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第5部
みつの日記2
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わたしのいた国とこの国は違う。言葉もわからないし、お風呂や厠も使い方が違ってとまどうことばかりだ。箸もないから、食べることも難しい。
言葉は通じないけれど、マリアが身振り手振り、それに笑顔や困った顔でいろんなことを教えてくれた。ご飯の時はマリアが小さく切り分けてくれて、慣れるまでふぉーくとすぷーんで食べたらいいと言ってくれた。
初めての異人の服も下着も、着物とは違うかたちで、異人のお姫様のようだった。髷をほどいて長く垂らし、横の髪はマリアが編んでくれた。
下働きもしないできれいな服を着て、あったかいおいしいものを食べる。
「ここ、本当は極楽じゃないのかな?」
そう言うとスーザーは笑った。
「みつは頑張ったから、ここで楽しいことを経験してほしいの」
「わたし、頑張ってない。頑張ってたら……」
親の言うことをきいて、好きでもない人と祝言をあげていた。その言葉をスーザーは怒った顔でとめた。
「みつの生きていた国が未熟だっただけ。みつの思っていたことは間違ってないのに、誰もそのことに気づけなかったの。私は、そうじゃない世界があることを、みつに知ってほしかった」
そう言ってもらえるだけで、この国に来てよかったと思った。嬉しくてわたしが泣くと、スーザーは優しく頭をなでてくれた。突然泣き出したわたしにマリアやエーリクたちはおろおろしていた。
マリアが厚手の紙で札を作ってくれた。それには文字が書いてあった。
『はい』 『いいえ』 『好き』 『嫌い』 『嬉しい』 『悲しい』 『ごはん』 『飲み物』 『厠』 『お風呂』 『ほしい』 『いらない』
スーザーが札に書いてある言葉を教えてくれた。わたしは札に書いてある文字の下に日本語で同じ意味の言葉を書いた。
「マリア」と言いながら『好き』の札を差すと、マリアは嬉しそうに笑ってくれた。思ってることが通じてわたしも嬉しかった。
帳面を2冊もらったから、1つは言葉を覚えるために、1つは自分の日記用に使うことにした。
ここに来て3日。
神官たちに精霊神殿の中にある、とても立派な部屋に連れて行かれた。もちろん私のそばにはエーリクたち護衛騎士がいた。
「ここは洗礼を受けるための部屋よ。みつにもう少しこの国に慣れてほしかったみたいだけど、この国にも事情があって、のんびりできないの」
スーザーが神官たちの言葉を伝えてくれた。
「事情って?」
「みつにはまだ言ってなかったけど、精霊の愛し子が現れるのはこの国に瘴気が溜まったときなのよ。瘴気だまりが各地に見つかったから、のんびりしていられないの」
「瘴気? 瘴気だまり?」
「瘴気というのは、腐敗した空気と邪悪な思いが混じりあった黒い霧。それが溜まると魔獣が出現して畑や牧草地、村や町を襲ったりするの」
「魔獣?」
「魔獣は、瘴気だまりから発生した巨大な獣や奇妙な姿を持つ怪物のことよ。瘴気だまりは魔獣だけでなく病気が発生する原因にもなるの。みつをこの世界に呼んだのは、瘴気を祓ってほしいから。洗礼の儀を受けることで精霊の加護を授かり、瘴気を浄化する力を手に入れることができる。これはみつにしかできないの」
巨大な獣? 怪物? そう聞くと怖い。怖いけど、わたししかできないことがあると言われたことが嬉しかった。
女だから家を出て奉公に出されて。女だから下働きしかさせてもらえなくて。女だから好きじゃない人と祝言をあげて、その人の子を産んで育てる。
『わたし』じゃない『女』として生きていくことしかできなくて、それが嫌だから死ぬしかなくて。
そんなわたしにしかできないことがあるなんて、嬉しい。
「怖い思いをさせることになる。でも、こうするしかあなたを救えなかったの」
悲しい顔のスーザーに、わたしは笑って見せた。
「違うの、スーザー。わたしは嬉しいの。わたし、やる。浄化する」
そう言うと、スーザーは私を抱きしめた。
わたしは洗礼を受けて、精霊の加護を授かった。
闇のまほうが使えるらしいけど、まほうっていうのがわからない。まほうを使わなくても浄化はできるから、浄化をしながら覚えていけばいいとスーザーは言った。
初めて神官やエーリクたちと向かった浄化は、山のふもとの溜池だった。溜池全体が黒いもやに覆われていた。その時になって初めてわたしは、どうやって浄化するのだろうと思った。
「悪いものがなくなるように、きれいな場所にもどるように。その思いをこめて祈ればいいわ」
スーザーに言われて、わたしは精霊神殿でも感じる、神社に行ったときの気持ちを思い出した。
鳥居も手水舎もないけど、目の前に拝殿があって、その先にご神体があることを想像して二拝し、柏手を打つ。自分の手からした音じゃないような、おりんのような澄んだ高い音がした。
神殿の女神様の前にいるような、心が清らかになるような空気が広がっていった。黒いもやがうすくなり、もう一度柏手を打つともやはすべて消えていた。
神官たちが感心してわたしを見た。
「すごいわ、みつ」
スーザーも喜んでいた。
