そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
474 / 502
第5部

私にもキスさせてくれ!

しおりを挟む
 「父様……兄様……お庭をダメにして、ごめんなさい」

 アシェルナオが半泣きで反省の言葉を口にすると、オリヴェルとシーグフリードは顔を見合わせ、一拍の後、深く息をついた。

 「確かに驚いたよ。またアシェルナオに何か起きたかと思うと心臓が竦み上がるようだった。……あれは精霊が?」

 オリヴェルは大窓の外の、すっかり様変わりした景色を眺めた。

 「……はい。温泉があれば僕が喜ぶと思った精霊たちが、ぐっちたちにお願いしたんです」

 「アシェルナオは精霊の愛し子だからね……。テュコ、精霊たちが自主的にしてくれたことだ。アシェルナオが温泉が欲しいと言ったわけではないから許してやろう」

 「私が言っているのは、許可を取ってからにしてほしいということです。いいですか、ナオ様。『えーと、うーん、いいよ?』ですぐに結論を出すのではなく、ちゃんと考えて、許可が必要なものについては一旦保留する。いいですね?」

 「はぁい」

 またしょんぼりするアシェルナオに、オリヴェルの父性がわきあがる。

 「アシェルナオ、父様が持ってきた車椅子に乗って、温泉を見に行こう」

 「え、行きます! 父様、僕がいた国では温泉文化が発達していたんです。温泉にはいろんな効能があって、健康にとてもいいんです。きっと精霊たちは僕のことを思って温泉を作ってくれたんです」 

 「ああ。精霊たちがアシェルナオのためにしてくれたことだ。きっとお庭を眺めるだけより体にいいんだよ」

 「じゃあ、父様? 兄様? 一緒に温泉に入ってくれますか?」

 「勿論だとも」

 期待に満ちた瞳でアシェルナオに可愛くおねだりされたオリヴェルは即答した。

 「兄様もアシェルナオと一緒に温泉に入るとも」

 わーい、と喜びを露わにするアシェルナオに、さっきまで説教をしていたテュコも、思わず微笑んでいた。
 




 「テンちゃん、お招きありがとう」

 前回の晩餐会の招待には王城の正門から鳴り物入りで訪問したが、今回は転移陣で星の離宮経由での訪問になったアシェルナオは、ヴァレリラルドに抱きかかえられて現れた。

 正式な晩餐会ではなく、自分が招いたことでエンゲルブレクトに拉致されたと自責の念にとらわれているテレーシアに会いたいと、アシェルナオが望んだ家族の食事会のようなものだった。

