夏の破片

関谷俊博

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滝口永済という名前から勝手に恰幅の良い人物を想像していたが、実際の永済住職は知的な趣きすら感じさせる細身の僧侶だった。
報恩寺の境内を案内しながら永済住職は言った。
「如何でしょうか。真言宗の寺は」
永済住職は素性の知れない僕との面会を、すぐさま了承してくれたばかりか、自分が知っていることは全て話すと約束してくれたのである。
「とても落ち着いた雰囲気ですね」
報恩寺は山の自然と溶けあい、心安らぐ佇まいをみせていた。綺麗に掃除が行き届いた境内は、しんとした静寂に包まれていた。
「真言密教は日本でも最も古い伝統と格式を誇る仏教です。そのルーツを辿れば弘法大師、空海にまで遡ります。更にその空海に伝法灌頂を授けたのは、唐の恵果阿闍梨ですから歴史は更に古く大日如来にまで遡るのです」
永済住職は柔らかい声で言った。本当に物腰の低い好感の持てる人物だった。
僕は大学の「宗教概論」で学んだ知識を思いだした。伝法灌頂とは阿闍梨という指導者の位を授ける儀式である。恵果阿闍梨から伝法灌頂を授かった空海は、日本に戻り真言宗の開祖となる。
僕は話を切りだすことにした。
「ところで麻里さんのことをお訊ねしても宜しいでしょうか」
「はい。私の知っていることなら、何でもお答えいたします」
永済住職は口もとに柔和な笑みを浮かべた。
「麻里さんは加行の途中で失踪したと、妹さんから伺いました。麻里さんは厳しい修行に耐えられなくなったのでしょうか」
「いえ、それは考えにくいですね」
予想に反して永済住職は首を横にふった。
 「あの方はこれ以上ないほど、ひたむきに修行に打ちこんでいたと聞いています。又聞きですが…」
「又聞き?」
僕は問い返した。
「はい。あの方が修行された場所は此処ではありません。和歌山にある加行道場であの方は修行していました。得度する場所と加行する場所は異なるのです」
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