PSIー異能犯罪捜査班ー

ちゃば

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File 1 最初の捜査

case8

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 大沢との約束を守る為、いつもより少し早めに登庁した晃は欠伸を噛み殺しながらセキュリティシステムを通り抜けた。
 時間が早い事もあり、受付嬢の姿は無い。
 閑散としたロビーを突っ切りお偉いさん好みの、些か無駄と言える程に豪華な作りのエレベーターの前に立った。

「ふぁあ、ねむ……」

 上の階から順々に降りてくるエレベーターの表示を寝ぼけ眼で眺めていれば、止まる事もなくすんなりと軽快な音を立てて到着する。
 乗り込もうと踏み出した晃は、中にいる人物を見てその足を着地の前に引き戻した。

「大沢さん。タッキー先輩も」
「ああ、百武か」

 そう、中には今から会う予定だったバディが揃って乗っていたのだ。
 二人は捜査用のポーチや拳銃、通信端末を装着していて、新人の晃にも何かが起きた事くらいは分かった。

「出動命令ですか?」
「あぁ、緊急でな。悪ぃが今日は無しだ。剛田には俺から伝えておく」
「分かりました。お気をつけて」
「まーったく、偶々俺らが早めに登庁してたから良かったけど、居なかったらどうしたんすかね? 早番だけで賄えないなんてどうかしてるっての」

 拗ねた様に唇を尖らせる轟の両手には全ての指に指輪がはめられている。
 決して華美ではなく、いっそ地味と言える作りでそこに収まっている事が当然の様にしっくりきている。
 昨日はなかったそれに、晃はチラチラと視線を送った。

「あー、気になっちゃう? これ、俺の能力専用武器」

 視線に気づいた轟がニヤリと笑って手を晃の顔の前に掲げる。
 きらりと光るそれは、純銀製だろうか。
 磨き上げられた銀食器の様に興味津々な晃の顔が映りこんでいる。

「轟さんの異能って確か電撃でしたよね?」
「そ、ムズカシイ能力だかんな。コイツで制御してんのよ」

 信頼する様に指輪を撫でる轟に、晃は納得したように頷いた。
 金属の中でも銀は最高クラスで電気の通りが良かった筈だ。篝の火炎などと違って方向性を定め難い能力だから、きっと媒体か何かにして使用しているのだろう。

 ドヤ顔で武器の説明をする轟の背後では、大沢は誰かと通信しているのか、端末を口に寄せている。

「ああ、分かった。すぐに行く……おら、お喋りは終わりだ。拓海、見境から連絡きたぞ。車回したからロータリーに来いとさ」
「え! 雪子さん?! 今回の事件の担当雪子さんなんすか?!」

 自慢する相棒の頭を小突きながら呼ぶ大沢の声に、轟は武器の自慢を止め、過剰に反応して振り返った。
 心なしか瞳がキラキラと光っている様に見える。
 その様子に晃は引き攣った顔で一歩距離を取った。

(もしかして……タッキー先輩って……)

 先程までの不満たらたらな様子はなりを潜め、すでに轟はやる気十分で先陣を切る様に駆け出している。

「今行きますよぉ、雪子さん!」
「ったく、アイツは……じゃ行くわ、ほんと悪りぃな」
「あ、いえ、ご武運を……」

 ぽつんと取り残された晃は、嵐の様に去っていった二人を見送る。

(……タッキー先輩、見境さんが好きなのね、なんて分かりやすい)

 呆れた様な視線を向けていると、背後からゆっくりと近づいて来る足音に気がついた。
 振り返れば、宿直室に続く廊下から篝が手に何かを持ち近づいて来ている。

「篝さん? 随分早いですね」

 首を傾げる晃を見据え、篝は口を開く。
 耳触りの良い落ち着いた声がしんと静まり返ったロビーに響いた。

「準備しろ。出動命令だ」
「!」

 不遜な態度で先程まで抱えていた袋を差し出すその姿は、出動の装備が整っているのがわかる。
 恐らく差し出されているあの袋には、晃のポーチや専用武器が入っているのだろう。

 顔を見やれば緊張感のある言葉とは裏腹に、なんて事無い表情でこちらを見返している。
 しかし、ギラつく瞳だけは隠せていない。
 晃が初めてこの男に出会った時と同じ鋭い瞳に射抜かれて、晃は漸くかけられた言葉の意味を噛み砕く事ができた。

 途端に全身を巡る緊張感に身を固くする。

「マ、マジデスカ」
「マジに決まってんだろ。いいからさっさとしろよ」
「ハ、ハイ」

 篝に急かされた晃は、ギギギとぎこちない動きで壁際のソファに腰掛けブーツを履き替える。

 その様子を何気なく眺めていた篝は、普段は喧しい後輩の挙動がおかしい事に気が付き、訝し気に顔をしかめた。

 装備を整える様子を観察すれば、ぎこちなく端末を腕に巻く手が震えている様に見える。
 初の出動に緊張しているのは火を見るより明らかだった。

(……めんどくせぇ)