 「ナオ」

 ヴァレリラルドがアシェルナオを降ろすと、テレーシアが駆け寄ってアシェルナオを抱きしめる。

 「私が晩餐に招待したばかりに……。ごめんなさい」

 「テンちゃんに招かれたのは嬉しかったよ。だから気にしないでまた招待状を送ってね?」

 ポンポン、と背中を叩いて慰めるアシェルナオに、テレーシアは感動してさらにぎゅぅぎゅぅと抱きしめた。

 「ナオ……。本当に、ナオが可愛くてたまらないわ。ヴァレリラルド、今すぐ結婚してナオとここで暮らしましょう」

 このままアシェルナオと暮らしたいと願うテレーシアだが、

 「母上、今すぐ結婚することは賛成ですが、結婚しても私とナオの住まいは星の離宮ですよ」

 却下です。と、ヴァレリラルドはきっぱりと首を振る。

 「ならば私も星の離宮で暮らす!」

 駄々をこねたのはアネシュカだった。

 「新婚夫婦の邪魔をするんじゃない、アネシュカ」

 それにはさすがのベルンハルドも異を唱えた。

 「ですが、父上。兄上だけナオを一人占めするのはずるいです」

 口を尖らすアネシュカだが、可愛くはなかった。

 「ずるいと言われても、ナオと結婚するのは私だ。17年前からずっとナオを愛してるんだ」

 そう言ってチュッとアシェルナオの頬にキスをする。

 「見せつけたな! 兄上とナオの距離がものすごく縮まっていないか? 一線を越えたものの雰囲気を醸し出しているぞ! 羨ましい! ナオ、私にもキスさせてくれ!」

 「いい加減にしなさい、アネシュカ。さあ、席に着きましょう」

 テレーシアに促されて渋々と席に着くアネシュカだが、ヴァレリラルドにもう一度抱えられて椅子に座るアシェルナオに人知れず心を痛めていた。

 隣に座るヴァレリラルドと仲睦まじく見つめあって談笑するアシェルナオは、詳しくは聞けなかったが、想像を絶する恐怖と苦痛を味わったという。

 以前と変わらない綺麗な顔のアシェルナオだが、アネシュカにはその存在がまるで硝子細工のように繊細で、作り物のように見えていた。







 エンロートでの静養後、ようやく学園に通い始めたアシェルナオが、また欠席を続けている。

 また何か、よくないことが起きたのではないか。心配していたところに届いた招待状に、ハルネスたちは逸る気持ちでエルランデル公爵家の馬車寄せに降り立った。

 「みなさま、ようこそお越しくださいました。アシェルナオ様がお待ちでいらっしゃいます」

 執事のデュルフェルが腰を折って学友たちを出迎える。

 思わず姿勢をただす少年たちに、デュルフェルはスッと目を細めた。

 「みなさまをアシェルナオ様のところにご案内する前に、少しだけお話させていただいてもよろしいでしょうか」





 
 「ナオ様、ご学友のみなさんが正面玄関にお着きになりましたよ」

 デュルフェルから連絡が入り、テュコは車椅子に座ってホールで待っているアシェルナオに声をかける。

 「うん……」

 自分でハルネスたちに招待状を送っていながら、アシェルナオは不安げに右足に視線を向ける。

 歩けなくて、車椅子に乗っている姿を見たら、みんなはどう思うだろうか。エンゲルブレクトにされたことを知られたりしないだろうか。

 「大丈夫ですよ」

 アシェルナオの不安を感じ取って、ショトラが声をかける。

 「ショトラ先生……」

 「心を偽らなくてもいいんですよ。お友達には、自分の気持ちを隠さずに見せていいんです」

 いいの? 縋るような目を向けるアシェルナオに、ショトラは穏やかな顔で頷いた。

 やがて扉が叩かれ、アイナとドリーンが学友たちを迎え入れる。

 「アシェルナオ!」

 真っ先に姿を見せたハルネスは、車椅子に乗るアシェルナオに駆け寄ると、その横で跪いて手を取った。

 「可哀そう……アシェルナオはたくさん頑張ったのに、どうして」

 表玄関に到着した際にデュルフェルから、アシェルナオが怖い思いをして、歩くことができない状態だということを聞かされていたハルネスの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちた。

 「大丈夫……じゃないですね。もし邪魔ではなければ、私たちを傍にいさせてもらえますか?」

 クラースもアシェルナオの横に跪き、同じ目線で真摯に語りかけた。

 「俺たちにできることならなんでもする。心を癒してくれるという人気のアロマがあるんだ。よかったらためしてみないか?」

 トシュテンはアシェルナオの返事がどうであれ、帰宅したらすぐに手配するつもりでいた。

 「アシェルナオ、怖かったな。がんばったな」

 スヴェンは抑えた声で、そっとアシェルナオに話しかけた。

 「ありがとう、みんな……怖かったんだ……とても……とても」

 エンゲルブレクトのこともだが、みんなが自分の姿をどう受け入れてくれるのか、アシェルナオは怖くてたまらなかった。

 だが、学友たちの顔を見るとそんなことは吹き飛んでいた。ショトラの言うとおり、自分の中の感情が素直に顔に出て、怖かった思いをした自分がただただ泣いていた。

 ハルネスたちも、詳しいことを聞こうとせず、怖い思いをしたアシェルナオを受け止めて、その感情を共感して泣いていた。

 寄り添いながら涙を分かち合う少年たちに、思わずもらい泣きをするアイナとドリーン。そして感情を出せるアシェルナオに安心するショトラがいた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 毎日暑いですが、みなさまのところはどうでしょうか。 

 熱中症に気を付けつつ、最後まで応援いただけると嬉しいです。
 


しおりを挟む
感想 152

あなたにおすすめの小説

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

クラスメイトのイケメンと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた

BL
「はい、じゃあ二人組作って」──あまり人付き合いが得意ではない夏稀(なつき)にとってそれは地獄の言葉。 けれど高校ではちがう。なぜなら新しくできた友達と『二人組』協定を結んだから。 もう二人組なんて怖くないと思っていた矢先、その友達が風邪で欠席。 ほかに組む相手が見つからず、先生と組むことも覚悟する夏稀だったが、そこで声をかけてきたのは美形の転校生──緒川聖夜(おがわ・きよや)だった。 「俺と二人組にならない?」 その一言をきっかけに聖夜は夏稀との距離を急速に縮めてきて──。 執着美形攻め×平凡受けのちょっと不穏な学園BL。 ※色々設定変えてたら間違って消してしまいました。本当にすみません…!

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

「呪いを解くには毎日可愛いと言ってください」と嘘をついたら、氷の聖騎士様が本気で口説きにかかってきました

たら昆布
BL
間違って呪われた青年と呪いを解除したい騎士の話 番外編はその友達たちの話

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。

ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。 高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。 そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。 文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

処理中です...