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ソーダ水の夏休み
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いよいよ明日から夏休みが始まる。
その一学期最後の大掃除のさなか。弘美の声が教室に響き渡った。
「ちゃんと掃除やりなさいよ!」 すると窓際でお喋りしていた女子たちは、ぶつぶつと文句を言いながらも掃除に戻った。
さすがだ、と僕は思った。 弘美はいつも堂々としている。言いたいことはハッキリと口にするし、どんなときでも慌てない。勉強もできるし体育も万能だから、誰も弘美の言葉には逆らえないのだ。
少しうらやましくはある。
「さあ、じゃあ机を元に戻して」
弘美がみんなに号令をかけた。
僕はテキパキと机を運んだ。夏休みが始まるかと思うと、嬉しくって仕方がない。高校に入って初めての夏休みが。
「みんな辻くんを見習ってよ」 弘美がみんなに声をかけた。少し得意ではあったが「あの二人、できちゃってるんじゃないの」という声が聞こえてきて、僕は頬が熱くなった。
確かに僕と弘美は仲がいい。席も隣どうしで家も近所だから、登下校も一緒なのだ。
「さあ、終わったわ」 教室を見渡して、弘美はパンパンと手を叩いた。
夏休みに入って一週間が経った。
朝から駅前のCDショップへ出かけた僕は、レジで会計を済ませ、外へ出た。太陽がじりじりとアスファルト道路を焼いている。
歩き始めた僕は、すぐ近くの喫茶店から弘美が出てきたのに気がついた。弘美はスーツ姿の男の人と一緒だった。
弘美も僕に気づいたらしい。男の人に軽く手をふると、こっちへやってきた。
「辻くん。偶然ね」
弘美は白のワンピースに麦わら帽子をかぶっている。
「誰? 今の人」
僕は弘美に尋ねてみた。
「私のお父さん」
弘美は言った。
「私の両親は離婚してるの。月に一度、養育費を受け取るのは、私の役目なの」
弘美は言ったが、それを引け目に感じている様子もない。逆に僕の方が、聞いてはいけないことを聞いてしまったように思った。
「そうなんだ…」
離婚なんて今どき珍しくもないのだろうけれど、何と言ったらいいのかわからなかった。
「そうだ!」
弘美は何かを思いついたようだった。
「ちょっとうちに寄っていかない? 辻くん」
「えっ、きみのうちに?」
女の子の家に行くことには、さすがに抵抗があった。
「そう」
弘美はうなずいた。
「今日はお母さんもいないし、本当に本当に暇なのよ。ねっ、来なさいよ」
弘美が懇願するような顔つきになった。かなり強引なアプローチではある。
押しきられるように、僕は弘美についていくことを決めた。
僕は弘美の部屋に通された。
いくら相手がサバサバした性格の弘美でも、女の子の部屋に入るのは初めてだったのでドキドキした。弘美の部屋は、こざっぱりと整頓されている。
「辻くん。みぞれアイスあるけど、食べる?」 「あ、食べる食べる!」
動揺を隠す為、ことさらに大げさなリアクションである。
「ちょっと待ってて」 弘美は階段を降りて、みぞれアイスを二つ持ってきた。 「だけどお母さん、どこへ行ったの?」
やっと落ち着いてきた僕は、みぞれアイスを口に運びながら、そう尋ねてみた。
実は弘美の家からに来るのは、これが初めてではない。弘美が風邪で学校を休んだとき、その日に配られたプリントを届けにきたことがある。そのとき出迎えてくれたのが弘美の母親だった。
「フラガールショーを見にいったの」
「フラガールショー!」
僕はむせ込みそうになった。
「どうしてフラガールショーなの?」
「そんなこと知らないわ」
弘美は肩をすくめた。 「とにかく一泊おとまり付きのフラガールショーなの」