 先日の威勢の良さはどこへ行ったのか。
 苛立ちを抑えずため息をつくと、篝はヨロヨロと立ち上がった晃に近づいてその顔の前に右手を翳した。

「え、篝さん?」
「…………」
「ちょ、えっ?!」

 戸惑う晃にリアクションを取ることもなく、篝はその手にグッと力を入れた。

 ボッ! 晃の顔から殆ど離れていない場所で、一瞬ではあるが小規模の炎が上がった。
 時間こそ短かったものの、熱風で巻き上げられた晃の前髪は焦げた様な臭いをさせている。

 驚いた拍子にソファに逆戻りした晃は、口をポカリと開けて篝を見上げた。

「遅えんだよ、ノロマ」
「……な、ななな」

 もはやお馴染みの暴言に我に帰った晃はワナワナと体を震わせ焦げ付いた前髪に手を添えた。

 無理に熱を与えられたそこは、焼き切れてはいないものの、くるりと外に丸まってしまい伸ばしても戻らなくなっていた。

「なんて事するんですか! 人の髪を燃やすとか正気とは思えないんですが?! あああ! 焦げてる! 焦げてるんですけど?!」

 勢い良く立ち上がり暴君に詰め寄る晃の動きからは先程までのぎこちなさは消えている。
 それを見た篝は満足そうに鼻を鳴らし入り口に向かって歩き始めた。

「ちょっと、篝さん!」
「騒いでねぇでさっさと来い」
「な?! 今日という今日は謝ってもらいますからね! 待って下さい、篝さん!」

 先程までのしおらしさはどこへ行ったのか、晃は焦げた前髪を抑えて先を行く篝を追いかけた。






「……こ、これが、噂の捜査官輸送車」

 ゴクリと唾を飲むアキラがいるのは、先程は大沢達が向かった警察庁舎の正面ロータリーだ。
 簡単な造りのそこには、車体が大きい黒塗りの車が停まっている。

 表向きは市民に威圧感を与えない様、普通車を装っているのだ。
 もし、これが分かりやすく輸送車然としていたら現場はパニックになるだろう。

 後部座席の扉をスライドさせて乗り込むと、横掛けの椅子が向かい合う形で端に二つ付いており、丁度乗合バスの様な造りになっていた。

 運転席側に晃と篝が、そして対面に眼鏡をかけた女性が腰掛ける。
 キョロキョロと車内を見渡していた晃は、諜報部の制服をきっちり身に纏い、黒の髪を結い上げた彼女を見て、警察学校時代の厳しい教官を思い出し、思わず姿勢を正してしまった。

(デキル女感が凄い。ちょっと怖そうだけど……)

 新人からそんな風に思われている事も知らず、諜報官は機械的な動きでタブレットを取り出した。
 ちらりと覗くと晃の情報や証明写真が表示されている。
 恐らく異捜のデータバンクにアクセスしているのだろう。

「早朝から申し訳ありません。緊急要請に対応頂き感謝します。ご説明の前に、百武捜査官はお初にお目にかかりますね。申し遅れましたが、私は今回の案件の担当をさせて頂く諜報部の音寺志乃おんじしのです。お見知りおきを」
「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
「で? 今回の案件は?」

 恐縮した様におずおずと頭を下げる晃を尻目に、篝は不機嫌そうに先を促した。


「はい。まず事件のあらましからご説明します。
 二ヶ月程から、全国四ヶ所の工業地域周辺の河川から有害な成分が検出されています。検証の結果、その成分が重クロム酸カリウムということが分かりました」
「重クロム酸カリウム……六価クロムか」
「はい。それぞれの工業地域で六価クロムを扱う工場を調べましたが、取り扱いは有りませんでした。
 ただ、それぞれに数カ所ステンレスを取り扱う工場が有ります。ステンレスに使われるのは、基本的に毒性の無い三価クロムですが、なんらかの方法で酸化させれば六価クロムを作る事は可能です。そして現在、複数の工業地帯で侵入者が目撃されています。お二人にはその侵入者の確保をして頂きます」

 新生バディは音寺の淡々とした説明に耳を傾け、紙芝居の様に向けられているタブレットに目を向ける。
 分かりやすくまとめられたスライドには、各地の見取り図や河川の位置などが記されている。

 それを見て晃は小さく頷いた。

(あちこちで同時多発的に侵入者が現れたから、たまたま早朝に登庁していた私達に白羽の矢が立ったのね。大沢さん達もそれで駆り出されたんだ。でも、同時多発なんて……相手は単独犯じゃないって事?)

