【完結】私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ

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 久しぶりに治癒室に行くと、メルが駆け寄って来た。

「ソフィアさん!体調崩したって聞きましたけど、大丈夫ですか?」

「うん、もう大丈夫。ありがとう」

「良かった~。ソフィアさんが休んでる間に緊急の魔獣討伐があって、クリオさんとか何人か治癒師も帯同してるんですよ。街中での魔獣被害が出始めて、治癒室が荒れてます」

「そうだったの?今日からはもうバッチリ働くわ。ごめんね、メル」

「ホントに戻って来てくれて良かったですぅ」

 いつも艶々としているメルの髪が疲れて見える。
 大変だったのだろう。
 
 仕事の支度をしていると、エリーが出勤して来た。

「ソフィア!」

「あ、エリーさん」

 駆け寄って来たエリーは、ソフィアの両手を握り目を潤ませている。

「ソフィア…無事で良かった…」

「ありがとうございます。エリーさんにも副団長にもご心配おかけして申し訳ありません。マーヤさんにもお世話になってしまって」

「いいのよ。母も喜んでいたわ。それよりもその…」

「記憶の事、ですか?」

「えぇ。ランセル卿のことは…」

 エリーが周りを見回して小声で聞いてくる。

「取られたみたいです。恋人がいたことも覚えていないし、なんなら最初からいなかった感じでしょうか」

「そんな…」

「大丈夫ですよ、エリーさん。体は元気だし、今日からまたよろしくお願いします」

「ソフィア…」

 エリーは自分の口元を手で押さえている。
 泣くのを我慢しているのだろう。

「ご心配をおかけしましたが、私はこの通り元気なので」

 ニッコリと笑うソフィアに、エリーが抱きついて来た。
 記憶を無くした事を知ると、みな同じような反応をする。
 ソフィアとしては最初からいない人の話を聞いているようで現実味が無い。
 きっと恋人から大切にしてもらっていたんだろう。幸せだったのだ。
 それでも周囲の人が心配してくれている事は分かる。ありがたい事だ。

「魔獣が多く出ていると聞きました。今日からはしっかり働きます」

「えぇ、えぇ。そうね」

 エリーを宥めながらソフィアは、皆が言うアルフォンスという人物の事が少しだけ気になった。






 数日後、緊急討伐に出ていた部隊が戻って来た。
 大物もいたらしく、治癒室には騎士達が多くやって来た。

「キリルさん、もう大丈夫ですよ」

「ありがとうソフィアちゃん。いや~久々にヤバかったよ。アルフォンスがいなかったらホントどうなってたか」

 アルフォンス。
 ずっと気になっていた名前だ。

「治癒師も帯同するくらいだから、随分大掛かりな討伐だったんですね」

「うん。西方であんなに大型が出るなんて聞いた事ないよ。厄災がらみなんだろうけど」

「無事に戻って来れられて、本当に良かったです」

 キリルは軽く話しているが、怪我はそれなりに重かった。
 現場で治癒師が対応しきれなかったとなれば、より重症者が出ていたのだろう。

「厄災が終わったらまたメルちゃんにデートのお誘いしないといけないからね。まだ死ねないよ~」

 ケラケラと笑っているが、それは俗に言う死亡フラグと言うやつではないだろうか。

「…キリルさん、めげませんね」

「え?全然平気。俺、山は高い方が登りがいがあると思うタイプだからね」

 なんと前向きな。
 素晴らしい。

「侯爵家がマイナスポイントになるなんて、思いもしなかったよ~。普通逆じゃないかな。優良物件だと思うんだけど、ソフィアちゃんどう思う?」

「え~…優良物件、だと思いますよ」

「うん。思いがこもってない感じがいいね。ありがとう」

「いえ、どういたしまし、て?」

「そういえばさ、アルフォンスすごかったんだよ」

 これ以上アルフォンスの事を振られると、ボロが出そうで困る。
 何せ今のソフィアが知っているのは、名前と職業だけなのだから。

「あ~…そうなんですね」

「なんかさ、今までよりもずっと魔法も強くなってて大型だってあいつが倒したんだよ。これって愛の力か何か?」

「さぁ?」

 魔力回路の治癒のせいです、とは口が裂けても言えない。ある意味、物理的にだが。

「この前だって、二人で早退してたでしよ?いいなぁ、俺も彼女が欲しい」

 この前とはいつの事だろうか。
 とりあえず、早く話を切り上げたい。

「えっと、メルと上手く良いですね」

「うん。侯爵家はもうどうにも出来ないからね、とりあえず俺を分かってもらう事を頑張るよ」

 じゃあね~、と言ってキリルは治癒室を出て行った。



 一通り騎士の治療が終わり、遅い昼食を取ろうと食堂に向かう。
 エリーもメルも時間が合わず一人だったので、ソフィアは近道をしようと中庭を突っ切る事にした。

 何を食べようかと考えながら歩いていると、遠くから走ってくる足音が聞こえる。

「ん?」

 緊急で何かあったのかとソフィアが振り返ると、目の前に息を切らした男性がいた。
 黒い髪と黒い瞳、自分よりも随分と背が高い。

「ソフィ!」

「え?」

(だ、誰?)