なんだか事情がありそうだ。僕は弘美が気の毒になった。 「弘美はそれで大丈夫なの?」 「私? 私は平気よ。もう小さな子供じゃないもの」 僕は少し考えてから慎重に言った。 「たしかにそうだね。弘美はしっかりしてるもの。言いたいことがはっきり言えて。いつも堂々としていて」 「私は堂々となんてしてないよ」 弘美は苦笑した。 「負けちゃいけないって、いつも肩に力を入れているの。とても疲れるけど、力を抜いたらバラバラになっちゃうから」 窓の風鈴がチリンと鳴った。
八月に入ってすぐの全校登校日、
「ね、どこか寄ってこうよ」
全てが終わると、弘美がこう誘ってきた。
「このまま帰るのも、つまらないじゃない」
「もしかして、またお母さんいないの?」
「うん。近頃、お出かけが多いの」 とりあえず僕と弘美は、駅に向かって歩き始めた。あちこちの家の庭から、ヒマワリが顔をのぞかせていた。
やがて駅が近づいてきた。
「あ」 小さな声をあげて、弘美が立ち止まった。
僕らに向かって真っ直ぐに、その二人は歩いてきた。
弘美の母親は、若い男にもたれかかるように腕をからめていた。母親も僕らに気づいた様子で、立ち止まった。
「どうした?」 男がたずねた。
「ううん。何でもないの」 弘美の母親は首をふった。 二人はすぐ脇をすり抜けていった。
「弘美…」
「行こ」 僕の手をつかんで、弘美は駆け出した。
やがて弘美は駆けるのをやめた。近くの小学校の前だ。
「あー、息が苦しい」
僕らは小学校の校庭に入っていった。
「ね、座ろ」
僕らは並んで、ブランコに座った。空には金色に輝く入道雲。
「あーあ、入道雲になりたいな」
「どうして?」
「入道雲になって、空から人を眺めてみるの。辻くん、どうしてるかな。みんな、どうしてるかなって」 弘美は空に向かい、両手をひろげた。
「そうしたら、どんなことも小さなことに思えるような、そんな気がするから」
翌日、僕はかなり朝遅くに眼を覚ました。外はすでにセミの鳴き声のシャワー。 トーストとスクランブルエッグで朝食をとっていると、手元のスマートフォンが鳴った。弘美だ。 第一声は、
「暑いわねえ」
「暑いねえ」
全くの同意見だ。
「ねえ、プールへでも行かない?」 電話の向こうで、弘美は言った。
弘美はクロールでプールを何度も何度も往復した。
「すごく楽しい」
プールサイドにあがると、弘美は言った。
「胸のつかえが取れたみたい。来て良かった」
「そいつは良かった」
「そいつは良かった…か。辻くんて、すごいクールよね」 「ごめん。ほかに言葉が見つからなかったんだ」 「いいのよ、クールで。それが辻くんなんだから。こうしてつきあってくれて、とても感謝してるわ」 弘美は立ち上がった。 「もう少し泳いでくるね」
八月二十日。この日は、この街の神社の夏祭りで、お神輿も出るし夜店の屋台も出る。僕は弘美を誘うことにした。
「今夜のお祭り。良かったら一緒にどうかな?」 僕が言うと、スマートフォンの向こうから、弘美のはずんだ声が聞こえてきた。
「行く行く! 辻くんから誘ってくれたの、初めてじゃない?」
弘美は参道の手前で待っていた。僕は弘美の浴衣姿に、はっとさせられた。
「なに?」
「いや」
「どうしたのよ?」
「いや、似合ってるよ」 僕と弘美は歩き始めた。 お面にヨーヨー、金魚すくい 焼きそば、わたあめ、かき氷 僕と弘美は、夜店の屋台をひとつずつ見てまわった。 ソーダ水を買って二人で飲んだ。透明な容器の中で、ソーダ水の泡が立ちのぼっては消えていった。
「夏休みってソーダ水の泡みたいね」 弘美はつぶやいた。
「キラキラしてるけど、すぐに消えていってしまう」
「うん」
「楽しかったな」 弘美の言葉が引っかかった。過去形の言葉…。
しばらく弘美はソーダ水の泡を眺めていたが、こう口を開いた。
「私、転校するの。新しいお父さんができたから」
「そう…」
「いつか会ったことがあったでしょう?」
「あの男の人か」
「あの人が田舎に帰るから、お母さんもついていくんだって」
「うん…」
「だけどお父さん、とは思えないな」 弘美はぽつりと漏らした。
