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国を出て、新しい国へ

王女様って

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「そっかぁ……なぁ!アイシュタルトは城で働いてたんだろ?」

 ルーイが私の顔を見て、わざとらしく明るい声で話を変えた。ルーイにはもう、隠しごとはできない。

「あぁ。」

「王女様って、やっぱり綺麗?」

「は?」

「カミュートには王女っていないからさ。王女様、見たことある?」

「ある。」

「綺麗?」

 私の答えにルーイが前のめりになって顔を寄せてくる。

「き、綺麗だ。」

 姫のことを思い出せば、顔に熱が上がってくるのがわかる。

「へぇー。俺も見てみたいなぁ。」

 私の顔を見ないように、わざとらしく、空を見上げて、そうつぶやいた。色々なことが、バレているのに違いない。それなのに、黙っていてくれるその優しさに甘えたままで良いのだろうか。

「また、ゆっくり教えてよ。王女様のこと。」

 黙り込み、考え込んだ私の耳に、ルーイの声が優しく届く。

「王女は……私が仕えていた方だ。」

 言って、しまった。ルーイの声が、顔が、私の心に響いた。彼ならば、受け入れてくれるのではないかと。そう思わずにいられなかった。

「え?えぇ?!ええぇぇぇええ?!」

「ルーイ、うるさい。」

「あ、悪い。って、本当?!つ、仕えていたって。」

「あぁ。姫の、クリュスエント様の護衛騎士だった。」

「護衛って、あの、王族の周りにいる…あれ?」

「ククッ。あぁ。あれだ。」

 私の心配など、無用であったのかもしれない。ルーイの反応はあまりにも自然で、つい笑いがこぼれる。

「すげぇ。そ、そしたらアイシュタルトって、もしかして、とんでもなく強いんじゃ……」

「とんでもなく……はどうだろうか。小さい熊は倒せるようだが。」

「あ、ははっ。そりゃそうだ。倒したもんな。」

「あぁ。」

「そっかぁー。そりゃ強いはずだよ。逃げねぇよなぁ。」

「逃げることなど、あってはならないからな。」

 護るべき人がいる。自分の命を優先して、逃げることなど、許されるはずもない。私が生きてきたのは、そういう世界だ。

「お、俺のことはそんなに必死で守らなくていいからな!ちゃんと逃げろよ。」

「当たり前だ。」

「即答?!逃げるなど……とか言わねぇの?」

「言わぬ。置いて逃げる。」

「え?あれ?俺、見捨てられるの?」

「……」

 わたしが黙ったまま視線を外すと、ルーイの慌てる様子に拍車がかかる。

「お、おい!」

「……クッ。ククッ。」

「じ、冗談……?」

「あぁ。見捨てぬ。逃げるときは一緒に逃げるぞ。」

「なんだぁー。きつい冗談。」

 ルーイが安心してその場で座り込んだ。

「そのような場で……ほら。」

 ルーイを立たせようと私が手を差し出す。まるで、出会った時のようだ。

「悪い。」

 そう言ってルーイが私の手を取り、引き寄せた。

「っ?!」

 転びそうになるところを、足に力を入れて耐える。

「ちぇー。失敗したか。」

「何をするんだ!」

「俺ばっかりからかわれたからなぁ。」

「クッ。まだまだだな。」

 私たちは目を合わせると、道の端に移動して腰を下ろす。

「仕えていた姫が、コーゼに嫁いだってこと?」

「あぁ。」

「カミュートにきた理由をさ、『したくもないことをやらされそうだった』って言ってたけど、それに関係あるの?」

「そうだな。」

「そっかぁ。アイシュタルトも色々あるよなぁ。よくも知らない、隣の国にこなきゃいけなかったんだよな。いつでも、何事もない様な顔してるから、忘れてた。」

「忘れたままでも構わないが。」

「またそういう言い方……コーゼのこと、心配だな。」

「あぁ。」

 姫のことが頭をよぎれば、おのずと視線が下を向く。心配しかできない、この手で護ることのできない、自分の無力さに嫌気がさす。

「コーゼの、姫のことも探ってみるか。」

 ルーイの提案に、思わず顔を上げる。

 ニヤッと笑うルーイの顔が目に入る。

 私は何故、このような反応を返すようになってしまったのだろうか。
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