【完結】私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ

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 ソフィアが家に帰ると、何故かジョシュアが部屋にいた。

「え?びっくりするじゃない!何でここにいるのよ」

 不法侵入じゃないか。
 普通に犯罪だ。

「師匠からソフィアが目覚めたって聞いたから。心配になって来ちゃった」

「どうでもいいけど、魔法紙くらい飛ばしてくれないかな。不法侵入じゃない」

「まぁそれは反省してる。対価の事、師匠から聞いたから気になって」

 ジョシュアはソフィアにケーキの箱を手渡した。
 王都でも有名なミモザケーキだ。
 王都に住んでいる父の友人が、たまに遊びに来る時に買って来てくれた。小さい頃から大好きな思い出のケーキだった。

「ミモザケーキ!」

「ソフィア、好きでしょ?」

「うん。ありがとう。今お茶を淹れるわ」

 ジョシュアは椅子に座って部屋を見回している。

「ソフィア、体は大丈夫なの?」

「うん。とっても元気」

 むしろ禁術の後なのに…と思うくらい体に問題は無い。

「記憶の事は?」

「ん~、師長からも聞いたんだけど、正直実感が無いというか…だって私、さっぱり覚えていないから。元からそんな人いたのかなって」

 ジョシュアが見ている限り、無理をしている風ではない。
 いつも通りの姉に見える。

「どんな人かは聞いた?」

「魔導騎士だって事と、名前がアルフォンスさんって事ぐらいかな。魔力が戻ってすぐに魔獣討伐に行ったらしいわ」

「そう…」

「恋人だった魔導騎士の魔力回路の治癒をして、その人の記憶を対価に取られるって。母さんと全く同じよね。違うのは妊娠していない事くらい?」

 まるで他人事のように話すソフィアに、思わずジョシュアはギョッとした。
 とりあえず、未婚の姉の口から妊娠とか聞きたくない。生々しい。

「…姉のそういう話は聞きたくないんだけど。僕そういう話はちょっと苦手だから」

「十六の時に『避妊ぐらいしろ』って父さん殴った人間が何言ってるのよ。まぁどのくらい深い付き合いだったのかは分からないから、その可能性自体ないかも知れないけど」

「……いや、あるよ。そういう関係だったよ、うん」

「え、こわ。何でそんな事知ってるの」

 ジョシュアは思い出す。
 団長室で聞いた不毛なやり取りを。

「アルフォンスさん、彼と体の関係があっただの、責任とるだのって言い争いしてたの、聞いたから」

「え?何やってるの、私」

「うん。しかも結婚前にエリーさんが妊娠してたって暴露して、副団長さんがキレ散らかしてた。団長室が地獄の空気だった」

「えぇ!?ホントに何やってるのよ、私!」

 団長室という事は、ジョシュアが話に来たあの時だろう。

「それって師匠の代わりにジョシュアが西方騎士団に来た時?」

「うん、覚えてないの?」

「対価を支払った影響なのかな。ぼんやりとしか覚えてない。話をしたって事は覚えてるんだけど、会話の内容まではちょっと…」

「アルフォンスさんがいたからなのかな。あの時は、ソフィアが対価の内容を隠して治療しようとしたのがバレて、結構揉めてた。その後二人で話し合ってたんだけど、僕達は隣の部屋にいたから詳しく内容は知らないよ。でもなんかだんだん言い合いを始めて、副団長さんがキレて止めに入ったって感じかな」

「まぁよく分かんないけど、とりあえず丸くおさまったって理解で良いの?」

「…ソフィアがそれでいいなら」

 なんとも煮え切らない答えだ。
 ソフィアはますます分からない。

「ソフィア、何かもっと悲壮感漂ってる感じかと思ったんだけど、なんでそんなにさっぱりしてるの?」

「ん~そうねぇ。多分体の機能が取られると思ってたから、かなぁ。生活どうしようとか、騎士団辞めないといけないなとか。でも実際は記憶でしょ?今の所、困る事がないからね」

「…アルフォンスさんは困るんじゃない?治療前、何か二人で約束してたみたいな事言ってた」

 約束?
 何の事だろうか。

「その人も呪いがかかってたなら私の事忘れてるんでしょ?それならすんなりお別れじゃないかな」

「なんていうか…お互い忘れました、さようならっていう雰囲氣じゃなかったよ」

「そう言われてもねぇ…」

 なにせソフィアは覚えていないのだ。

「とりあえず、会った時にでも聞いた方がいいよ。魔獣が増えてるみたいだから厳しいかも知れないけど」

「そういえば、北方って今どうなってるのか知ってる?やっぱり魔獣増えてるの?」

「増えてる。多分父さんも討伐に行くと思う」

 父は既に一線を退いて、後進育成を主な仕事としていたはずだ。その魔力は健在だが、やはり四十も半ばになり以前のようにはいかないらしい。

「ヒューは実戦経験が足りない。魔力は高くても正騎士になってまだ半年だし、厄災を終わらせるために高魔力保持者が必要になるんだよ。父さんは騎士として前線に出る事はなくてもまだ魔力は健在だからね。あと、西方にデモンズハーピーが出たり、やたらと大型の魔獣が増えてるから、住民の避難も始まってる。前回とは違うかもって父さんが言ってたよ」

 母や幼馴染達は大丈夫だろうか。

(ん?)

