そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第5部

アシェルナオはこういう子

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 突然杖が現れたことに驚いているパウラたちだが、杖をついてはいるが、テュコに支えられて歩いているアシェルナオを見るのは心が救われる思いだった。

 『歩けるようになりたい』という願いに一歩ずつ自力で近づいている健気さと、何よりアシェルナオが煌めく杖を持っている姿は聖女が聖杖を持っているようで神々しかった。

 「抱っこ移動、卒業です」

 少しの移動でもテュコの抱っこで移動していたアシェルナオは、それを卒業できることが嬉しくて杖を握りしめる。

 「抱っこ移動ではなく、体調管理の一環です」

 抱っこ移動を続けたいテュコは真顔で答えた。

 「キュイキュイ」

 ふよりんがアシェルナオの前に来て何かを語る。

 「ん?」

 「キュィキュィ、キュゥキュィキュィキュィ」

 『ナオがねー、歩きたいって言ったから』

 『杖があれば歩けるかなって思ったけど』

 『歩かなくてもいいんだよー』

 精霊たちが通訳する。

 「歩きたいよ?」

 歩きたいに決まっているのに、何言ってるのかな?と言いたげなアシェルナオ。

 『そうだけどー』

 『そうじゃなくてー』

 『すすめー、って言ってみてー』

 ぐりに促されて、

 「ん? 進めー?」

 アシェルナオがそう言うと、足を動かしていないのに体がスーッ、と前方に進んだ。

 「ナオ様!」

 「アシェルナオ!」

 テュコの手を借りずにアシェルナオが1人で歩いたのかと、思わずショトラとパウラがソファから立ち上がる。が、

 「何これ。杖を掴んでいるだけで歩かずに進めるよ? 空気に包まれているみたいで面白ーい」

 はしゃいだ声をあげて足を動かさずに進むアシェルナオに、パウラとショトラはストンとソファに腰を下ろした。

 聖女が聖杖を持ち、足を動かさずに進んでいく。……それってもう、人間の域を超えてない?

 パウラとショトラは、どこか胡乱な目でアシェルナオを見つめていた。

 「聖獣の加護を使いこなすなんて、さすがです」

 ブロームは感嘆の声をあげるが、その論点はパウラたちとはずれていた。

 何が、さすが、なのだろう?

 だが、

 「アシェルナオはこういう子ですものね……」

 パウラは自分に言い聞かせる。

 だがテュコはどこか険しい顔でアシェルナオを見守っていた。

 「キュー?」

 ふよりんがアシェルナオに問いかける。

 『ナオ、とぶー?』

 『とんじゃうー?』

 『ナオ、とべ、って言ってー』

 それを精霊たちが通訳しつつけしかける。

 「え、待って待って」

 何かを察したアシェルナオは、杖を体の後ろに回して体の両脇で杖を握る。杖を椅子がわりにお尻の下にあてて、

 「飛べー!」

 そう言ったアシェルナオの体は、魔法使いが箒で空を飛ぶように、ふわり、と浮かび上がった。

 浮かび上がったのはテュコの目線の高さくらいだが、その爽快感は半端なかった。

 今は浮いているだけだが、本当に空も飛べるのかも。空を飛べるなんて楽しそう。

 アシェルナオはワクワクが止まらなかった。

 「まあ、アシェルナオ……」

 「ナオ様……」

 まさか浮遊するなんて思わないパウラたちは、息を呑んでアシェルナオを見上げる。

 それを見ていたテュコは怖い顔で腕組みをした。

 「ナオ様! 危ない遊びをしてはいけません!」

 「うわ」

 テュコの一喝で杖は見る間に下降して、アシェルナオは絨毯の上に尻もちをついた。

 「キュッ」
 
 『ひぃー』

 『こわいー』

 『おこられたー』

 精霊たちも怒られたショックでわちゃわちゃしている。
  
 「テュコ、きつく怒らないで。アシェルナオはこういう子だから」

 パウラがとりなすが、テュコは組んだ腕を緩めなかった。

 「ナオ様がこういう方だということはわかっています。ですが、危ないことをしてはいけないということはきつく言わないといけません。ナオ様のことです。調子に乗せてしまうともっと危ないことをしてしまうかもしれません」

