PSIー異能犯罪捜査班ー

ちゃば

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File 1 最初の捜査

case5

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「こんなに広いなんて聞いてない!」

 晃は思わず地面にグローブを叩きつけたくなる衝動を抑え空を仰いだ。
 そこには晴天が広がっているが、勿論此処は仮想空間である。目に入っている空はシステムを切れば姿を消してドーム状の天井が現れ、髪を揺らすこの爽やかな風も止まる筈だ。
 そう、此処は屋内なのだ。
 それなのに、この広さは一体どういう事なのだろうか。

 演習がスタートしてからもうじき三十分。
 篝が指示した時間が経過しようとしているが、爆弾を見つけるどころか何度か聞こえた爆音の発生地点すら辿り着けていないのである。

(これじゃ爆弾を見つけるどころか合流も厳しいって……ん?)

 脳内で愚痴を吐き出しながらも視界を奪うコンテナを除くと、何かの影を見つけ表情を明るくさせる晃。
 しかし、それは爆弾では無く、うまく隠された消火栓だった。
 施設として必要なものだが分かりやすく設置してしまっては仮想空間の意味がないのだから仕方なく此処に設置したのだろうか。
 仮想空間だなんて思えなかったが、やはり此処は施設の中なのだ。

 直ぐに顔を上げ苛立ちを誤魔化す様に軽くコンテナに拳をぶつけ汗を拭った。
 晃はベコリと音を立ててへこむそれを見て首を傾げた。
 コンテナの様な薄い作りの箱にしては殴った時の感触が嫌に重たかったのだ。
 暫く思案していた晃だが爆弾には関係ないと判断し、また足を動かした。

 コンテナの側面、下、思いつく限りの場所を覗き込むが、やはり、それらしいものは見つけられない。

 おかしい。
 晃はずっと胸中で燻っていた疑念が大きくなるのを感じ一度足を止めた。

(始まってから聞こえた爆音は七回、もう殆ど爆弾は残っていない。それなのに、どうして私は一度も爆発に遭遇していないの? いや、そもそも爆煙すら見ていないなんて絶対におかしい……その可能性があるとしたら……故意に? まさか)

 晃は一つの仮定に行き着き身体をわなわなと震わせる。
 どう考えても爆弾は仕掛けられていないし、状況から見て犯人が所持いるとしか思えない。

 しかし、彼女にはあの優秀な男が読みを外したとは考えられなかった。
 晃一人で何もない場所を捜索させ、時間を浪費する様に仕組んだ、その意図は何か。

(厄介払いって事……?)

「……なんなの、それ」

 ギリギリと握り込んだ拳を八つ当たりの様に横に振り払うと巻き込まれた晃の身長の二倍はあるコンテナ……実際にはホログラムを写すための四角い金属の塊が固定用のボルトを弾き飛ばして吹き飛んだ。
 煙が立ち込める中修羅の様な形相で顔を上げた晃はグローブの効果でまったくダメージを負わずに済んだ拳を握り締めたまま脚の筋繊維一つ一つに指令を与える。

(あのヤロウ、犯人と間違えたフリして先に一発ぶん殴ってやる)

 体勢を低くしガッと地面を押し込む様に踏み締め高く飛び上がる。
 晃の能力を受けたコンクリートの地面は衝撃に耐え切れず音を立てて砕けた。

(……あそこだ!)

 コンテナよりも視線が上がった瞬間、再び大きな爆発音が響く。
 そちらを向けば爆心地と見られる場所から立ち込める黒い煙が目に入った。
 少し距離があるが、風下にいたからだろうプラスチック爆弾を特有の甘い香りが鼻に届く。間違いなさそうだ。
 確信を深めた晃はコンテナの上を飛びながら煙の出所へと向かう。







「チッ、白川さんもやってくれるな」

 篝は目の前に広がる状況に、上司の姿を思い起こした。
 普段のにこにこと笑う姿からは考えられない程頭のキレる男なのだ。恐らく今回の篝の動きも読んでいたのだろう。

 全ての爆弾を躱したところまでは良かった。
 確かに、爆弾は八つだった。情報に偽りはない。
 しかし、この状況はなんだ。

(……普通、ただの演習にここまでやるか?)