「良かった!やっと会えた!」

「え~と…」

「話がしたい!来て!」

「え?あっ!」

 ソフィアの戸惑う声も気にせず、その男性はソフィアの腕を掴んで歩き出す。

「団長からさっき話を聞いた。ソフィの…クソッ!ここだと聞こえる範囲なのか」

 そう言うと男性は右手で喉元を押さえる。

「え?あの、あなたは!」

「いいから!とにかく来て!」

 男性の勢いに押されてとにかくついていく事にする。

(ソフィって…この人もしかして…)

 自分を愛称で呼ぶ人間だ。
 近しい人なのだろう。
 しかしソフィアは知らない人。考えられる事は一つだけだ。

 そのまま裏庭に連れて行かれ、あまり使われていないであろうベンチに座らされた。

「ソフィ…あの、対価の事なんだけど…」

 対価の事を知っていると言う事は、彼は誓約下にいる人間だ。

「あの、あなたはもしかして、アルフォンスさん?」

「っ!」

 なんだろう。
 彼が泣きそうな顔になっているのは、対価の事を聞いたからか。

「ソフィ…やっぱり、記憶が…?」

「はい。そうみたいです」

「そうみたいって…」

「ごめんなさい。私あなたの事は名前と魔導騎士だって事しか…あ、でも魔力を取り戻したって事は聞きました。今回の討伐でも大型の魔獣を倒したって。だから安心したんですよ」

「安心?」

 ひどく睨むような目で、彼はソフィアを見てくる。

「これで厄災も乗り越えられるって。魔力回路の治癒、して良かったなって」

 ニッコリと笑ってソフィアは言った。

「………」

 何かに耐えるようにこちらを見るアルフォンスを、ソフィアは不思議そうに見上げる。
 アルフォンスは胸を押さえたまま動かない。

「あの…大丈夫ですか?」

 どこか怪我でもしているのだろうか。

「…魔力回路の治癒を受け入れる条件を覚えている?」

「条件?」

 そんなものがあったのか。
 そういえばジョシュアも、何か約束をしていたようだと話していた。

「…いえ」

「魔力回路の治癒の対価を聞いて、君に条件を出した。何があっても、君と一緒にいると…」

「え?」

 (どういうこと?)

「君に対価を払わせて、自分だけが何もなかったようには生きられない。ちゃんと責任を取りたいと」

「あの、呪いを受けて私の事は忘れてるんですよね?」

「…ああ」

「え~と、恋人同士だった事は師長から聞きました。でも忘れてるなら私への愛情とか、そういう気持ちも消えてますよね?」

「………」

「であれば別に、その条件は守る必要はないかと。もし責任感から言ったのであれば別に気にしーーー」

「約束だから!!」

 ソフィアの言葉を遮るようにアルフォンスが言う。

「いや、でも私もあなたを忘れているし、お互い様なので」

「…お互い様か」

「あなたの事は覚えていないけど、大切にされてたんだなって分かるから。だから気にしなくても良いんですよ」

 彼は責任感の強い人なのだろう。
 だから愛情が無くてもソフィアを一人にしないようにしようとしている。

「私の対価はあなたの記憶、生活に困る事もないし治癒師も続けられます。だから私の事は気にせずにあなたはー」
「名前!」

「え?」

「…名前、俺の事はアルと呼んで」

「アル、さん?」

「さんはいらない。敬語もやめて欲しい」

「はぁ…」

 なんだろう。
 なぜ愛称呼び?

「俺は約束は絶対に守る男だから」

「いや、そう言われても」

 初対面の人にそんな事を言われても正直ちょっと困る。

「君が対価を払ってくれたから俺は魔力を取り戻せた。本当に感謝してる」

「あ、どういたしまして」

「治療前、君は騎士団を辞めようとしてたみたいだけど、今は?」

 確かに体は元気だし魔力も問題ない。
 辞める理由は無くなってしまった。

「あ~…確かに辞める理由が無くなりましたね」
「敬語」

「あ、はい。じゃなくて、うん」

 訂正する速度がえげつない。

「じゃあこれからもここで働くんだよね」

「多分?」

「何で疑問形なんだ」

「人生何があるか分からないから?北方に帰りたくなるかも知れないし、結婚とか」

 本当に人生って何が起こるか分からない。
 現に今、お互い忘れたはずの恋人からなぜか詰問されている。

「誰と?」

「それは分からないけど…」

「とにかく、俺はこれからも君の側にいるから。他の人と結婚するとかやめて」

「はぁ?」

 なぜだ。
 他の人と結婚するとかやめてとは。

「お互い忘れてても、周りにはそんな事話せないだろう?誓約の事もある」

「そうだけど」

「じゃあひとまず今まで通りという事で。周りの人間にはお互いに忘れた事も話さない」

「いや、でも」

「また緊急討伐が入るかもしれないし、これからも忙しくて顔を合わせない事が多いと思う。でも、絶対、絶対に忘れないで。俺達は恋人同士のままね」

 それじゃあ、と言ってアルフォンスは去って行った。

「やたらと絶対を強調してたわね…」

 アルフォンスが去った方を見ながら、ソフィアはポカンとしたまま立ち尽くした。






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