そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

待てって!

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 視察先から転移を繰り返して王城の転移陣の間に到着すると、ヴァレリラルドは出迎えた者たちへの挨拶も早々に転移陣の間を飛び出した。

 「ラル、ラル! 待てって!」

 後を追ってきたウルリクがその背中に呼びかける。ウルリクの後ろにはベルトルドも続いていた。

 「待たない。後から来い!」

 ヴァレリラルドは振り向きもせずにそう言うと、王城内を疾走し、やがて到着したのは厩舎だった。

 「エメを頼む」

 ヴァレリラルドの声に、厩人は慌てて愛馬のエメを馬房から出す。

 「鞍はいい」

 乗馬できるように厩人が準備しようとするのを制して、ヴァレリラルドは手綱を掴んで軽やかにエメに飛び乗る。

 「待てって言ってるだろうが! 護衛が遅れをとるわけにいかないだろうが!」

 追いかけて来たウルリクとベルトルドの前でヴァレリラルドは白い馬体が美しいエメを駆けさせ、文句を言いながらも2人もその後を追った。

 侍従を同行させないヴァレリラルドにとって、側近であり護衛騎士であるウルリクとベルトルドの同行は必須であることを、誰より2人がわかっているのだ。

 やがてヴァレリラルドを乗せたエメは第二騎士団駐屯地の門の中に吸い込まれる。

 「殿下、わざわざのお越し、ありがとうございます」

 出迎えた第二騎士団の団長・ヤルナッハの挨拶を、

 「挨拶はあとだ。ナオのところに案内しろ」

 そう躱して建物の中に入ろうとした時、建物の入り口にいたシーグフリードが手をあげる。

 「こっちだ」

 「シグ!」

 シーグフリードに気が付くと、ヴァレリラルドが駆け寄る。

 「だから待てって!」

 やっと追いついたウルリクとベルトルドも、馬を飛び降りて急いでその後を追った。





 
 寝台で眠るアシェルナオを、脇の椅子に座りながらテュコ、アイナ、ドリーンが幸せそうに眺めていた。

 アシェルナオが離宮に1人で行ったり、屋敷を抜け出して1人で学園に行こうとしたのは、テュコと離れたくなかったからだった。テュコだけでなくアイナとドリーンとも、これから先もずっと一緒にいたいという願望を、自分の我儘、贅沢だと思ったために悲しみ、苦しんだのだ。

 その悲しみ、苦しみが大きい分、自分たちのことを大切に考えてくれているということで、無事に戻ってきたアシェルナオを3人は飽きることなく眺めていた。

 だが穏やかな時間を、複数人が廊下を走る騒がしい気配が打ち砕く。

 テュコは眉間の皺を寄せ、立ち上がると、ドアを開けて廊下に出た。

 「ナオ!」

 息を荒くして駆けつけてくるヴァレリラルドを、テュコは片手で制する。

 「いまは眠っていらっしゃいます。お静かに」

 「無事か?」

 「ええ。私が間に合いましたので」

 テュコはヴァレリラルドに胸を張って言った。

 アシェルナオから大好きと言われたことに、侍従としても騎士としても側にいてくれて嬉しいと言われたことに、テュコは優越感に浸っていた。

 「そうか……よかった。寝顔でもいいから見たい」

 テュコに対して『一歩も引かない』というスキルを身につけているヴァレリラルドは、胸を張り返す。

 「やっと追いついたぁ。待てって言ったじゃん……て、学園の先輩の……」

 「我々の4つ上の年の、騎士科の最優秀生徒だ。第一騎士団に入団が決まっていながら直前で辞して、以来行方が知れないというテュコ先輩」

 追いついたもののの、ヴァレリラルドと対峙するテュコを見て一瞬ひるむウルリクとベルトルドに、

 「テュコは10年前からうちの弟の侍従兼騎士だ」

 シーグフリードが衝撃の告白をした。

 「そう簡単にはナオ様の寝顔は見せられません。お目覚めになるまでお待ちください」

 驚くウルリクとベルトルドを横目に、テュコも一歩も引かずにヴァレリラルドと渡り合う。

 「シグ、にたまちゃんの侍従は偉そうだ」

 王太子であるヴァレリラルドと対等に話すテュコが、ウルリクには気に障ったようだった。

 「ナオ様は特別な方です。その存在は国王陛下より尊いと言っても過言ではありません」

 テュコが言うと、

 「どういうことだ?」

 その言葉の意味が理解できないウルリクが問い返した時、 

 「みなさま方、ナオ様がお目覚めになりました」

 ドアが開いてアイナが顔を出す。

 「騒がしさで目が覚めてしまわれました」

 同じく顔を出したドリーンが、笑顔だが、あなたたちがうるさくて起きてしまったじゃないですか、と言わんばかりの目つきで言った。

 「すまない」

 「俺もにたまちゃんに会いたい。いいだろう? どうせもうすぐ婚約式でお披露目なんだから」

 ウルリクがヴァレリラルドの横をすり抜けて部屋に入ろうとする。

 「ナオ様は過呼吸の発作を起こした」

 テュコがヴァレリラルドにだけ聞こえるように言うと、ヴァレリラルドはウルリクの肩を掴んで後ろに押しのけながら部屋の中に飛び込んだ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 次回予告・たまたまにたまちゃん
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