 視界を遮る白い煙。
 爆煙ではないそれは、しかし最後の爆発によって生み出されたものだ。

 犯人は最後の爆弾を自分にギリギリ被害が及ばない距離にあるコンテナに設置していた。
 勿論そのコンテナも実際にはただの金属塊だ。しかし、その側にあったコンテナは違った。
 巧妙に隠されたそれは中に小麦粉を格納した本物だったのだ。
 爆発によって飛ばされた金属塊にぶつかったコンテナは破壊され中の小麦粉が宙に舞う。

 これこそが犯人の使う催眠という事だろう。
 初めから篝は疑問に思っていたのだ。今まで仮想犯人が異能力を使ったことなど無かった、恐らく新人に対するブラフだとそう判断していたのだが……

 催眠とは潜在的に暗示をかけて意識を狭搾させ対象を操るという一瞬のマインドコントロールだ。
 篝は何度もこの施設で訓練を受けている。
 その都度シチュエーションは違うが、使うと想定されていない置き物は全てホログラム用のダミーだった。
 今回もそうだと思い込んでしまったのだ。
 分かっていれば、爆発する前での処理を優先した筈だ。

 もし此処に怪力を持つ新人がいたら状況は違っていたかもしれない。
 彼女の能力は引火する様なものではないし、先入観のない真っ白な目ではこの場のコンテナが全て現物だと思って警戒を促してきたかもしれない。
 白川の言っていたはこの状況を見越してのアドバイスだったのだろう。

 思索し篝は火銃をしまった。
 この状態で能力を使う程篝は馬鹿ではない、こんなに御誂え向きに上限濃度も下限濃度も守られた状況で使えば洒落にならない規模の粉塵爆発が起きてしまう。

(クソ、どうする……!)







 トントンとテンポ良くコンテナの天板を足場にアキラは進む。
 軽快な足取りに反してその顔は暗い。

(……騙されたのは事実だけど、この状況を呼んだのは私だ。癖のある人だって前情報もあったし、二手に別れる事に疑問も持っていた。なのに、優秀な先輩の言葉に押されて頷いた……ううん、違う。自分で作戦を考えられなかったから、相手の意見にだけだったのよ…………やめやめ! 反省は後!)

 晃は軽やかな音を立て一つのコンテナの上で立ち止まり、自らの頬を両手でパチンと叩いた。
 真っ赤になった頬に反して頭の中はクリアになっていく。
 一呼吸置いて再び飛び上がろうとした晃は辺りに立ち込める白い靄に気がついた。

(何コレ、霧……? いやいや此処は屋内だし、こんなに気温が一定の場所で発生する訳ないでしょ)

 よくよく目を凝らすとそれは粉状の何かだった。
 口に含む度胸は無いが、薬品らしい臭いもしない。
 その無臭の粉末を吸い込まない様に口元を抑えながら慎重に先に進む。

 白い靄が濃くなるにつれ甘い匂いが強くなっていく。どうやらこの白い粉からもその匂いがする様だ。
 確信は持てないが、この宙を漂う物質は小麦粉の可能性が高いと晃は考えていた。
 無臭の状態から辺りの匂いを吸着する特性のある粉末。
 しかし、何故ここで小麦粉の登場なのかと考えると、結論には至れなかった。

 そうこうするうちにようやく辿り着いた爆心地付近のコンテナの上で、周囲の荒れた様子を目に入れた晃は身を隠す様に膝をついた。
 吹き飛ばされたコンテナ達、やはりここで戦闘を行っていたのだろう。
 人影を探して視線を動かせば何かを手に持ち喚く犯人らしき男と膠着状態の篝の姿を捉えた。

(見つけた!)

 すぐにでも加勢に行こうとして晃はハッと息を飲む。
 犯人の手に有る物がはっきり見えたのだ。
 それはどこのコンビニでも買えてしまうような、何の変哲も無い黄色のライターだった。

(立ち込める粉塵、犯人の持つライター、そして火銃を持っていない篝さん……そうか!)

 状況を理解した晃は、踵を返してきた道を戻る。
 手元の端末を除けば残り時間は七分だった。

(それだけ有れば十分よ!)

 白い煙を抜けひたすらに走る。
 目指すは晃の殴ったコンテナ、もっと言えばその下の消火栓だ。

(篝さんの弱点は水。それは塵が水に吸着されて落ちてしまうから。それならあの粉塵だって水を撒けばどうにかできるでしょ!)









 晃が一人状況を打破するために駆け回っているなど知る由もない篝は目の前の犯人と睨み合っていた。
 隠し持っていたライターを翳され冗談じゃないと呻く。

 あんなものをこの状況で使われたらまず間違いなく周辺はふき飛ぶだろう。
 しかし、白川はやりかねない。
 それは、この施設の優れた機能からみても確実だ。
 例えこの施設内で核爆発が起ころうとも外には一切被害が無いように造られている。裏を返せば此処でそういう規模の爆発が起きる可能性が有るという事になる。
 ちらりと横に視線を送ればそこには天井と壁の中僅かな隙間が見て取れた。
 犯人と追いかけっこをしている間にどうやら施設の端まで来ていたらしい。

(あの隙間から風を吐き出してんのか)

 すぐに視線を犯人に戻しながら篝は腰のホルスターに手を当てる。そこには火銃とは別の銃もしまわれているのが見て取れた。
 大きな力を持つ異能によって忘れてしまいがちだが、捜査官達も一般の警察と同様に普通の拳銃も持っているのだ。

