夏の破片

関谷俊博

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無表情な受付の女に僕は接客室に案内された。接客室といっても、オフィスの一画をパーテーションで仕切っただけのものだ。
「おまえが夏樹か。麻里の居所を捜してるんだってな」
小一時間も経って、眼の険しい男が姿を見せた。
「とにかく話は手短にしてもらいたいな。仕事がある」
「深沢さんから、あなたが観月さんの行方を知っていると伺いまして…佐々木様は本当に観月さんの居場所をご存知なんですか」
「ああ、知っている」
佐々木は頷いた。
「麻里は黙示録の子羊にいるんだよ」
「黙示録の子羊?」
「カルト系の宗教団体だ。ちょっとした知り合いが、そこの元信者でな」
佐々木は中指で頻りにテーブルを叩いている。
「詳しく説明していただけませんか」
僕は言った。
「その前に予備知識として確認しておきたい。おまえはグノーシス主義は理解しているか」
哲学を専攻した人間として、グノーシス主義のことを、僕は一通り理解していた。
「この世界は不完全な神が創造したとする思想ですね。不完全な神が創造したから、この世界は苦しみに満ちているという。この世界の悲惨さを説明するには都合の良い思想だと思いますが…」
「では、キリスト教カルポクラテス派は?」
佐々木は矢継ぎ早に僕に質問してきた。 大学時代、宗教学の講義で耳にしたことがある気もしたが、その内容については、まるで覚えていなかった。
「いや」
僕はかぶりをふった。
「わかりません」
「妻と財産の共有を説き、性的乱行を実践したキリスト教異端のグノーシス派宗教だよ。そして黙示録の子羊は、カルポクラテス派の教義を受け継いでいる」
「カルポクラテス派…そんな団体の末裔が現代まで存続していたとは信じがたい話ですが…」
佐々木は苦笑した。クソ真面目にも取れる意見が気に食わなかったようだ。
「存続というよりは再興だな。この教団の指導者は女性なんだ。マリイと名乗ってるが、俗名は観月麻里。あんたが捜している人物だよ」
僕は驚きで息もつけなかった。

その夜、僕は夢を見た。僕と観月さんをのせた葦の小舟が、緩やかに河をくだっていく。僕も観月さんも無言だった。ゆきつく先は…わからない…だが其処にはとても魅かれるものがある…。

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