「無理してお父さんと思わなくてもいいと思うよ。いつかそう思えたら、そう呼べばいいんだよ」 「うん」 弘美は納得したようだった。上辺だけかもしれなかったが。
あくる日の夕方。
「智之。お友達よ!」 母さんの声。階段を降りてドアを開けると、弘美が玄関に立っていた。
「ほら」 投げて寄こしたのは、野球のグローブだ。
「一緒にキャッチボールしない?」
川べりの小道を歩いて、僕と弘美は校庭へと向かった。校庭に着くとグローブをはめて、僕と弘美は向かいあった。
「じゃあ、行くよー!」 弘美が叫んだ。
「よし、来い!」 僕はグローブを構えた。 投げる直前、弘美が何か言ったようだったが僕には聞こえなかった。
「なんだってー?」 投げ返したボールは弘美のグローブにおさまった。
「だからー!」 弘美が投げ返したボールも僕のグローブにおさまったが、今度もまた弘美の声は聞こえなかった。
「なんて言ったのー?」 僕が投げ返したボールが、弘美のグローブにおさまる。
「ありがとうって言ってるのー!」 弘美が投げ返したボールが、僕のグローブにおさまる。
「どういたしましてー!」 そう言って僕はボールを投げ返す。 その日、そんなふうにいつまでも僕らはキャッチボールを続けた。 ヒグラシがどこかで鳴いていた。
そして、その日。 僕は弘美を、駅まで見送りに行った。 弘美の母親と男の人は、もう改札の向こうで待っていた。 僕と弘美は改札のこちら側で向きあっていた。
「じゃあね」と、僕は言った。
「うん」
「メールするよ。電話もする」
「うん」 そのとき、弘美は何かを思いついたようだった。
「あっ、そうだ!」
「なに?」
「辻くん。最後に大事な話があるの」 弘美は真剣な顔で言った。
「なに? 大事な話って」 僕は訊き返した。
「ほんと、だーいじな話なの」 僕の耳元で、弘美はささやいた。
「辻くん。好きよ」
「えっ?」
「好き好き。大好き。本当よ!」 弘美はそう言うと、思いきりあかんべをした。
「グッバイ!」 弘美は明るく手をふった。
「 グッバイ!」 僕も明るく手をふった。 こうして僕らの夏休みは終わる。 ソーダ水の夏休みが。
その一学期最後の大掃除のさなか。弘美の声が教室に響き渡った。
「ちゃんと掃除やりなさいよ!」 すると窓際でお喋りしていた女子たちは、ぶつぶつと文句を言いながらも掃除に戻った。
さすがだ、と僕は思った。 弘美はいつも堂々としている。言いたいことはハッキリと口にするし、どんなときでも慌てない。勉強もできるし体育も万能だから、誰も弘美の言葉には逆らえないのだ。
少しうらやましくはある。
「さあ、じゃあ机を元に戻して」
弘美がみんなに号令をかけた。
僕はテキパキと机を運んだ。夏休みが始まるかと思うと、嬉しくって仕方がない。高校に入って初めての夏休みが。
「みんな辻くんを見習ってよ」 弘美がみんなに声をかけた。少し得意ではあったが「あの二人、できちゃってるんじゃないの」という声が聞こえてきて、僕は頬が熱くなった。
確かに僕と弘美は仲がいい。席も隣どうしで家も近所だから、登下校も一緒なのだ。
「さあ、終わったわ」 教室を見渡して、弘美はパンパンと手を叩いた。
夏休みに入って一週間が経った。
朝から駅前のCDショップへ出かけた僕は、レジで会計を済ませ、外へ出た。太陽がじりじりとアスファルト道路を焼いている。
歩き始めた僕は、すぐ近くの喫茶店から弘美が出てきたのに気がついた。弘美はスーツ姿の男の人と一緒だった。
弘美も僕に気づいたらしい。男の人に軽く手をふると、こっちへやってきた。
「辻くん。偶然ね」
弘美は白のワンピースに麦わら帽子をかぶっている。
「誰? 今の人」
僕は弘美に尋ねてみた。
「私のお父さん」
弘美は言った。
「私の両親は離婚してるの。月に一度、養育費を受け取るのは、私の役目なの」
弘美は言ったが、それを引け目に感じている様子もない。逆に僕の方が、聞いてはいけないことを聞いてしまったように思った。
「そうなんだ…」
離婚なんて今どき珍しくもないのだろうけれど、何と言ったらいいのかわからなかった。
