かやりの風

関谷俊博

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三日後、村へ一人の侍がやってきた。
侍は、馬を降りると叫んだ。
「われは若威。将軍さまの遣いできた」
目の鋭い、まだ若武者だった。
若武者の声を聞いて、村の者が外へと出てきた。小萩もその中にいた。
「殺るか?」
「殺る。俺たちの怒り、思い知るがいい」
鍬や鎌を手にした数人の男たちが、小屋の陰に身をひそめていた。
「やはり怒りはおさまらぬか」
ジさまは、男たちのことに気づいていた。
「愚かな。遣いに手を出せば、わしらの村は皆殺しだ」
「御師殿に用がある。姿を見せよ」
若武者が今一度叫んだ。
「わしが御師だ」
ジさまが、若武者の前へと進み出た。
「行け!」
「殺れ!」
男たちが、いっせいに飛び出してきた。
しかし、男たちの前に、ジさまが立ちふさがった。
若武者を襲うはずだった鍬や鎌は、ジさまの胸に深々と突き刺さった。
「富士は清し 富士の御手洗も清し」
ジさまは、オツタエの一節を唱えていた。
 「六根清浄 六根清浄」
ジさまは、どっと地面に倒れふした。
その姿は、男たちには、食行身禄に重なって見えた。
「ひ、ひい」
「身禄さま!」
「も、申し訳ありません」
若武者も小萩も、ジさまへと駆け寄った。
「ジさま!」
「御師殿!」
「お侍さま。愚かな村の者がやったこと。わしの命に免じてお咎めなしにしてくだされ」
「たしかに聞き届けた。安心せよ」
若武者は言った。
「小萩。まっすぐ強く正直にな」
それがジさまの最期の言葉だった。
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