 聞き取りやすい音寺の滑らかな説明の途中、理解できないとばかりに端正な顔を顰めた篝が口を開いた。

「大体の事は分かった。だが、その内容なら異捜うちじゃなく捜査一課の管轄だ」

 その言葉に、音寺は当然の疑問だと言う様に頷く。
 異捜はその名の通り、異能犯罪を取り締まる為の組織だ。
 無能力者が起こした事件に口を出す事はまずあり得ない。

 それは何もお役所的な区分で分けられているのでは無く、捜査官達を守る意味合いが大きい。

 異能差別が横行する中で、犯罪者が相手とはいえ異能力者が無能力者を追い詰める事があっては世論が何を言うか分からない。
 平和の為に命を賭けている彼らからすれば、遣る瀬無い話だが、これがこの社会の実情なのだ。
 そんな理不尽が起こらない様にと、暗黙の了解として管轄が分けられている。

 新人の晃はさておき、何度も捜査に出ている篝が気がつかない訳が無い。

「確かに、ステンレスを酸化させるならその気になれば誰にだって可能です。ですが、今回の場合被害はそれだけに止まりませんでした」

 音寺は一旦言葉を切り、目を伏せる。
 彼女も異能犯罪でない事を願ったのだろうか。
 機械の様な諜報官の、初めて見せる人間的な姿だった。

「重クロム酸カリウムが検出されてから程なくして、該当の工業地域周辺で何度も変死体が見つかっています。初めは工場内、次は工場裏の路地、どれも工場を起点とした半径一キロメートル圏内です。全てに共通しているのは完全に炭化した遺体です」
「炭化?! 焼死体の間違いじゃ……」

 目を見開いて驚く晃をちらりと見て音寺は言葉を続ける。

「いいえ、焼死体ではありません。私も司法解剖に立ち会いましたが、内側まで完全に炭になっていました。しかし、工場内でのスプリンクラーは作動しなかったそうです」
「作動しなかった? 人間一人を完全に炭にするなんざ相当な火力が必要だぞ」
「火気を感知させずに、炭にする……そんな事、可能なんですか?」

 驚く捜査官達に、音寺は新たなスライドをタブレットに表示させる。
 そこには諜報部の立てた仮説とその根拠が映し出されていた。

「諜報部では、物質を酸化する事ができる能力者がいるのでは無いかと考えています。といっても、仮説ですので酸化ではなく化合という可能性も有りますが……人体を構成する物質は大きく分けて炭素と水素です。これらを酸化させれば炭素は二酸化炭素となって空気中に散乱、水素は水となって酸化の熱で蒸発する。残るのは出涸らしの炭素のみになります」
「……なるほどな。それで? 俺らはどこのエリアに行くんだ?」

 説明を受け、漸く篝は納得した様に頷いた。
 そんな相棒を見て晃も顔を引き締める。

「我々は現在、京浜工業地帯に向かっています。今迄の統計的に本星の異能力者がいる確率は正直低いですが、この辺りは異能犯罪が多いので可能性は十分有るかと思います。本音を言えば、お二人はまだバディを組んで日が浅く、出動もこれが初めてなのでできれば本星に出会さない事を祈ってしまいますが……ご無事に帰還される事を願っています」

 苦く笑う音寺の姿に、晃は自分の認識を改めた。
 この女性は、機械的で威圧感があるけれど本当はとても優しい人物なのだと。

「ありがとうございます! 篝さんも、足手纏いにならない様に頑張りますので、宜しくお願いします」

 頭を下げる晃に、篝は神妙な顔で頷くと実戦経験の無い後輩に言い聞かせる様にゆっくりと口を開いた。

「一つだけ教えてやる。躊躇するな、殺す気でいけ」
「!」

 鋭い言葉に、晃は息を飲んだ。
 この組織に入った時から自らの命を賭ける覚悟はしていた。
 しかし、自分が命を奪う可能性を考えていただろうか。

 グッと拳を握り込む後輩を見て、篝は言葉を続ける。

「俺も全力でいく。お前から見て隙があると思ったら迷わず首輪をかけろ。首輪のかけ方ぐらいは学校で習ってんだろ?」
「は、はい」

 頼りない返事をしながら晃は腰のポーチに触れる。

 異能力は脳からの伝令を遮断する事で使用を封じることができる。
 それを利用し開発されたのが、首輪と呼ばれる装置だ。
 見た目としては片側しか無い大きな手錠といった所だろうか。
 なかなか扱いが難しく、異捜を目指す学生が最初にぶつかる壁と言っても過言では無いだろう。

「……自信ねぇなら置いてくぞ。やれんのか、やれねぇのか、はっきりしやがれ」

 腕を組んで不機嫌そうに見下ろす篝の鋭い眼光に、晃は覚悟を決め真っ向から向き合った。

「やります。その為に私はここにいるんです」

 そんな二人のやり取りに、音寺はこっそりと笑みをこぼした。
 相手が本星にしろ、ハズレにしろ、苛烈な戦いが起きるだろう。
 しかし、この二人ならちゃんと戻ってくる。そう信じる事ができたのだ。

 三人を乗せて輸送車は進む。
 窓からは目的の京浜工業地帯が見え始めていた。



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