ウェントス

関谷俊博

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マディソン・スクエア・ガーデンでのライブ・ステージが始まった。俺達はこれで三度目だが、伝統あるこの会場を目指すロック・ミュージシャンは多い。
「ハロー!」
二万人の観客を前に俺は叫んだ。
「ウィー・アー・ジョクラトル!」
イントロは白井のギターのカッティング。倉田のベースがそこに絡む。そして、杉浦のドラムのフィル。俺は歌い始めた。


エンド・オブ・ザ・ペディグリー・チャート・フォー・ア・ロング・タイム


ボイス・オブ・ザ・スピリット。HALレーベル時代の代表曲。「精霊の声」だ。日本語では、このような歌詞だった。


永きにわたる家系図の果て
昏い夜の底でこの館にひとり

終りが無い筈の家譜
だけどそれも僕で終り

馴れ親しんだ孤独
哀しみはない
だけど希望もない

無地のキャンバス
墓所のわらべ唄

幕引きは華やかに
そして静かに

耳を澄ませば
聴こえてくるのは
精霊の声ばかり

夢魔の樹形図が終る


歌詞からするとスローテンポの曲を想像するかもしれない。だが実際にはかなりのアップテンポで、疾走感のある曲だった。観客の大歓声。俺達は殆どのライブでオープニング曲としていた。一気に盛り上がり、観客の心を掴むからだ。

「ザ・ネクスト・ミュージック!」
俺は叫んだ。
「レイニィディストリクト!」
歓声が一層大きくなった。全米、全英でナンバー・ワン・ヒットしたナンバーだった。俺が歌い始めると、オーディエンスも席を立ち、一緒に歌い始める。

ゼア・イズ・ア・ガード・トゥ・ザ・コリドー・ザ・ハート…

邦題は「雨の地方」。日本語に訳すと、こんな感じになる。


心の回廊には番人がいて
渇いた時代に背を向ける
のを見張っている

すきとおった哀しみは
夜風にながした

静かに消えていく風紋
遠雷がしきりに鳴っている
微かに雨の匂いもする

ここは雨の地方
夜風がきみにふきつける

時代は渇き寒いが
きみは時代に背を向ける


時間にしておよそ二時間。アンコール曲も含めると二十三曲を俺たちは披露した。そして、スタンディングオベーション。アンコール曲が終わっても、拍手と歓声は鳴り止まなかった。
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