わたしの浄化で助かる人がいて、喜んでくれる人がいる。ならばわたしは瘴気のあるところに行く。浄化する。そう心に誓った。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
みつの日記が続きます。応援いただけると嬉しいです。
言葉は通じないけれど、マリアが身振り手振り、それに笑顔や困った顔でいろんなことを教えてくれた。ご飯の時はマリアが小さく切り分けてくれて、慣れるまでふぉーくとすぷーんで食べたらいいと言ってくれた。
初めての異人の服も下着も、着物とは違うかたちで、異人のお姫様のようだった。髷をほどいて長く垂らし、横の髪はマリアが編んでくれた。
下働きもしないできれいな服を着て、あったかいおいしいものを食べる。
「ここ、本当は極楽じゃないのかな?」
そう言うとスーザーは笑った。
「みつは頑張ったから、ここで楽しいことを経験してほしいの」
「わたし、頑張ってない。頑張ってたら……」
親の言うことをきいて、好きでもない人と祝言をあげていた。その言葉をスーザーは怒った顔でとめた。
「みつの生きていた国が未熟だっただけ。みつの思っていたことは間違ってないのに、誰もそのことに気づけなかったの。私は、そうじゃない世界があることを、みつに知ってほしかった」
そう言ってもらえるだけで、この国に来てよかったと思った。嬉しくてわたしが泣くと、スーザーは優しく頭をなでてくれた。突然泣き出したわたしにマリアやエーリクたちはおろおろしていた。
マリアが厚手の紙で札を作ってくれた。それには文字が書いてあった。
『はい』 『いいえ』 『好き』 『嫌い』 『嬉しい』 『悲しい』 『ごはん』 『飲み物』 『厠』 『お風呂』 『ほしい』 『いらない』
スーザーが札に書いてある言葉を教えてくれた。わたしは札に書いてある文字の下に日本語で同じ意味の言葉を書いた。
「マリア」と言いながら『好き』の札を差すと、マリアは嬉しそうに笑ってくれた。思ってることが通じてわたしも嬉しかった。
帳面を2冊もらったから、1つは言葉を覚えるために、1つは自分の日記用に使うことにした。
ここに来て3日。
神官たちに精霊神殿の中にある、とても立派な部屋に連れて行かれた。もちろん私のそばにはエーリクたち護衛騎士がいた。
「ここは洗礼を受けるための部屋よ。みつにもう少しこの国に慣れてほしかったみたいだけど、この国にも事情があって、のんびりできないの」
スーザーが神官たちの言葉を伝えてくれた。
「事情って?」
「みつにはまだ言ってなかったけど、精霊の愛し子が現れるのはこの国に瘴気が溜まったときなのよ。瘴気だまりが各地に見つかったから、のんびりしていられないの」
「瘴気? 瘴気だまり?」
「瘴気というのは、腐敗した空気と邪悪な思いが混じりあった黒い霧。それが溜まると魔獣が出現して畑や牧草地、村や町を襲ったりするの」
「魔獣?」
「魔獣は、瘴気だまりから発生した巨大な獣や奇妙な姿を持つ怪物のことよ。瘴気だまりは魔獣だけでなく病気が発生する原因にもなるの。みつをこの世界に呼んだのは、瘴気を祓ってほしいから。洗礼の儀を受けることで精霊の加護を授かり、瘴気を浄化する力を手に入れることができる。これはみつにしかできないの」
巨大な獣? 怪物? そう聞くと怖い。怖いけど、わたししかできないことがあると言われたことが嬉しかった。
女だから家を出て奉公に出されて。女だから下働きしかさせてもらえなくて。女だから好きじゃない人と祝言をあげて、その人の子を産んで育てる。
『わたし』じゃない『女』として生きていくことしかできなくて、それが嫌だから死ぬしかなくて。
そんなわたしにしかできないことがあるなんて、嬉しい。
「怖い思いをさせることになる。でも、こうするしかあなたを救えなかったの」
悲しい顔のスーザーに、わたしは笑って見せた。
「違うの、スーザー。わたしは嬉しいの。わたし、やる。浄化する」
そう言うと、スーザーは私を抱きしめた。
わたしは洗礼を受けて、精霊の加護を授かった。
闇のまほうが使えるらしいけど、まほうっていうのがわからない。まほうを使わなくても浄化はできるから、浄化をしながら覚えていけばいいとスーザーは言った。
初めて神官やエーリクたちと向かった浄化は、山のふもとの溜池だった。溜池全体が黒いもやに覆われていた。その時になって初めてわたしは、どうやって浄化するのだろうと思った。
「悪いものがなくなるように、きれいな場所にもどるように。その思いをこめて祈ればいいわ」
スーザーに言われて、わたしは精霊神殿でも感じる、神社に行ったときの気持ちを思い出した。
鳥居も手水舎もないけど、目の前に拝殿があって、その先にご神体があることを想像して二拝し、柏手を打つ。自分の手からした音じゃないような、おりんのような澄んだ高い音がした。
神殿の女神様の前にいるような、心が清らかになるような空気が広がっていった。黒いもやがうすくなり、もう一度柏手を打つともやはすべて消えていた。
神官たちが感心してわたしを見た。
「すごいわ、みつ」
スーザーも喜んでいた。
わたしの浄化で助かる人がいて、喜んでくれる人がいる。ならばわたしは瘴気のあるところに行く。浄化する。そう心に誓った。
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