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第5部
えーと、うーん。い ピーッ(ほだされない)
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室内にいた者たちが部屋を出て、パウラやオリヴェルも名残惜しそうにいなくなると、アシェルナオは恋人のぬくもりを求めてヴァレリラルドの首に手を回す。
ヴァレリラルドもアシェルナオの細い体に手を回して引き寄せ、恋人たちは互いの体を確かめ合うように抱きあった。
「場所を移そうか。アイナ、向こうにお茶を頼む」
一頻り抱き合うと、ヴァレリラルドはアシェルナオの膝の上に手を回して抱き上げる。向かったのはバルコニーの近くにある長椅子だった。
長椅子に座るヴァレリラルドの膝の上に抱きかかえられたアシェルナオは、バルコニーから吹きこむ風を感じながら顔をあげる。
自分を愛し気に見つめるヴァレリラルドの綺麗な顔だちがそこにあった。心地よい風がレースのカーテンをゆらして、ヴァレリラルドの頬にかかる金色の髪をそよがせている。
その端麗な顔立ちはいつだってアシェルナオを安心させ、同時に胸を熱くさせる。大好きで、ずっと一緒にいたいと思わせる。
けれどもアシェルナオは、ヴァレリラルドに見惚れながらも心の奥底に不安の塊が燻っているのを感じていた。それはとても不吉で不安なものだった。
できれば触れたくないと心が警鐘を鳴らすが、なぜヴァレリラルドを見てそう思えるのかわからなかった。わかるのは、触れたくない不吉なものはヴァレリラルド自身ではないということだけ。
では、なぜ……。
「疲れたかい?」
黙り込むアシェルナオをヴァレリラルドが気遣う。
「ううん……。そうだ。ヴァル、僕を迎えに来てくれてありがとう。僕、すごくみんなに心配をかけてしまって、本当にごめんなさい」
「ナオは心配をかけたくてそうしたわけじゃないだろう?」
「でも、僕が熱を出したりしなかったら、メーヴィスはすぐにエーリクから伝わる手記の話ができたんだ。そしたら、そんなに日数をかけなくてもよかったはずなんだ……」
「見知らぬ男が急に現れて、黒い布をかぶせられたと聞いたよ。それが以前のことを思い出させた、って」
以前のこと。
それが心にある不吉なものに触れようとするのを感じて、アシェルナオはヴァレリラルドにしがみつく。
封印した記憶。それこそがアシェルナオに警鐘をならす正体だった。
「思い出させてごめん。でも、もうここには怖いものはないから安心して」
アシェルナオを胸に閉じ込めるように、ヴァレリラルドが抱きしめる。
「うん……ごめんなさい……」
「謝らなくていいんだよ。以前オルドジフも言っていただろう? 怖い思いをしたことは簡単に忘れるようなことではない、と。私は何もできないけれど、ナオが辛い時にこうして慰めせさせてほしい」
「ヴァルに慰めてもらうの、好きだよ。ヴァルも好き。でも、僕のせいでみんなを長く心配させたのが申し訳なくて……」
ヴァレリラルドはアシェルナオの小さな頤に手をかけて顔をあげさせる。
2人の顔が近い距離で見つめあう。
「ナオ。私が前に話した元気の礎の話を覚えているかい?」
「うん。8歳だったヴァルが話してくれた、ベルっちから教わった話だよね?」
「ああ。一つ進んで、一つ下がる。明日も一つ下がるかもしれない。三つ下がるかもしれない。でもそれは心が元気になるための力を溜めているからだ。どんなに後退しても、それはいつか前進するために必要なことなんだ。思い出して怖くなったり、立ち止まったとしても、それは心が元気になるためにナオ自身が頑張っていることなんだよ」
「……じゃあ、僕が熱を出してうなされたのも、頑張ったから?」
「ああ。すごく頑張ったね」
ふわり、と笑みを浮かべるヴァレリラルドは、間近にあるアシェルナオの顔にさらに近づく。