(これで、あの機械を壊して強風でもふかせるか? いや、流石に無理だな)

 分かりきった自問自答をして篝は自分が追い詰められている事を再確認し苦い顔を浮かべる。
 第一普通の拳銃も火薬を使っているのだ、お話にならないだろう。

「武器を捨てて手を挙げろ!」

 犯人の男は震える手でライターを向けながら喚き散らした。
 追い詰められた人間そのものの姿に篝は歯噛みする。
 ここまでリアルに調整する技術チームとそれを率いる白川の趣味の悪さには毎度辟易してしまうのだ。

「こんな所でそれを使えばお前もふき飛ぶぞ」
「黙れよ! 捕まるくらいなら死んだ方がましだ!」

 確かに、と篝は内心で大きく頷いた。
 この世の中だ、異能犯罪で捕まったものの末路など想像するまでも無い。

(本当によくできたロボットだ)

 火銃をロボットの足元に投げ渡し両手を挙げるとつまらなそうに言葉をかけた。

「ほらよ、これでいいんだろ?」

 そんな篝の様子をジッと見ていた犯人は、敵意が無い事と判断したのかそろそろと投げ捨てられた銃に近寄っていく。その目線が、銃に向けられた一瞬、篝は地面を蹴り上げ勢いよく飛び出した。

 驚いている犯人の手にあるライターを蹴り上げ腰に隠していた拳銃を突きつける。

 形勢逆転。

 犯人は恐怖に顔を引きつらせた。
 それを見て息を吐き出す篝だが、様子がおかしい事に気づき眉間に皺を寄せる。

(いつもなら犯人を捉えた時点で演習が終わるはず、どういう事だ?)

 一向に変わらない景色に機械の故障かと思い、篝にしては珍しくほんの少し視線を犯人から逸らしてしまった。
 それが命取りとなってしまった。

「あ、あああぁああっ!!」

 奇声を発し死にものぐるいで動いた犯人は篝を押しのけ地面に転がるライターに飛びついた。

「お前も道連れだ!」

 死の恐怖に涙や鼻水を零しながらライターに指をかける犯人に篝は目を見開いた。

 この距離では止められない。
 爆発の衝撃を少しでも減らす為に身を隠さなくては。
 コンマ何秒の間に沢山の考えが篝の脳裏をよぎった。

 男の指が動かされ篝が覚悟を決めた、その時だった。

 真っ青な空から勢い良く雨が降り注いだ。
 バケツをひっくり返したような水によって周囲の小麦粉は愚かライターのすらも使えなくなってしまったようだ。

 呆気に取られていた篝だったが、すぐに我に帰った。
 目の前で意味をなさない言葉を発しながらライターに縋る無様な犯人を今度こそ確実に確保する。

 その瞬間、ホログラムが消え犯人の男はただの無機質なロボットに、そして港は遮蔽物が転がるだけのドーム状の施設に戻った。

 やっと終わったかと転がる火銃を拾いながら息を吐く篝の耳に可愛らしい罵声が届いた。

「篝さん! よくも騙しましたね!」

 ぷんぷんと蒸気の様な漫符すら見える程にわかりやすく怒っている後輩を見てまた一つため息をついた。

「騙されるお前が悪い」
「はぁああ?! 何言ってんですか! 大体、」

 篝はきゃんきゃんと吠える晃から目を逸らし端末に口を寄せた。

「白川さん、ミーティングルームでいいか?」
『大丈夫だよ、ちゃんと百武君も連れてきてね』
「…………」

 白川からの指示に返事をせず、篝は無言で歩き出した。
 この怒り様なら何も言わなくてもついて来るだろうと踏んだのだ。
 その読みは当たり、晃はその態度に余計に怒りながら追いかける。

 ぷりぷりと怒る後輩を気にもとめず、床の水溜まりを踏みしめ篝は思案する。
 どれだけリアルであっても此処はただの施設、この管理された空間で突然の雨などあり得ない。
 現に天を見上げれば、ホログラムが消えた天井には屋根がある。

(爆発を止めようとした白川さんの差金……いや、あの人はそんなぬるい人じゃねぇ……まさか、コイツが?)

 視線だけを晃に向けた篝はある事に気がついた。
 背後で喧しく騒ぐ後輩は、篝と同じく小麦粉や爆炎で汚れているがよく見ると全く濡れた痕跡すら無い。
 謎の水が降っていない場所にいたのか。
 しかし、それにしてはコトが片付いてから駆けつけるまでに間がなかった。まるで、どこで何が起きているかを分かっていたかのように。

(なるほど、白川さんが評価するだけの事はあるって事か)

 篝は目を細めて進む足を速めた。
 今回の演習で起きた一連をはっきりさせるためにも、白川の元へ行かなくては。




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