生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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51話

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「毎日、毎日。夢路の事を聞くのだ。そしてな、今日は何を書こうか、いつも考えているのだぞ」
「返事をしたら甲ちゃんが私を忘れられないといけないから……」
 葛葉は、溜め息をついた。
「夢路は、母親の事を覚えているか?」
「……ええ。しっかり、覚えています。私が3つの時に病気で亡くなりました」
「父親の事は覚えているか?」
「覚えています。時々、元気かと今でも思います」
「では、獅郎のことは?」
「忘れるはすがないでしょう」
「それはなぜ?」
「それは、大切な肉親だから」
 葛葉と夢路の問答のような掛け合いが続いた。
「甲蔵にとって、夢路がお前の母親や兄のような存在なのだ。忘れろと言われて、忘れられるものか?」
「…………」
 夢路は何も言わず、硯に墨をすり始めた。
「甲ちゃんは、私に毎日文を書いてくれます。毎日、毎日……それがいつも眩しくて、私も返事をしたかった。けど、そうしたら甲ちゃんが私の為に幸せになれない気がするんです」?
 夢路は、静かに筆を走らせた。
「皆で過ごしてた、あの頃が懐かしい。収穫祭は本当に楽しかった。今年も、行けると思ってたのに……」
「夢路。たまには、甲蔵に会ってやらんか? あの子も、また背が伸びた」
 夢路は首を左右に揺らした。
「お前を怖がるような、年齢でもなくなったぞ。あの子は、今もお前を待っている」
 夢路は何も答えず、静かに文を畳むと葛葉に渡した。そして、思い出したかのように部屋の奥引き出しから小さな袋を出した。
「これは、私が古着でこさえたお守り袋です。甲ちゃんに、渡してください」
 葛葉が受け取ると、いい匂いがした。どうやら香が入っているようだ。
「わかった、渡しておこう」

 葛葉は離から出ると、甲蔵に夢路から預かった文とお守り袋を渡した。
 彼はそれを受け取ると大袈裟なまでに喜び、何度も何度も読み返した。
 そして、その日にいつもの倍の文を書いた。
 その日から、甲蔵の文に夢路が返事をするようになり、同じ屋敷にいながら文通が始まった。そのせいで、時には甲蔵にせがまれ、葛葉が何度も離を往復することさえあった。
 夢路にとっても、それが毎日の楽しみになりつつあったある日の事だった。
 葛葉の目を盗んで、1匹の鼬が夢路の前に現れた。
『お嬢さん、何か悩み事でもあるのでしょう?』
 人の言葉を話す鼬は、不気味に笑いながら夢路に問いかけた。
『この美しく咲いた紫陽花を見ながら、そんな悲しい顔をする女子を見たのは初めてでもないんですぜ。こう見えても、あたしゃああんたの数倍は長生きしてるんです』
 夢路は、嫌な予感がした。
『1つ、あたしがアナタの悩み事を聞いてあげますぜ』
「五月蝿い、鼬だね」
 そう夢路は一言言い放つと、障子を閉めて部屋の奥へと移動した。
『あんたの悩みは、ズバリその醜い姿だ! あたしにはわかりますぜ、あんたのその姿は呪いだ』
 夢路は腹が立った。この鼬が低級な化け物である事は、早々理解した。
 塩の入った壺を掴むと、再び縁側に戻った。
『あたしになら、あんたのその呪い。解くことができますぜ』
 瓶の塩を掴んだ、夢路の手が止まった。
『但し、あたしのお願いを聞いてくれたら。ですけどね』
「……なにさ。聞くだけ聞いてやろうじゃないか」
 この鼬が、魂が欲しいと言うならば、願ったりだと夢路は思った。
 が、鼬は思わぬ事を言った。
『あたしはね、こう見えても徳の高い妖鼬でしてね。沢山の修行をし、沢山の術を学んできたんでさあ。勿論、人に化けることも容易い。けど、一つだけ叶わぬことがありましてね。人間の子が欲しいのでさあ。と言っても、攫ってくるのではありません。あたしとの子をあんたに産んで貰いたいんでさあ』
 夢路はカッとし、掴んでいた塩を鼬にぶつけた。
『この化け物が!』
 鼬は、ひらりと避けるとニヤリと笑った。
『化け物とは、お互い様でさあ。あたしとの子を産んでくれさえすれば、あんたは元の美しい娘の姿に戻れる。それだけで、幸せが手に入る。あたしの子を産んだら、その事はさっさと忘れて構いませんぜ。それだけで、あたしとの契約は成立するのでさあ』
 鼬は、ひらりと回った。
『では、また返事を聞きに来ますぜ。それまで、よーく考えておいてくだせえ』
 鼬はそう言うと、煙のように姿を消した。
 夢路は鼬の消えた庭に向かって、更に塩をまこうとしてやめた。その代わり、縁側に塩の壺を置きっぱなしにした。
「夢路、何か居たか?」
 突然、葛葉の声がして夢路の肩がぴくりと驚いた。
「……いえ」
「そうか。そういう臭いがした気がしたのだが……」
「そうですか?」
「晴明殿の遺体を長く置きすぎたようだ。札を書いてやろう」
「いえ、大丈夫ですよ」
 夢路は、無理に笑ってみせた。
「そうか?」
「ええ。それより、早く文を」
 甲蔵からの文を受け取ると、夢路は貪るように読み、時には笑った。だが、この日はあの妙なイタチのことが頭から離れず、読む度に胸が痛んだ。
 そして、読み終わってから思わぬ事を口にした。
「甲ちゃんは、こんな私をまだ慕ってくれるのかしら」
 夢路がぽつりと口にした言葉だったが、葛葉には彼女が姿を失ってからの初めての前向きな言葉のように思えた。
「あ、ああ。文からでもわかるだろう。そろそろ、会ってやってくれ」
 夢路は少し考えたような素振りをしてから、コクリと頷いた。
「明日、甲ちゃんと会います。こんな姿ですが、怖がらずに、愛想を尽かさずに……居てくれるかしら」
 夢路の中で、1つの決心が出来た。
「そうか。あいつも喜ぶぞ!」
 夢路は甲蔵に、その旨の文を書いた。