「そうだ!」
弘美は何かを思いついたようだった。
「ちょっとうちに寄っていかない? 辻くん」
「えっ、きみのうちに?」
女の子の家に行くことには、さすがに抵抗があった。
「そう」
弘美はうなずいた。
「今日はお母さんもいないし、本当に本当に暇なのよ。ねっ、来なさいよ」
弘美が懇願するような顔つきになった。かなり強引なアプローチではある。
押しきられるように、僕は弘美についていくことを決めた。
僕は弘美の部屋に通された。
いくら相手がサバサバした性格の弘美でも、女の子の部屋に入るのは初めてだったのでドキドキした。弘美の部屋は、こざっぱりと整頓されている。
「辻くん。みぞれアイスあるけど、食べる?」 「あ、食べる食べる!」
動揺を隠す為、ことさらに大げさなリアクションである。
「ちょっと待ってて」 弘美は階段を降りて、みぞれアイスを二つ持ってきた。 「だけどお母さん、どこへ行ったの?」
やっと落ち着いてきた僕は、みぞれアイスを口に運びながら、そう尋ねてみた。
実は弘美の家からに来るのは、これが初めてではない。弘美が風邪で学校を休んだとき、その日に配られたプリントを届けにきたことがある。そのとき出迎えてくれたのが弘美の母親だった。
「フラガールショーを見にいったの」
「フラガールショー!」
僕はむせ込みそうになった。
「どうしてフラガールショーなの?」
「そんなこと知らないわ」
弘美は肩をすくめた。 「とにかく一泊おとまり付きのフラガールショーなの」
なんだか事情がありそうだ。僕は弘美が気の毒になった。 「弘美はそれで大丈夫なの?」 「私? 私は平気よ。もう小さな子供じゃないもの」 僕は少し考えてから慎重に言った。 「たしかにそうだね。弘美はしっかりしてるもの。言いたいことがはっきり言えて。いつも堂々としていて」 「私は堂々となんてしてないよ」 弘美は苦笑した。 「負けちゃいけないって、いつも肩に力を入れているの。とても疲れるけど、力を抜いたらバラバラになっちゃうから」 窓の風鈴がチリンと鳴った。
八月に入ってすぐの全校登校日、
「ね、どこか寄ってこうよ」
全てが終わると、弘美がこう誘ってきた。
「このまま帰るのも、つまらないじゃない」
「もしかして、またお母さんいないの?」
「うん。近頃、お出かけが多いの」 とりあえず僕と弘美は、駅に向かって歩き始めた。あちこちの家の庭から、ヒマワリが顔をのぞかせていた。
やがて駅が近づいてきた。
「あ」 小さな声をあげて、弘美が立ち止まった。
僕らに向かって真っ直ぐに、その二人は歩いてきた。
弘美の母親は、若い男にもたれかかるように腕をからめていた。母親も僕らに気づいた様子で、立ち止まった。
「どうした?」 男がたずねた。
「ううん。何でもないの」 弘美の母親は首をふった。 二人はすぐ脇をすり抜けていった。
「弘美…」
「行こ」 僕の手をつかんで、弘美は駆け出した。
やがて弘美は駆けるのをやめた。近くの小学校の前だ。
「あー、息が苦しい」
僕らは小学校の校庭に入っていった。
「ね、座ろ」
僕らは並んで、ブランコに座った。空には金色に輝く入道雲。
「あーあ、入道雲になりたいな」
「どうして?」
「入道雲になって、空から人を眺めてみるの。辻くん、どうしてるかな。みんな、どうしてるかなって」 弘美は空に向かい、両手をひろげた。
「そうしたら、どんなことも小さなことに思えるような、そんな気がするから」
翌日、僕はかなり朝遅くに眼を覚ました。外はすでにセミの鳴き声のシャワー。 トーストとスクランブルエッグで朝食をとっていると、手元のスマートフォンが鳴った。弘美だ。 第一声は、
「暑いわねえ」
「暑いねえ」
全くの同意見だ。
「ねえ、プールへでも行かない?」 電話の向こうで、弘美は言った。
弘美はクロールでプールを何度も何度も往復した。
「すごく楽しい」
プールサイドにあがると、弘美は言った。
「胸のつかえが取れたみたい。来て良かった」
