ウェントス

関谷俊博

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最初に気づいのは、倉田だった。音楽番組のリハーサルの最中だ。
「おい、杉浦。ちょっとドラム走ってねえか」
そう指摘したのは倉田だった。
「速いのが好きなんですよ」 
「速いのは俺も好きだが…適度ってもんが…」
「そうですか…落としますか」
「いや、杉浦がいいなら、俺もいい」
「倉田はああ言ってるが、実は怒ってるぞ」
俺自身は何とも思わなかったので、茶々を入れておいた。
「明日、もう一回やります。それで本番いきますから」
俺たちの演奏が終わると、番組スタッフが、そう声をかけてきた。

そして、翌日のリハーサル。
「おい、どした。らしくないぜ」
倉田は怪訝な顔で。杉浦に声を掛けた。今度は俺にもはっきりした違和感が有った。もしかしたらメンバー以外は気づかないかもしれない。ほんの僅かな、だが確かなリズムの狂い。
「オッケーです。これで本番いきましょう」
番組スタッフは、そう言った。

音楽番組の収録は無事に終了した。杉浦は本番ではリズムを崩すことはなかった。いつも通りの杉浦だ。杉浦にも調子の悪いときはあるんだろう。俺はさして気にも留めなかった、その知らせを聞くまでは。

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