 ジョシュアの言葉を反芻して、違和感を感じる。

「ねぇ…こっちにデモンズハーピーが出たって、父さん知ってるの?」

「うん」

「えっと…魔力回路の治癒については…」

「知ってる」

「…どこまで?」

「全部」

 ーー終わった。
 全て落ち着いてから話そうと思っていたのに。

「えっと~…何か言ってた?」

「恋人の為に魔力回路の治癒の申請したって聞いて、師匠と陛下の所に乗り込もうとしてた。でも母さんに『治療を受けた側の人間が文句なんか言うな』って怒られてた」

 さすが母。
 強い。
 いや、それよりも気になる事がある。

「…なぜ陛下の所に」

 父はなんて事を。
 そんな事をしたらバードナー家なんて不敬罪でお取り潰しだ。

「父さんとは騎士学校時代の友人だから」

「えぇ!?何それ!」

「“ミモザケーキのおじ様”覚えてる?」

「え?もちろん」

「あの人、陛下だから」

「はぁぁぁぁ!?」

 ソフィアは思わず椅子から立ち上がった。
 小さい頃、父の友人がたまに王都から遊びに来ていた。
 その時にいつもミモザケーキをお土産に持って来てくれていたから、ソフィアはその人を“ミモザケーキのおじ様”と呼んでいた。

「なんて事!でも言われてみたら護衛が多かったわね…え?高位貴族なんだろうは思ってたけど、陛下?」

「その時はまだ王太子だったよ」

「そう言う事じゃない!私、背中に乗ったり治癒の練習台になってもらったりしちゃったわよ!知らなかったとはいえどうしよう…」

「大丈夫だよ。陛下には王子殿下しかいないから、ソフィアの事可愛がってたよ」

「いや、でも…」

 ソフィアは頭を抱える。

「陛下はさ、自分の父親、前王のせいで友人とその恋人が色々あったのを気にしてたんだよ。好戦的で隣国との関係を悪化させた上に、誓約を無視して王命を出した事を許せなかったんだ。だから前王を失脚させてからも、ずっと心配してたんだよ」

「…失脚って。それ私が聞いていい話?」

 確か前王の退位は、表向きには病気のためだったはずだ。

「今は誰もいないから良いんじゃない?ソフィアだって誰にも言わないでしょ」

「言わないけど…」

 椅子に座り直し、手元のケーキを見つめる。

「だから、ソフィアが魔力回路の治癒を申請した時、すごく心配してたんだよ。あの小さかったソフィアが、恋人のために母親と同じ事をしようとしてるんだから」

「私の知らない所で色んな人に心配かけちゃったのね」

「うん。だからソフィアが元気でいる事は喜んでたよ。ただ、対価の内容を聞いた時には複雑そうだった」

「そっか」

 知らなかった。
 あの優しいおじ様が陛下で、ずっと私達を見守っていてくれたとは。

「ジョシュアはこの事、いつ知ったの?」

「王宮魔術師団に入ってから。突然陛下から呼び出されて、緊張しながら執務室に行ったらミモザケーキのおじ様がいた」

「それは…驚いたわよね」

「うん。ソフィアがバードナー家の籍に入ってくれたら、息子を紹介出来たのにって残念がってた」

「いや、それは無理。絶対無理」

 確かに可愛がってはもらったが、王家とか勘弁願いたい。

「とりあえず、ソフィアが元気そうで良かった。僕もしばらくは師匠にこき使われる予定だから、会いに来られないと思う。父さんやヒューも厄災が終わるまでは会えないんじゃないかな。厄災なんて早く終わってほしいよ、ほんと」

 テーブルに突っ伏して、ジョシュアがぼやくように言う。
 十八で王宮魔術師となり僅か三年で一級魔術師にまでなった弟だが、それなりに苦労はあるのだろう。

「そうだね」

「うん。こんな生活早く何とかして、僕も私生活を充実させたい。楽しく毎日過ごしたい。王宮魔術師は忙しすぎる…」

 急にジョシュアの心の声が漏れて来た。

「あ、うん。頑張れ。早く義妹に会いたいぞ」

「出会いが無い。ヒューがちょいちょい来て、マーガレット様の事を惚気てうるさい。姉の夜の事情について暴露されるの辛い」

「…なんかすみません」

 ジョシュアは苦労しているようだ。
 その原因を作っているのは申し訳なく思う。



 しばらく愚痴を言って、スッキリしたらしいジョシュアは転移で帰って行った。
 部屋を片付けてシャワーを浴びようとした時、首元のネックレスに気づいた。

「あれ?ネックレスなんてしてたかな」

 外してみると指輪が通してある。
 見覚えは無い。
 ぐるりと蔦の模様が彫ってある。
 よく見ると、内側にA to Sと刻印されていた。

「A…アルフォンス?」

 恋人から貰ったものだろうか。

「結婚指輪みたいなデザインね。結婚を約束してたのかしら」

 記憶に無い人から貰った指輪。

「う~ん。このままつけていてもいい物なのかしら。どうしようかな」

 シャワーを浴びながら散々悩み、結局もう一度身に付けた。

「アルフォンスさんに会った時にでも聞いてみればいいわ。まぁ彼が指輪の事を覚えていれば、だけど」

 お互いの事を忘れているはずなのだ。
 指輪を眺めていたら少しだけ、胸の奥が痛む気がした。








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