ちゅっ。と、触れるだけの口づけが唇に落ちると、ゆっくりと離れていくヴァレリラルドの顔を見ながらアシェルナオもほんわりと微笑んだ。
8歳のヴァルも、今のヴァルも、嬉しい言葉で励ましてくれる。それが嬉しかった。
「ヴァル、好き」
「私もだよ。すぐにでも結婚しようか」
「えーと、うーん。い」
ピーッ。
いいよ、とアシェルナオが言いかけた時、テュコが笛を吹いた。
「はい、そこ。ほだされない」
続けて飛ぶテュコの指摘に、ヴァレリラルドが小さく舌打ちする。
「そうだった。学園を卒業するまでは待っててもらうんだった」
ほだされて流されそうになったアシェルナオは、えへっ、と笑ってみせた。
「だいぶ心も落ち着いてきたようですね」
笑顔を見せるアシェルナオにショトラが声をかける。
「うん。先生、僕、心が元気に近づいたよ」
「よいことです。一番の薬は殿下と一緒に過ごすことのようですね。……テュコ、少しは大目にみてやれ」
ショトラの視線を受けて、テュコは不本意そうに頷く。
「じゃあヴァル、お昼はここで食べて? アイナ、ドリーン、ヴァルのお昼の準備をお願い。ショトラ先生も一緒に食べよう?」
「私は遠慮しますよ。アイナ、ドリーン。何かあれば呼んでくれ」
懸念は払拭しきれなかったが、ヴァレリラルドと心を通じ合わせて嬉しそうな今のアシェルナオには何も心配はいらないと判断したショトラは、安心して部屋を出て行った。
やがて昼食の準備が整うと自分の分をあっという間に平らげたヴァレリラルドは、アシェルナオを膝の上に乗せて手ずからパン粥を食べさせた。
体も元気を取り戻そうと懸命に口を開けるアシェルナオに、ヴァレリラルドは顔を緩ませてスプーンを運ぶ。
ショトラに大目に見るように言われたテュコはそれを忌々し気に眺めていた。
仲睦まじく食事を終えた2人はバルコニーの前の絨毯にクッションを積んで、寄り添って午睡した。
風にそよぐレースのカーテンがひと時の安寧を象徴していた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
短いですが、区切りがいいのでここで終わります。
ヴァレリラルドもアシェルナオの細い体に手を回して引き寄せ、恋人たちは互いの体を確かめ合うように抱きあった。
「場所を移そうか。アイナ、向こうにお茶を頼む」
一頻り抱き合うと、ヴァレリラルドはアシェルナオの膝の上に手を回して抱き上げる。向かったのはバルコニーの近くにある長椅子だった。
長椅子に座るヴァレリラルドの膝の上に抱きかかえられたアシェルナオは、バルコニーから吹きこむ風を感じながら顔をあげる。
自分を愛し気に見つめるヴァレリラルドの綺麗な顔だちがそこにあった。心地よい風がレースのカーテンをゆらして、ヴァレリラルドの頬にかかる金色の髪をそよがせている。
その端麗な顔立ちはいつだってアシェルナオを安心させ、同時に胸を熱くさせる。大好きで、ずっと一緒にいたいと思わせる。
けれどもアシェルナオは、ヴァレリラルドに見惚れながらも心の奥底に不安の塊が燻っているのを感じていた。それはとても不吉で不安なものだった。
できれば触れたくないと心が警鐘を鳴らすが、なぜヴァレリラルドを見てそう思えるのかわからなかった。わかるのは、触れたくない不吉なものはヴァレリラルド自身ではないということだけ。
では、なぜ……。
「疲れたかい?」
黙り込むアシェルナオをヴァレリラルドが気遣う。
「ううん……。そうだ。ヴァル、僕を迎えに来てくれてありがとう。僕、すごくみんなに心配をかけてしまって、本当にごめんなさい」
「ナオは心配をかけたくてそうしたわけじゃないだろう?」
「でも、僕が熱を出したりしなかったら、メーヴィスはすぐにエーリクから伝わる手記の話ができたんだ。そしたら、そんなに日数をかけなくてもよかったはずなんだ……」
「見知らぬ男が急に現れて、黒い布をかぶせられたと聞いたよ。それが以前のことを思い出させた、って」
以前のこと。
