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第5部
ええ、帰りません
しおりを挟むアシェルナオがいなくなってから3日めの朝を迎え、アイナとドリーンは主のいない貴賓室を無言で清掃していた。
侍従であるテュコはアシェルナオの筆頭護衛騎士でもあるため、捜索本部となっている広間に詰めている。
自分たちにできることはアシェルナオがいつ帰って来てもいいように、万全の態勢で待っているだけ。そう言いたげに粛々と作業を進めていたが、時折、手元にぽとりと涙の雫が落ちるのをとめることはできなかった。
「アイナ、ドリーン」
名前を呼ばれて、2人はアシェルナオの捜索に進展があったのかと、弾かれたように声のした扉の方を振り向く。
そこにいたのは、ショトラに案内されたパウラだった。
エルランデル公爵家でパウラに仕えているメイドたちを従えて、立ち姿も凛として美しいパウラだが、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。
「奥様」
「パウラ様」
2人はパウラの前に足早に進むと、両手を揃えて深く頭を下げた。
「赤ちゃんの頃からアシェルナオに仕えている2人ですもの。その心情は察します。でも、アシェルナオが無事に帰ってくるまで、もう少し頑張って頂戴ね」
パウラは両手を広げて2人をまとめて抱き寄せる。
「はい。きっと、ナオ様はもうすぐお帰りになります」
「その時は万全の態勢でお迎えします」
気丈に答えるアイナとドリーンだったが、パウラの胸に抱かれて張り詰めた糸が少しだけ緩み、ハラハラと涙の雫が落ちた。
「みんな、ナオ様の無事を祈りながら、できるかぎりのことをしている。大丈夫だ。私もここに詰めているから、いつでも訪ねてきなさい」
ショトラの言葉に、アイナとドリーンは泣き顔を見られないように頭を下げたまま、何度も頷いた。
「マフダル、私も捜索に加わらせてくれ」
アシェルナオが行方不明になってから3日めともなると人々の顔には焦燥の色が濃くなり、だんだんとそれが悲壮感に変わろうとしていた。
進展のない状況に焦れたヴァレリラルドがマフダルに詰め寄る。
無事でいてくれ。私の名前を呼んでくれ。幾十幾百となく繰り返した祈りは届かず、ヴァレリラルドはただ待つことに限界を迎えていた。
「私も行かせてください」
ヴァレリラルドが捜索に加わるなら自分も、と、テュコもマフダルの前に進み出る。
「気持ちはわかるが……」
「お邪魔しますわ」
宥めようとしたシーグフリードの言葉を遮ったのは、ショトラに先導されたパウラだった。
「母上、なぜこちらに」
何も知らされていなかったシーグフリードは、動揺を隠せずにパウラを出迎える。
アシェルナオを案じて殺気立った雰囲気の広間に、公爵夫人としての気品に満ちたパウラの存在は異質で、その場にいた騎士たちは戸惑って後ずさった。
「陛下から逐一状況は入っていますが、それでもアシェルナオが心配で。少しでも近くで待ちたかったのです」
パウラはシーグフリードに歩み寄ると、大事な家族の行方がわからない悲痛な状況を分かち合うように抱きしめた。
「母上の心配はわかりますが、アシェルナオはきっと無事に取り戻します。心穏やかに過ごすことはできないと思いますが、どうか王都の屋敷でお待ちください」
母のハグを受け止めたシーグフリードだが、すぐにその身体から離れた。
するとパウラは息子ではなくヴァレリラルドに向き直る。
「殿下の婚約者であるアシェルナオの母として、その言葉を殿下に向けさせていただきますわ。殿下が絆の指輪で呼ばれるのを待っていることは陛下から聞いております。ならば殿下はアシェルナオが呼ぶことを信じてお待ちください」
「パウラ……」
「アシェルナオはきっと殿下を呼びます。その時まで、殿下の分もアシェルナオを案じて捜索に出ている者たちの道しるべになるように大きく構えているべきです。少し厳しく言わせていただきますと……次期国王でもある殿下が、なにをうろたえておいでです。この国の最上に立つ者として、何があろうと弱きところを配下に見せるべきではございません」
声を荒げるでもなく、語気を強めるわけでもない。だがよく響くその声にはパウラの芯の通った気概が表れていた。
行方のわからなくなった我が子を思うとその胸中は計り知れない。そのパウラから叱咤されて、ヴァレリラルドは憑き物が落ちた気分だった。
「パウラ……」
「それに、テュコ」
呆然とするヴァレリラルドをひとまず視界の隅に追いやって、パウラはテュコの名を呼ぶ。
「はい、奥様」
自分にも言葉を向けられて、テュコは姿勢を正す。
「アイナとドリーンは涙をこらえて、いつアシェルナオが戻って来てもいいように部屋を整えています。侍従としてアシェルナオが戻ってきたときに、テュコがここにいなくてどうしますか。待つのは侍従としての大きな役目でないこと? それとも、ここには信頼に足り得る駒はいないのですか? シーグフリード」
「駒はいます。みな、懸命にアシェルナオを探しております」
シーグフリードも姿勢を正して答える。
「パウラ……いや、将来の義母殿。私は弱気になっていたようだ。皆にも取り乱したところを見せてすまない」
ヴァレリラルドは詰め寄ったマフダルや護衛騎士たちに小さく頭をさげる。
「私も、出過ぎた真似をしようとしていました。申し訳ありません」
テュコも冷静さを取り戻して頭を下げる。
「ありがとうございます、母上。ラルもテュコも皆も、気持ちを新たにアシェルナオを取り戻すための心構えができたようです。ですから母上も屋敷で……」
「ええ、帰りません。ショトラ先生と一緒にアシェルナオの帰りを待ちますから気にしないでね」
パウラは満面の笑みで、息子にも誰にも異議を唱えさせなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
いつもエール、いいね、ありがとうございます(。uωu))ペコリ
坊主の説法が下手過ぎる。というか、説法の場は坊主の愚痴の場ではない。
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