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ケンカの後で

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 親友と喧嘩別れしたところで、翌日も普通に授業はあって、嫌な気分をおしてでも登校しなきゃいけない。ただでさえ朝は体を動かすのが億劫で、ダラダラと用意をしているのに、今朝は奈津と喧嘩したせいか、亜希の体はいつにもまして動きが悪い。

「はぁぁ」

 朝から何度目かのため息を盛大に吐いて、亜希は自転車に跨った。
 普段なら亜希の家からまっすぐ天道商店街を目指して、その商店街を右に曲がって直進する通学路。今朝はなんとなく商店街を通りたくなくて、遠回りでも別の道を行く。家を出る時間も遅ければ、遠回りをしたせいで、今朝は確実に遅刻だ。信号待ちで時間を確かめ、朝のホームルームには間に合わないことを確信する。

「行きたくないなぁ」

 学校までの道を右へ左へとあてもなく自転車をこぐ。学校へ行きたくない、奈津に会いたくない、その気持ちが亜希を遠回りさせている。
 亜希の少し先を走る、茶色い髪のポニーテールの女子もまた、同じような気持ちで、学校の周辺をふらふらしていた。

「奈津……?」

「あ、亜希……」

 そんな二人が横並びになったのは、学校まで数メートルの距離の交差点。信号待ちで止まった時だ。

「学校、遅刻だよ」

「亜希こそ。遅いじゃん」

「うん……あの、さ。昨日は、ごめんね」

 亜希が奈津の顔をチラチラ伺いながら、謝罪の言葉を口にする。

「こっちこそごめん! オルゴール、大切なものだもんね」

「ううん。あんな風に言わなくても良かったのに、言い過ぎたよね」

「……あははっ」

「……ふふっ」
 
 二人はお互いの目を合わせて、笑いあう。初めてのケンカは無事に仲直りすることができた。
 その後二人一緒に遅刻して、二人一緒に怒られるのだが、二人の気持ちは大満足だった。


「結局、再生屋ってただの修理屋じゃないってことだよね?」

 放課後の教室で、二人はいつものように話し込む。そんな二人の様子にクラスメイトは呆れ顔を向けながら、一人また一人と教室から出ていった。周りから見ればいつもと同じ光景。だが、二人の話題はいつものようにくだらない雑談ではない。話題は再生屋のことだ。

「亜希のオルゴールは直してくれるって言ってたけど、顔も声も人生もって何?」

「整形とか? でも、人生をやり直す?」

「あの男の子は消えちゃったよね?」

「うん。病院に送るって言われて、いなくなっちゃった」

「跡形もなく消えたんだよ? 下に穴とかもなくってさ」

「だからジャンプしてたりしてたの?」

「そりゃそうでしょ? え? 亜希まで私がダンスしてると思ってたの?」

「そんなわけ……ないけど、さぁ」

 亜希の言葉に自信がなくなる。もちろんあんなところで突然ダンスをし始めたと思ってたわけじゃない。ただ、何やってるかわからなかったのだ。

「えぇー。ひどい!」

 奈津が頬を膨らませて不満を示す。亜希にわかってもらえていなかったショックは隠せない。
 
「と、とにかく、あの子は病院に行った? そこでお母さんに謝れたんだよね?」

「多分ね。対価はもう払ってるからって、お金も受け取らなかった」

「対価って何?」

「寿命とか?」

「えぇ?! でもでもっ、私たちの前ではそんな素振りなかったよね?」

 奈津の発した不穏な未来に、亜希が焦って話を変える。

「なかった。もう再生屋に来た時点で払い終わってるみたいだった」

「どこで?」

「どこだろ」

「あー! もう! わかんない!」

 理解できない出来事ばかりの事態に、亜希が頭をかきむしった。亜希自慢のサラサラストレートはそんなことじゃ絡まることもなく、亜希の手が離れれば、すぐに元の形へ戻る。

「結局さ、もう一度再生屋に行かないとどうしようもないってことだよね」

 奈津が亜希の髪の毛を羨ましそうに見つめながら、冷静に言った。

「何で、オルゴール預けちゃったんだろうなぁ」

 亜希が机に突っ伏しながら、昨日の行いを後悔する。もちろん、昨日あの店で断るなんてことはできなかったのだが、それでも自分のやってしまったことに泣きそうだった。

「一週間後、また一緒に行こうよ」

 昨日あれだけ怯えていた奈津が、亜希を慰めようとする。

「一緒に……行ってくれるの?」

「もちろん。だって、私が紹介しちゃったんだし」

 奈津は心の底で、そのことを深く後悔していた。自分のいつもの思い付きで、亜希に怖い思いをさせていると、昨夜一人で反省し、最後まで責任もって付き合おうと、覚悟を決めていた。
 
 
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