 「危ないことはしないよ?」

 アシェルナオはフルフルと首を振る。

 「本当ですか? 空を飛べたらいいな、とか、思いませんでしたか?」

 図星をつかれたアシェルナオは目線を逸らした。

 「そうよね。杖を持って移動しただけでもアシェルナオが人間ではなくなった気持ちがしたのに、お空まで飛んでしまったら……。母様、不安になるわ」

 「確かに空を飛ぶのは危険ですね……」

 アシェルナオの表情が豊かになるのは喜ばしいことだが、さすがにそれはやりすぎではないかと苦笑するショトラだった。




 
 「怒られたぁ」

 テュコに説教をくらったアシェルナオは、拗ねていた。

 拗ねているのでお行儀悪く絨毯に寝そべっている。

 「杖で空を飛ぶのは楽しいと思います。でも、ナオ様が空を飛んでいて、それを下から見るかと思うと……」

 「もし落ちてしまったらと思うと、肝が冷えて凍っちゃいます」

 アイナとドリーンは寝そべっているアシェルナオの傍の床に座って慰める。

 「母様も卒倒してしまうと思うわ。杖は必要な時だけ使いましょうね」

 「はぁい」

 せっかくふよりんと精霊たちが作ってくれた杖は、テュコの説教に恐れをなした精霊たちが再びもじゃもじゃして、元の羽に戻っていた。それをテュコが預かっていて、アシェルナオは説教された上に、せっかく作ってもらったおもちゃを取り上げられた気分だった。

 『ごめんね、ナオ』

 しょんぼりしているみっちー。

 「テュコのお説教は怖いからねぇ」

 『あいつ、つよすぎ』

 ひぃは恨めしそうにテュコを見ている。

 『精霊王をなぐっちゃうし』

 いじけているぐり。 
 
 「ちょっとの間だけだったけど、楽しかったよ?」

 自分を楽しませようとしてくれた精霊たちがしょんぼりしているのが申し訳なくて、アシェルナオは逆に元気づける。

 『ちょっとだけ?』

 ぴかの言葉に他の精霊たちが集まり、再び始まる精霊たちの会議が始まる。

 『もっと楽しませたかったー』

 『じゃあナオをよろこばせよう』

 『どうやって?』

 『ナオは温泉が好き』

 『温泉』

 『温泉を作ろう』

 『いいねー』

 『いいねー』

 『お願いしてみようー』

 「ん?」

 また何かが決まったらしく、アシェルナオは首を傾げる。

 『おっきいひと、きてー』

 ちゃーが叫ぶと、目の前にグノームが現れた。

 「ぐっち?」

 目をぱちくりさせるアシェルナオ。 

 『愛し子、呼んだか?』

 『ナオ、歩けないー。ナオをいやすために温泉つくってー』

 ちゃーの願いにアシェルナオはさらに目を見開き、グノームは頷く。

 『それは辛かったな。俺に任せておけ。ついでにシルフとウンディーネを呼ぶか』

 そう言うとグノームは大窓をすり抜けてバルコニーに出る。

 『シルフ、ウンディーネ』

 グノームの呼びかけに、シルフとウンディーネがふわりと現れた。

 『どうしたの?』

 『何か用?』

 『愛し子の心を癒すためにここに温泉施設を作る。手伝ってくれ』

 『愛し子のためなら』

 『愛し子を癒す』

 アシェルナオのためならば、と、シルフ、ウンディーネはグノームの依頼を受けた。



 「うーにゃんとシーちゃんも来たよ」

 アシェルナオは精霊たちと大窓から見ていた。

 「ナオ様? 今度は何が起きるんですか?」

 アシェルナオとふよりん以外は見えないし聞こえないテュコの眉間に皺が寄る。

 「ぐっちと、うーにゃんと、シーちゃんが、僕のために温泉を作ってくれるんだって」

 「温泉?」

 は? と、テュコの眉間の皺が深くなる。

 「ぐっち? うーにゃんと、シーちゃん?」

 「もしかして精霊様ですか?」

 アイナとドリーンの問いにアシェルナオが輝くような笑顔で頷くその後ろの大窓では、土がめくれ、花が舞い、樹木が生い茂っていた。

 