「そいつは良かった」
「そいつは良かった…か。辻くんて、すごいクールよね」 「ごめん。ほかに言葉が見つからなかったんだ」 「いいのよ、クールで。それが辻くんなんだから。こうしてつきあってくれて、とても感謝してるわ」 弘美は立ち上がった。 「もう少し泳いでくるね」
八月二十日。この日は、この街の神社の夏祭りで、お神輿も出るし夜店の屋台も出る。僕は弘美を誘うことにした。
「今夜のお祭り。良かったら一緒にどうかな?」 僕が言うと、スマートフォンの向こうから、弘美のはずんだ声が聞こえてきた。
「行く行く! 辻くんから誘ってくれたの、初めてじゃない?」
弘美は参道の手前で待っていた。僕は弘美の浴衣姿に、はっとさせられた。
「なに?」
「いや」
「どうしたのよ?」
「いや、似合ってるよ」 僕と弘美は歩き始めた。 お面にヨーヨー、金魚すくい 焼きそば、わたあめ、かき氷 僕と弘美は、夜店の屋台をひとつずつ見てまわった。 ソーダ水を買って二人で飲んだ。透明な容器の中で、ソーダ水の泡が立ちのぼっては消えていった。
「夏休みってソーダ水の泡みたいね」 弘美はつぶやいた。
「キラキラしてるけど、すぐに消えていってしまう」
「うん」
「楽しかったな」 弘美の言葉が引っかかった。過去形の言葉…。
しばらく弘美はソーダ水の泡を眺めていたが、こう口を開いた。
「私、転校するの。新しいお父さんができたから」
「そう…」
「いつか会ったことがあったでしょう?」
「あの男の人か」
「あの人が田舎に帰るから、お母さんもついていくんだって」
「うん…」
「だけどお父さん、とは思えないな」 弘美はぽつりと漏らした。
「無理してお父さんと思わなくてもいいと思うよ。いつかそう思えたら、そう呼べばいいんだよ」 「うん」 弘美は納得したようだった。上辺だけかもしれなかったが。
あくる日の夕方。
「智之。お友達よ!」 母さんの声。階段を降りてドアを開けると、弘美が玄関に立っていた。
「ほら」 投げて寄こしたのは、野球のグローブだ。
「一緒にキャッチボールしない?」
川べりの小道を歩いて、僕と弘美は校庭へと向かった。校庭に着くとグローブをはめて、僕と弘美は向かいあった。
「じゃあ、行くよー!」 弘美が叫んだ。
「よし、来い!」 僕はグローブを構えた。 投げる直前、弘美が何か言ったようだったが僕には聞こえなかった。
「なんだってー?」 投げ返したボールは弘美のグローブにおさまった。
「だからー!」 弘美が投げ返したボールも僕のグローブにおさまったが、今度もまた弘美の声は聞こえなかった。
「なんて言ったのー?」 僕が投げ返したボールが、弘美のグローブにおさまる。
「ありがとうって言ってるのー!」 弘美が投げ返したボールが、僕のグローブにおさまる。
「どういたしましてー!」 そう言って僕はボールを投げ返す。 その日、そんなふうにいつまでも僕らはキャッチボールを続けた。 ヒグラシがどこかで鳴いていた。
そして、その日。 僕は弘美を、駅まで見送りに行った。 弘美の母親と男の人は、もう改札の向こうで待っていた。 僕と弘美は改札のこちら側で向きあっていた。
「じゃあね」と、僕は言った。
「うん」
「メールするよ。電話もする」
「うん」 そのとき、弘美は何かを思いついたようだった。
「あっ、そうだ!」
「なに?」
「辻くん。最後に大事な話があるの」 弘美は真剣な顔で言った。
「なに? 大事な話って」 僕は訊き返した。
「ほんと、だーいじな話なの」 僕の耳元で、弘美はささやいた。
「辻くん。好きよ」
「えっ?」
「好き好き。大好き。本当よ!」 弘美はそう言うと、思いきりあかんべをした。
「グッバイ!」 弘美は明るく手をふった。
「 グッバイ!」 僕も明るく手をふった。 こうして僕らの夏休みは終わる。 ソーダ水の夏休みが。
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