 葛葉から夢路の文を受け取り、それを読んで甲蔵は喜んだ。
「夢路がやっと」
 涙さえ浮かんできた。
 ずっと、この時を待っていた。
 母を想う、姉を想う気持ちが、いつしか恋頃に変わっていた事に、まだ本人は気付いていない。少年は知らぬ間に恋心を抱けるほど、成長していた。
「甲蔵。言っておくが、夢路に昔の姿はないぞ。おぞましいとさえ思える姿だ。それでもお前は、夢路に会いたいか?」
 甲蔵の顔が、不快に歪んだ。
「どんな姿でも、夢路は夢路だろ。俺は気にしない。そりゃ、ちょっとはビックリするかもしれないけど」
「そうか」
 葛葉は、それだけ返した。

 その晩、イタチが再び現れた。
 寝ようと歩く廊下に、ぽつねんと座っていた。
 雨戸は閉まっているし、窓もしっかり閉めた。
「何しに来た?」
 イタチは、キキキと笑った。
『あんたが、あたしを呼んだ気がしたんでね。ちょいと早いかと思いましたが、善は急げといいますから』
「…………」
 イタチは続けた。
『あたしの子を有無決心は出来ましたかい? あたしの、あんたの呪いを解く準備は万全ですぜ』
「そうね、イタチの子を産むなんて、正気の沙汰じゃないわ」
『でも、あんたのその呪いは解ける。あんたは、元の人の姿に戻れる……』
「本当なの?」
『ええ。あんたがあたしと契約を結べば、今夜あたしとあんたは初夜を迎える。そして、あんたのお腹にあたしの子が出来る。その子は春に産まれる』
「その子はどうなるの?」
『なあに、あんたは何も気にすることなんてない。産まれたら直ぐにあたしが連れてきます。育てることもなければ、愛情を持つこともしなくていいでさ』
「……やっぱり、そんな契約結べないわ」
 夢路は苦し紛れにイタチに言った。
『そうですか。あたしには、あんたが決意したように思えたんですけどねえ。まあ、今日の今日ですし、また気が変わったら呼んでくだせえ。あたしはいつでも現れますぜ』
 再び、イタチは夢路の前から煙のように消えてみせた。
 胡散臭い妖鼬の話など、真面目に受け止めたつもりは無い。が、夢路には藁にも縋るほどに魅力的な誘いだった。
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