。いつ来ても広くて綺麗なお部屋です」

 アシェルナオの部屋も広いがメゾネット式だし、ダイニングの奥は壁になっており、その先にブロームたちの部屋があるので、それほど広いとは思わなかった。

 もちろん十分すぎる広さがあるのだが、シーグフリードの部屋はサッカーができるのではないかと思うくらい広かった。

 「ここは代々嫡男が使う部屋だからね。なんだか申し訳ないが」

 「そんなことないです。父様の跡を継いで次期公爵になる兄様に相応しいお部屋です。それに、僕のお部屋も申し訳ないくらい広いです」

 はにかんで笑うアシェルナオに、シーグフリードも笑みをこぼす。

 「いらっしゃいませ、アシェルナオ様。今日はシーグフリード様と一緒にお食事をして、お泊りをされるとか。私たちも楽しみにしておりました」

 シーグフリードの侍従のコーバスが深い一礼をして言った。

 「今日はよろしくお願いします」

 ぺこり、と頭をさげるアシェルナオに、コーバスも、メイドたちも目を細める。

 公爵夫妻とその嫡男に愛された公爵家の次男は、髪の毛と瞳の色から隠されて過ごすことが多かったが、たまに目にするその愛くるしさに、使用人たちもその虜になっていた。

 「アシェルナオは今日は敷地をかなり走ったらしい。疲れているし、お腹も空いているようだからすぐに食事にしてくれ。胃に優しいもので、フルーツを多めに頼む」

 「かしこまりました。連絡をいただいておりましたので準備はできております」

 「ありがとう、コーバス。アシェルナオ、兄様は着替えてすぐ来るから、少し待っていてくれないか?」

 「はい」

 「レンカ、アシェルナオのローブを脱がせてやってくれ」

 メイドに頼んで、シーグフリードはクローゼットのある部屋に向かう。その後ろを別のメイドが追いかけて行った。

 「アシェルナオ様、首元を失礼します」

 レンカが首元の留め具を外し、腕を袖から抜く。

 アイナとドリーンにされるように、アシェルナオは少し腕を広げてされるままにしていた。

 「はい、お上手でございます」

 ローブを脱がし、腕にかけながらレンカが褒める。

 「僕、アイナとドリーンが脱ぎ着させやすいようにじっとしてるんだ」

 「そうしていただくと、私たちもお世話がしやすいですからね。アイナとドリーンはいつもアシェルナオ様のお世話ができて羨ましいです」

 「うん。出会ってすぐにね、アイナとドリーンとテュコはずっと僕の側にいてくれるって約束……」

 言いながら思い出してしまったアシェルナオは、また涙を浮かべる。

 梛央がシルヴマルクに来てすぐに、この世界に誰も知ってる人がいない心細さに、『僕を一人にしないで。この国での、僕の帰れるところになって』とテュコたちに頼んだことを思い出していた。

 もちろんずっと側にいます、誠心誠意お世話しますと言ってくれたテュコ。だから、贅沢だと言われても、我儘だと言われても、これからも側にいてほしい。

 「うううっ……」

 自分の気持ち、自分の願いを改めて知って、アシェルナオは声を上げて泣き出した。
 
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