夏の破片

関谷俊博

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日曜日、佐々木の運転する車で僕は富士の裾野を目指していた。
佐々木はいつに無く上機嫌で鼻歌混じりでハンドルを握っている。ちょっとしたドライブ気分だ。
「黙示録の子羊、いや、千年王国はグノーシス主義を基盤としているのでしょうか、仏教を基盤としているのでしょうか」
僕は佐々木に尋ねてみた。佐々木の宗教的洞察力に僕は一目置いていた。
「両者の融合を目指しているんじゃないか」
それが佐々木の答えだった。
「グノーシス主義における救済とは、正しい認識によって、人間の本来的自己を現世や肉体といった軛から解き放つことだ」
「現世や肉体は悪なのですね」
「ああ。それがグノーシス主義の大前提だからな。そこで人間は至高の存在へと回帰する。それは仏教でいう解脱と考えられなくもない。あくまで俺の勝手な考えだが」
初めに出逢った時は、嫌なヤツだと思ったが、僕は佐々木に親しみを感じ始めていた。
「佐々木さんはどうして還俗したんですか」
僕は重ねて尋ねた。
「そうだな…」
やや間があった。
「俺が坊主をやめたのは、別に仏の教えが信じられなくなったからじゃない。男女の交合が清浄なら、金儲けも清浄、全ては清浄だと思ったからだ」
「理趣経ですか」
「まあ、そうだ」
僕は暫く口を噤んだ。
「金儲けは楽しかったですか」
佐々木は苦笑した。
「それがな…余り楽しくなかった…嘘じゃないぜ」
制限速度をきっちり守って、白のクラウンが後ろからついてくる。
「前に坊主に戻ろうかと思ってる、と言ったことがあっただろう。あれは冗談じゃないぜ。俺は本気で坊主に戻ろうかと思ってるんだ」

「後ろからついて来る車、たぶん公安だぜ」
バックミラーをチラチラと見ながら、佐々木は言った。
「何故そんなことがわかるんですか」
僕は窓から首を出して、後ろを確認した。車は更に二台増えて、計三台となっていた。全て同じ白のクラウンだ。
「制限速度ギリギリでぴったりとついてきやがる。俺の知り合いに公安の元幹部がいてな。そいつが酒の席でふと口を滑らせた。黙示録の子羊を公安がマークしていると」
「マーク…公安は何をする積りなんですか」
「そいつはそれ以上、何も言わなかったが、多分マリィと主要幹部を逮捕する積りだろう」
「逮捕?」
僕は訊き返した。
「いったい何の容疑で?」
「口実はいくらでもあるさ」
佐々木はあっさりと言った。
「千年王国の信者には十八歳未満の未成年者もいる。それだけで、児童福祉法や淫行条例違反だ」
公安に目をつけられても、確かにおかしくはない。
「更にだ。以前はマジックマッシュルームは合法だったが、現在は違法とされている」
「じゃあ、黙示録の子羊が名称を変えたのも…」
「ああ、公安の目から逃れる為だろう。だがな、公安はそんなに甘くない」
佐々木は言った。
「千年王国も公安の動向には気づいているだろう。公安に先を越されなきゃいいがな」

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