それが心にある不吉なものに触れようとするのを感じて、アシェルナオはヴァレリラルドにしがみつく。
封印した記憶。それこそがアシェルナオに警鐘をならす正体だった。
「思い出させてごめん。でも、もうここには怖いものはないから安心して」
アシェルナオを胸に閉じ込めるように、ヴァレリラルドが抱きしめる。
「うん……ごめんなさい……」
「謝らなくていいんだよ。以前オルドジフも言っていただろう? 怖い思いをしたことは簡単に忘れるようなことではない、と。私は何もできないけれど、ナオが辛い時にこうして慰めせさせてほしい」
「ヴァルに慰めてもらうの、好きだよ。ヴァルも好き。でも、僕のせいでみんなを長く心配させたのが申し訳なくて……」
ヴァレリラルドはアシェルナオの小さな頤に手をかけて顔をあげさせる。
2人の顔が近い距離で見つめあう。
「ナオ。私が前に話した元気の礎の話を覚えているかい?」
「うん。8歳だったヴァルが話してくれた、ベルっちから教わった話だよね?」
「ああ。一つ進んで、一つ下がる。明日も一つ下がるかもしれない。三つ下がるかもしれない。でもそれは心が元気になるための力を溜めているからだ。どんなに後退しても、それはいつか前進するために必要なことなんだ。思い出して怖くなったり、立ち止まったとしても、それは心が元気になるためにナオ自身が頑張っていることなんだよ」
「……じゃあ、僕が熱を出してうなされたのも、頑張ったから?」
「ああ。すごく頑張ったね」
ふわり、と笑みを浮かべるヴァレリラルドは、間近にあるアシェルナオの顔にさらに近づく。
ちゅっ。と、触れるだけの口づけが唇に落ちると、ゆっくりと離れていくヴァレリラルドの顔を見ながらアシェルナオもほんわりと微笑んだ。
8歳のヴァルも、今のヴァルも、嬉しい言葉で励ましてくれる。それが嬉しかった。
「ヴァル、好き」
「私もだよ。すぐにでも結婚しようか」
「えーと、うーん。い」
ピーッ。
いいよ、とアシェルナオが言いかけた時、テュコが笛を吹いた。
「はい、そこ。ほだされない」
続けて飛ぶテュコの指摘に、ヴァレリラルドが小さく舌打ちする。
「そうだった。学園を卒業するまでは待っててもらうんだった」
ほだされて流されそうになったアシェルナオは、えへっ、と笑ってみせた。
「だいぶ心も落ち着いてきたようですね」
笑顔を見せるアシェルナオにショトラが声をかける。
「うん。先生、僕、心が元気に近づいたよ」
「よいことです。一番の薬は殿下と一緒に過ごすことのようですね。……テュコ、少しは大目にみてやれ」
ショトラの視線を受けて、テュコは不本意そうに頷く。
「じゃあヴァル、お昼はここで食べて? アイナ、ドリーン、ヴァルのお昼の準備をお願い。ショトラ先生も一緒に食べよう?」
「私は遠慮しますよ。アイナ、ドリーン。何かあれば呼んでくれ」
懸念は払拭しきれなかったが、ヴァレリラルドと心を通じ合わせて嬉しそうな今のアシェルナオには何も心配はいらないと判断したショトラは、安心して部屋を出て行った。
やがて昼食の準備が整うと自分の分をあっという間に平らげたヴァレリラルドは、アシェルナオを膝の上に乗せて手ずからパン粥を食べさせた。
体も元気を取り戻そうと懸命に口を開けるアシェルナオに、ヴァレリラルドは顔を緩ませてスプーンを運ぶ。
ショトラに大目に見るように言われたテュコはそれを忌々し気に眺めていた。
仲睦まじく食事を終えた2人はバルコニーの前の絨毯にクッションを積んで、寄り添って午睡した。
風にそよぐレースのカーテンがひと時の安寧を象徴していた。
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エール、いいね、ありがとうございます。
短いですが、区切りがいいのでここで終わります。
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