47 / 105
陽射しも風も、何もかもが暖かな春
春の行事 6
しおりを挟む
「ローマンでもう三人目なの」ローマンが去っていった後、アマーリエは眉を下げながらそう話した。
ディースブルク伯爵に気に入られ、婚約者として紹介を受けた相手の数。
最初は良いものの、伯爵に気に入られていることで、徐々に態度が尊大になっていくのだという。
「お父様は見る目がないのよ」
アマーリエが心底呆れた様にため息をついた。
「わたくしに婚約者をって焦っているの。それでどんどん目が曇っていくんだわ。自由に他領に行かせてくれれば、素敵な方とお会いできるかもしれないのに、それも許してくれなくて」
「伯爵はアマーリエのことを心配されているのよ」
「まさか。心配してるのは領地の魔力だけよ」
アマーリエは自らの見事な金髪を指先で弄びながら、目を伏せた。
リーゼロッテとは違い、その色に見合った大きな魔力。
領地と領地の間で発生する魔獣から領地を守るための結界。それを維持するのには一定量の魔力がいるという。
領地を守るのは当然伯爵家の役目で、アマーリエの魔力に期待がかけられているのも仕方ない。
「それでも、あんなに簡単に婚約をやめてしまって、良かったの?」
「構わないわ。それより、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」
「わたくしなら平気よ。だから、わたくしのせいで婚約をやめるなんて、なさらないで」
「リーゼに対してあんな態度をとったんだもの。あのような方と結婚するだなんて、考えたくもないわ」
ローマンの態度にアマーリエが憤慨しているのはわかるが、その原因が自分であることに、リーゼロッテの気持ちが落ち着かない。
リーゼロッテのことをあの様に軽視する貴族は少なくない。どころか、ほとんどがそうだ。アマーリエの様に、偏見なく接してくれる人の方が珍しい。
それなのに、こんな風に怒ってくれるだなんて。父親であるディースブルク伯爵が決めた相手を追い出してしまって、そこに確執が生まれたらどうしようと、実の父親であるバルタザールにすら疎まれている自分の様になってしまってはと、リーゼロッテの心に不安が広がる。
「わたくしのことなんて気にしないで。今ならまだ間に合うから」
「リーゼ……」
リーゼロッテの言葉と、不安を隠せない表情に、アマーリエは軽くため息を吐きながら、リーゼロッテの手を握った。
「リーゼ、わたくしは貴女のことを誰よりもお慕いしているわ。リーゼがいなければ、わたくしはこの領地から一歩も出ることなく、人生を終えていたと思うの」
「そんな……」
「あら、本当のことよ。国立学院へ通うことだって、リーゼが、王女様が入学するって聞きつけたお父様が決めたことなの。同じ学院に通うことで、もしかしたら王族と関係を作れるとでも思ったのでしょうね」
「そ、そしたらわたくしではお役に立てなかったわね」
アマーリエとは間違いなく関係を作ることができたが、王族との接点をと考えたディースブルク伯爵の思惑は外れてしまっただろう。
魔力もなく、国王一家から疎まれたリーゼロッテでは、王族との関係を深めることはできない。
「いいえ。リーゼはわたくしに領地の外を見せてくれたもの。それだけで充分。他に何を望むと言うの」
アマーリエがリーゼロッテに向けた笑顔は、紛れもなく本心で、いつだってリーゼロッテの心を救い上げてくれる友人のことを、リーゼロッテだって想わない時はない。
「わたくしも、アマーリエのことをお慕いしているわ」
少し照れくさく感じながらも、そう伝えるだけで精一杯だった。
「また、お会いしましょう。今度は何とかしてロイスナーに行ってみせるわ」庭でのお茶会の翌日、アマーリエと笑顔で別れの挨拶を交わし、リーゼロッテのディース領訪問は終わりを告げた。
王城での春の挨拶も終わったことだろう。その内ベルンハルトもロイスナーへと戻ってくるはずだ。
(春の挨拶は、無事に終わったのかしら)
リーゼロッテがいないことで、バルタザールから何か言われてはいないだろうか。周りの貴族から変な視線を向けられてはいないだろうか。
ディース領への訪問はリーゼロッテにとって幸せ過ぎる時間であり、それを与えてくれたベルンハルトが嫌な思いをしていては、せっかくの幸せな気持ちも火が消えてしまう。
「おかえりなさいませ。お待ちしておりました」
リーゼロッテがロイスナーに戻ってきてから数日後、王城からベルンハルトも戻った。
ロイスナーの城の中庭で出迎えたベルンハルトはやはりいつもの様に仮面の下に涼しい笑顔を浮かべており、王城でのことを垣間見ることもできない。
「ディース領の訪問は、楽しんで来られただろうか?」
「えぇ。ありがとうございました」
「後で詳しく話を聞きたい。部屋を訪ねても構わないか?」
「もちろんです。お待ちしております」
ベルンハルトがリーゼロッテの私室を訪ねることを約束し、そのまま城の中へと足を進めていく。
少し前まで冷たい風が吹き抜けるだけだったロイスナーにも、春のおとずれを告げる様に、暖かな風がリーゼロッテの頬を撫でた。
ディースブルク伯爵に気に入られ、婚約者として紹介を受けた相手の数。
最初は良いものの、伯爵に気に入られていることで、徐々に態度が尊大になっていくのだという。
「お父様は見る目がないのよ」
アマーリエが心底呆れた様にため息をついた。
「わたくしに婚約者をって焦っているの。それでどんどん目が曇っていくんだわ。自由に他領に行かせてくれれば、素敵な方とお会いできるかもしれないのに、それも許してくれなくて」
「伯爵はアマーリエのことを心配されているのよ」
「まさか。心配してるのは領地の魔力だけよ」
アマーリエは自らの見事な金髪を指先で弄びながら、目を伏せた。
リーゼロッテとは違い、その色に見合った大きな魔力。
領地と領地の間で発生する魔獣から領地を守るための結界。それを維持するのには一定量の魔力がいるという。
領地を守るのは当然伯爵家の役目で、アマーリエの魔力に期待がかけられているのも仕方ない。
「それでも、あんなに簡単に婚約をやめてしまって、良かったの?」
「構わないわ。それより、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」
「わたくしなら平気よ。だから、わたくしのせいで婚約をやめるなんて、なさらないで」