 歩けなくなって気鬱になっているだろうアシェルナオを慰めるために、この数日早めに帰宅しているシーグフリードは、オリヴェルの執務室を訪れていた。

 「父上、ただいま戻りました。アシェルナオとの晩餐の前に領地の……」

 午後の陽光がゆるやかに窓から差し込んでいた。その穏やかなひとときを破るように、突然として建物がぐらりと揺れた。

 ごごご……っ、と地の底から沸き起こるような地響き。空気が震え、窓の硝子がカタカタと細かく鳴り、机の上のガラスの瓶が小刻みに動いている。

 「な、何だ……!?」

 オリヴェルは座っていた椅子から立ち上がり、執務室にジンメルが飛び込んで来た。

 「いま仔細を調査中していますが、アシェルナオ様のおられる棟のあたりかと!」

 ジンメルの報告に、オリヴェルとシーグフリードは無言で執務室を飛び出していた。

 エルランデル公爵家の建物もだが敷地全体にもさまざまな護りを施している。その護りを破って一体何が起きているのか。

 6年前にアシェルナオの居住区に突然として現れたネルダールの前例もある。それでなくともアシェルナオはエンゲルブレクトに襲われた心の傷がまだ真新しいのだ。

 オリヴェルとシーグフリードは途中で合流したデュルフェルや騎士たちと共にアシェルナオの居住区に急ぐ。

 「アシェルナオ!」

 扉を開け放ち、駆けつけるオリヴェルたちが目にしたものは、絨毯に正座してテュコの説教を受けるアシェルナオと、その後ろの大窓に見える光景……

 その日の午前中にオリヴェルが訪れたときには、バルコニーの向こうは庭だった。公爵家に相応しい、色とりどりの珍しい花が咲き、遊歩道にはベンチやその日陰となる樹木もある、美しい庭だった。だが今はその景色が一変していた。

 煌めく白い石畳、あたたかな湯気を湛える優雅な円形の湯殿。等間隔に並ぶ樹木の木漏れ日が反射して虹色の光を生み、湯面には淡く光る花弁や葉が舞い落ちている。

 周囲には大理石の柱が取り囲み、屋根付きの休憩スペースもあった。

 「アシェルナオ……? パウラ、何事だ?」

 オリヴェルは体を小さくしてテュコの説教を受けているアシェルナオと、苦笑するしかないパウラを見比べる。

 「ごめんなさい、父様……勝手に温泉を作ってもらいました」

 本日二度めの説教を喰らっているアシェルナオは涙目だった。

 「作ってもらったのが悪いとは言っていません。何かをする前に、必ず許可を取ってほしいと言っているんです」

 相変わらずわかっていないアシェルナオに、テュコの語気が荒くなる。

 「はぁい」

 シュンとしているアシェルナオの周りでは、精霊たちまでシュンとしている。

 「キュゥゥ」

 ふよりんも申し訳なさそうな声をあげる。

 「テュコ、それくらいにしてあげて? アシェルナオはこういう子だから」

 既視感を覚えながらパウラが取りなす。

 アシェルナオの身に何か起きたのか、不穏な気配を背負っていたオリヴェルとシーグフリードは、なんとなく事情がわかって肩の力が抜けた。

 「アシェルナオはこういう子だから、な……」

 しみじみと呟くオリヴェルだが、頭が固いところのあるシーグフリードは、庭だったところに広がる光景に状況の理解が追いつかなかった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 人がいなくて困っている、という話だったので、今年度末までということで今の職場にきました。なのになぜか長くいるという風に伝わっていて、日帰り研修を数日の日程で組まれていました。年度末まで、と言ったのですが、もう予約入れているから、と……。
 絆されても年度内しか勤めません!
 研修についての報告も書かないといけないらしいので、少し更新が遅れるかもです。すみません。
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