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第3部

顔を合わせる

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 婚約式の儀に使われるのはベルンハルドとテレーシアの時にも使用された精霊の間だが、両家の顔合わせをするのは隣の控室だった。

 隣と言っても、内部は扉でつながっており、顔合わせのあとそのまま精霊の間に移動して婚約の儀を執り行う流れになっている。

 護衛や従者を伴って、ベルンハルドを先頭に奥城から王城に入った一行は、精霊の間の横の扉にたどり着いた。

 衛兵がゆっくりと扉を開け、護衛騎士たちは部屋の壁際へ進む。

 見届け人のグルンドライストとローセボームは入室する王族を頭を下げて迎え入れ、婚約者とその家族はさらに深く頭を下げて待ち受けた。

 ベルンハルドたちはゆっくりと歩き、ベルンハルドはオリヴェルの前に、テレーシアはパウラの前に、アネシュカはシーグフリードの前に、そしてヴァレリラルドはアシェルナオの前に立ち、その横にエンゲルブレクトが並ぶ。

 「進めてくれ」

 ベルンハルドがグルンドライストに促すと、

 「シルヴマルク王国王太子、ヴァレリラルド殿下と、エルランデル公爵家次男、アシェルナオ・エルランデルとの婚約式を前に、これより両家の顔合わせを行います。エルランデル公爵家の方々、顔をおあげください」

 グルンドライストがエルランデル公爵家側に声をかける。

 それを受けて、オリヴェルをはじめパウラ、シーグフリードが顔をあげ、最後にアシェルナオも顔をあげる。

 アシェルナオが着ている衣装は、梛央の姉の薫瑠が成人式で着た振袖をイメージしたものだった。

 薫瑠の振袖は曽祖母から祖母へ、祖母から琉歌へ、琉歌から薫瑠へ受け継がれた名のある工芸師が仕立てた正絹の着物で、白地に四季折々の花々が描かれた、華やかでありながら上品な着物だった。

 振袖を着た薫瑠を、その時の梛央は羨ましく思いながら見ていた。

 振袖が羨ましかったわけではなく、代々受け継がれてきたものを薫瑠が引き継いだことが羨ましかった。

 曽祖母と祖母が琉歌に託した思い。それに自分の思いをこめて琉歌が薫瑠に贈ったもの。

 家族と別れ、この世界に1人で来たアシェルナオにとって、どんなに希っても手に入らないもの。

 けれど、この世界で生きていくと決めたのだから、今度は自分が大事にしたものを誰かに引き継げばいい。

 悲しくも強い気持ちの込められた衣装は、袴着物のようなスタイルになっており、振袖はヴァレリラルドの瞳の蒼を地に、サネルマを中心に色とりどりの花が描かれている。

 袴部分は臙脂色から裾にいくにつれて濃い葡萄色になっており、両脇には振袖と同じくサネルマなどの花が描かれていたが、それだけでは寂しいということで、アルテアンが加えた蝶結びの大きな飾り帯がアシェルナオの背後を華やかに演出している。

 生地は正絹というわけにはいかず、袴の部分もふわりと広がる軽い生地で作られていたが、『この世界で受け継いでいく着物』というイメージは、アシェルナオが満足できる仕上がりになっていた。

 それに合わせて髪の毛はサイドで編み込まれてまとめられており、サネルマの髪飾りで止められていた。

 婚約式は本当の姿で行うため、サークレットはせずに黒目黒髪の姿だった。

 清楚で上品だが格式を感じさせる装いで一段と美しいアシェルナオに、ヴァレリラルドの目が細められる。

 アシェルナオもヴァレリラルドの視線を受けて微笑んで見せたが、すぐに隣にいるエンゲルブレクトを見て表情を固まらせる。

 そのエンゲルブレクトは、アシェルナオを凝視したまま瞬きすら出来ずにいた。

 17年前にヴァレリラルドを庇って死んだはずの梛央が、以前と変わらず美麗な容姿でそこに立っていて、あまつさえヴァレリラルドに親愛の表情で微笑んで見せたのだ。

 だが自分の視線に気づいて表情を強張らせているアシェルナオを見て、エンゲルブレクトは少しずつ動揺から立ち直った。

 「驚くのも無理はない。17年前にヴァレリラルドを庇って消滅したナオは、女神の恩恵を受けてエルランデル公爵家の次男として新たな命を授かったのだ」

 エンゲルブレクトのアシェルナオを見ての反応に、ベルンハルドが慎重に語った。

 「本当にナオ様なのですね」

 エンゲルブレクトが一歩前に出る。

 アシェルナオは、びくり、と震え一歩後ずさった。

 「ヴァレリラルドがナオの生れ変わりを知ったのは3年前だ。知ってすぐにナオにプロポーズをして、ナオから承諾を得た。それを受けて婚約を発表したのだが、愛し子という稀有な存在であることを隠すために、この3年間、王族であるお前にもナオのことを伝えることができなかったことをすまなく思う」

 『すまなく思う』と言いながらも、エンゲルブレクトを制止するような力強さでベルンハルドが説明する。

 「ああ……愛し子様ですからね……」

 エンゲルブレクトの口元に不敵な笑みが浮かぶと、ずい、とアシェルナオの前に進み出た。

 「なんという女神の恩恵。再びナオ様に会えたことを嬉しく思います。私はナオ様を一目見て恋に落ち、すぐにプロポーズをした者。この17年間、ひとときもナオ様のことを忘れたことはありませんでした。私の知らないあいだにヴァレリラルドのプロポーズを受けてしまわれたのは残念でなりません」

 アシェルナオに熱く語るエンゲルブレクトは、ニヤリと笑うと、

 「ナオ様は大事に育てられたのですね。加護を受けたのは6歳ではなく10歳の時だったのでしょう?」

 と、アシェルナオの耳元で囁いた。

 目を見開くアシェルナオは、間近でエンゲルブレクトの瞳を見上げた。

 その瞳は獲物を見つけた猛禽類のように爛々と輝いていたが、奥には言いようのない淀みが渦巻いているようだった。



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