そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

今は出て行って

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 「フォルシウスです。ナオ様が瘴気に触れて倒れられた。近くまで馬を連れて来てください」

 アシェルナオの顔色を見て、フォルシウスが通信機に向けて応援を依頼する。

 その声に反応して、アシェルナオは瞳を開けた。

 「まだ、大丈夫……」

 その顔色は血が通っていることを疑うほど生気がなく、開かれた瞳は虚ろで、

 「だめだ、ナオ。今日はここまでだ」

 ヴァレリラルドがその決定を伝えるように強く抱きしめる。

 「お願い、ヴァル。どうしても歌わないと……」

 不浄だから早く祓わなければ。そう思っていたものが、自分と同じくらいの年頃の少年たちの変わり果てた姿だと知ったアシェルナオは、その強烈な思念とヴィジョンに悲鳴をあげたのだが、冷静になった今は少年たちへの懺悔の念で胸が締め付けられていた。

 輝く生命の光に溢れていただろう少年たちは未来を奪われ、無残に殺された。正体を知らなかったとはいえ、今まで不浄なものだと思っていたことが申し訳なかった。

 どんなに怖かったか。どんなに痛かったか。どんなに恨んだか。憎んだか。どんなに悲しかったか。

 自分の歌が、どれだけ届くかわからない。

 それでも、少しでも安らいでほしかった。一刻も早く精霊の泉から無念の魂を救いあげたかった。

 まだショックから立ち直っていないアシェルナオの声音は弱々しかったが、意志の強さが感じられて、ヴァレリラルドはテュコを見る。

 言い出したらきかない主人の性格を知っているテュコは、小さく頷く。

 「わかった。でもここから先には行かせない」

 そう言うとヴァレリラルドはアシェルナオを慎重に地面に立たせる。

 柔らかな草の上に立つと、アシェルナオは震える手を組み合わせた。

 願わくば、届いてほしい。願わくば、耳を貸してほしい。願わくば、光の道を見つけてほしい。

 アシェルナオは切なる思いを届けるために歌を歌う。

 
   光が導くは

   安息の大地

   嘆きの草原を越えて

   桃源の郷

   魂の御阿礼

   永遠の祈りが届くように


   風に乗せるは

   優しい歌声

   命愛おしむ調べが

   心を包み込む

   彼らの道行きに

   永遠に愛が満ちるように


 これまでの浄化の歌は清浄を願う優しい調だったが、この歌は魂を送る悲しみの歌だった。

 アシェルナオの悲哀の深さが胸に刺さるような、美しくも張り詰めた歌だった。

 その歌声が包み込むように、瘴気の色が徐々に薄くなる。

 その歌声が染み入るように、泉の色が少しずつ澄んでいく。

 ゆっくりと、ゆっくりと、瘴気が消えていく。そう思った時に小さな黒い塊が草むらを這うようにまっすぐにアシェルナオに向かってきた。

 それはあまりに小さくて、ヴァレリラルドにもテュコにも気づかなかった。

 それは、アシェルナオの足元まで来るとローブを伝うようにして上に上って行く。

 『だめ』

 『だめだめ』

 『だめだめだめ』

 『ナオに触れちゃだめー』

 『ナオー』

 精霊たちが騒がしくて、何事かとアシェルナオが声がする方を見ると、目の前に小さな黒い塊があった。

 「え」

 それはアシェルナオの額に衝突したかと思うと、霧散して消えて行った。

 アシェルナオの体は崩れ落ちた。
 




 アシェルナオが聖域の森と精霊の泉の浄化を成し得たという知らせと、瘴気に触れて倒れたという知らせを受けて、エルランデル公爵家は騒然とした。

 今朝、元気に手を振って出かけたアシェルナオが、ほんの数時間後にはヴァレリラルドに抱きかかえられて馬車を降りてきたのだ。

 出迎えたパウラは、ローブを着たアシェルナオが蒼白な顔で意識を失くしているのを見て卒倒しそうになるのをオリヴェルに支えられた。

 「アシェルナオは大丈夫なのですか? 瘴気に触れたと聞きましたが」

 テュコが先導し、その後にアシェルナオを抱きあげたヴァレリラルドが続く。

 その背中にパウラが声をかけた。

 「母上、大丈夫ですよ。フォルシウスがオルドジフ殿を呼んでいます。すぐに来てくれるでしょう」

 王城で合流し、馬車に同乗してきたシーグフリードがパウラに声をかける。

 「精神の消耗が激しいと思われます。お身体への癒しは私が担当しますが、精神の癒しは兄上の方が長けています」

 フォルシウスもパウラに声をかけ、先を急いだ。

 後続の馬車からアイナとドリーンが降りてきて、当主夫妻への挨拶もそこそこに急ぎ足でアシェルナオの部屋に向かうのを、誰も咎める者はいなかった。

 


 頭が陥没した者、全身を切り刻まれている者、腕を切断された者、足をつぶされた者。

 アシェルナオと年の近い少年たちは、みな其処彼処から血を流して、怯えたり怒り狂ったりしながらアシェルナオを取り囲んでいた。

 「いやぁぁぁぁっ、こないでぇぇぇぇぇーっ!」

 叫んで、アシェルナオは目を開けた。

 その振動で、睫毛に溜まっていた涙がぽろりと落ちる。

 涙で滲んだ視界に、ヴァレリラルドやオルドジフやテュコの姿が飛び込んで来た。

 「ナオ、大丈夫?」

 ヴァレリラルドが気遣う声音を出す。

 うなされていた夢を思い出して、アシェルナオは枕に顔を突っ伏して声を押し殺して泣いた。

 「ナオ……」

 「1人にして。ヴァルもドーさんも、テュコもアイナもドリーンも、今は出て行って」

 嗚咽をもらしながら言われては譲歩させることもできなくて、

 「わかりました。ただし、今日だけですよ。何かあったらすぐに呼んでください」

 テュコもそう声をかけることしかできなかった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 頑張っても報われない。

 
 お声かけ、エール、いいね、ありがとうございます。
 空しくて、逃げ出しそうでしたが、呼び戻してもらいました。
 一言だけでも、一押しだけでも、帰ってくる力になります。
 ありがとうございます。
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