「リーゼに対してあんな態度をとったんだもの。あのような方と結婚するだなんて、考えたくもないわ」
ローマンの態度にアマーリエが憤慨しているのはわかるが、その原因が自分であることに、リーゼロッテの気持ちが落ち着かない。
リーゼロッテのことをあの様に軽視する貴族は少なくない。どころか、ほとんどがそうだ。アマーリエの様に、偏見なく接してくれる人の方が珍しい。
それなのに、こんな風に怒ってくれるだなんて。父親であるディースブルク伯爵が決めた相手を追い出してしまって、そこに確執が生まれたらどうしようと、実の父親であるバルタザールにすら疎まれている自分の様になってしまってはと、リーゼロッテの心に不安が広がる。
「わたくしのことなんて気にしないで。今ならまだ間に合うから」
「リーゼ……」
リーゼロッテの言葉と、不安を隠せない表情に、アマーリエは軽くため息を吐きながら、リーゼロッテの手を握った。
「リーゼ、わたくしは貴女のことを誰よりもお慕いしているわ。リーゼがいなければ、わたくしはこの領地から一歩も出ることなく、人生を終えていたと思うの」
「そんな……」
「あら、本当のことよ。国立学院へ通うことだって、リーゼが、王女様が入学するって聞きつけたお父様が決めたことなの。同じ学院に通うことで、もしかしたら王族と関係を作れるとでも思ったのでしょうね」
「そ、そしたらわたくしではお役に立てなかったわね」
アマーリエとは間違いなく関係を作ることができたが、王族との接点をと考えたディースブルク伯爵の思惑は外れてしまっただろう。
魔力もなく、国王一家から疎まれたリーゼロッテでは、王族との関係を深めることはできない。
「いいえ。リーゼはわたくしに領地の外を見せてくれたもの。それだけで充分。他に何を望むと言うの」
アマーリエがリーゼロッテに向けた笑顔は、紛れもなく本心で、いつだってリーゼロッテの心を救い上げてくれる友人のことを、リーゼロッテだって想わない時はない。
「わたくしも、アマーリエのことをお慕いしているわ」
少し照れくさく感じながらも、そう伝えるだけで精一杯だった。
「また、お会いしましょう。今度は何とかしてロイスナーに行ってみせるわ」庭でのお茶会の翌日、アマーリエと笑顔で別れの挨拶を交わし、リーゼロッテのディース領訪問は終わりを告げた。
王城での春の挨拶も終わったことだろう。その内ベルンハルトもロイスナーへと戻ってくるはずだ。
(春の挨拶は、無事に終わったのかしら)
リーゼロッテがいないことで、バルタザールから何か言われてはいないだろうか。周りの貴族から変な視線を向けられてはいないだろうか。
ディース領への訪問はリーゼロッテにとって幸せ過ぎる時間であり、それを与えてくれたベルンハルトが嫌な思いをしていては、せっかくの幸せな気持ちも火が消えてしまう。
「おかえりなさいませ。お待ちしておりました」
リーゼロッテがロイスナーに戻ってきてから数日後、王城からベルンハルトも戻った。
ロイスナーの城の中庭で出迎えたベルンハルトはやはりいつもの様に仮面の下に涼しい笑顔を浮かべており、王城でのことを垣間見ることもできない。
「ディース領の訪問は、楽しんで来られただろうか?」
「えぇ。ありがとうございました」
「後で詳しく話を聞きたい。部屋を訪ねても構わないか?」
「もちろんです。お待ちしております」
ベルンハルトがリーゼロッテの私室を訪ねることを約束し、そのまま城の中へと足を進めていく。
少し前まで冷たい風が吹き抜けるだけだったロイスナーにも、春のおとずれを告げる様に、暖かな風がリーゼロッテの頬を撫でた。
22
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。
鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。
さらに、偽聖女と決めつけられる始末。
しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!?
他サイトにも重複掲載中です。
ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~
弥生紗和
ファンタジー
【完結】私はギルド受付嬢のエルナ。魔物を倒す「討伐者」に依頼を紹介し、彼らを見送る毎日だ。最近ギルドにやってきたアレイスさんという魔術師は、綺麗な顔をした素敵な男性でとても優しい。平凡で代わり映えのしない毎日が、彼のおかげでとても楽しい。でもアレイスさんには何か秘密がありそうだ。
一方のアレイスは、真っすぐで優しいエルナに次第に重い感情を抱き始める――
恋愛はゆっくりと進展しつつ、アレイスの激重愛がチラチラと。大きな事件やバトルは起こりません。こんな街で暮らしたい、と思えるような素敵な街「ミルデン」の日常と、小さな事件を描きます。
大人女性向けの異世界スローライフをお楽しみください。
西洋風異世界ですが、実際のヨーロッパとは異なります。魔法が当たり前にある世界です。食べ物とかファッションとか、かなり自由に書いてます。あくまで「こんな世界があったらいいな」ということで、ご容赦ください。
※サブタイトルで「魔術師アレイス~」となっているエピソードは、アレイス側から見たお話となります。
この作品は小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした
新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。
「ヨシュア……てめえはクビだ」
ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。
「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。
危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。
一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。
彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる