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別れと再会

ジュビエールの本心

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「ク、クリュスエント様とは誰だ?!」

「黙ってついて来いと申した。文句を言うのであれば、同行などせぬでも良い。」

 ジュビエールの訴えを聞き入れて、リーベガルドの命だけは残した。その判断を今だに受け入れることのできない苛立ちが、私の中に渦巻いていた。

 リーベガルドさえこの手で葬っておけば、このような苛立ちを覚えることはなかったのかもしれぬ。あそこで思いとどまった自分の判断が、正しいものであったかどうかがわからぬ。

「す、すまない。」

 私の奥にくすぶり続ける感情を理解したのか、ジュビエールがようやく静かになった。

「フェリス様。日暮れが迫っておりますが、本日このまま出発することに致します。そのための護衛だとでも思っておいてください。」

「はい。わたくしはいつでも大丈夫です。特に思い残すものも、必要なものもございませんので、このままお連れいただけますか?」

「庭に馬が繋いであります。そこまで歩くことはできますか?」

「もちろんです。これでも、多少動いてはいたのです。お気になさいませんよう。」

「それでは、ご案内します。」

 フェリスを連れ、三人で客室を出る。城から出る際に、後ろを振り返ったフェリスの目に、光るものが浮かんでいたのは、ようやく解放される安堵感だろうか。

 フェリスもまた、様々な感情をこらえて生活していたに違いない。フェリスの涙には気づかぬふりをし、クラムの背に乗せた。姫と共に乗った時と同様に、後ろに回り込んで乗り込むが、どれだけ進んでも姿勢を崩さなかったのは、フェリスのプライドであろう。

 ジュビエールを伴い、コーゼ王を捕らえた私が、フェリスを連れ門を通り抜けようとも、既に文句を言う者もおらぬ。

 城を出、都を出、目指すは国境門だ。

「アイシュタルト。文句ではないが、聞かせてくれ。これから、どこに行くんだ?」

  城を出た翌日も、朝からクラムの背に乗っていると、ここまで静かに着いてきていたジュビエールがついに口を開いた。周りを見渡せば、他には誰もおらぬ。ジュビエールは本当に一人でついてきたらしい。

「全てを聞いても、目を瞑っていられるか?そうでなければ、これ以上ついてきてもらっては困る。」

 明日の夕方にはサポナ村に到着するだろう。ジュビエールとは、そろそろ決着をつけておかねばならぬ。
 
「全てを……とは昨日のクリュスエント様のことか?」

「あぁ。其方がその名前をカミュートで漏らすのは困るのだが、口を封じるべきか?」

「そ、そう焦るな。内容によっては黙っておく。」

「よっては、ではなく必ず黙っていてもらうしかない。そうでなければ、ここまでだ。」

「黙っていれば、其方はカミュートの王の前に出てくれるか?」

「全てが終われば。それで良かろう?」

「あぁ。もちろんだ。」

「それにしても、わからぬ。何故そこまでして私に手柄を取らせたい?自分のものにしておけば良いではないか。」

 私は手柄などいらぬと、そう話しているのに。

「このまま、アイシュタルトを取り逃すのは、カミュートにとっての損失だと思ったからだ。其方は傭兵だ。しかもこの戦までどこで何をしていたのかもわからぬ。終わればまた、消えてしまうかもしれぬ。それならば、褒賞を受けさせて騎士団にでも所属してくれないかと、そう思っておる。」

 ジュビエールの意図のわからぬ行動は全て、私への評価であったか。まさか、そこまで思っていてくれるとは。戦において、一部隊を率いるほどの地位の男にそこまで評価してもらえているのは、流石に頬が緩む。

「ククッ。そこまで言ってもらえるのは、ありがたいな。」

 私のことをそれほどにまで思ってくれるこの男を、信用すべきだろうか。

 全てを話して、協力を頼もうか。
 
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