生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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59話

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 すると、後ろから麒麟も駆け付けてきた。
「ね、父上! 変な人が母上いじめてるでしょ」
 それを聞いた蜃は、苦笑いをした。
「変……あ、変な人だ! ほんとだ」
 と、驚いた表情で、麒麟は頷いた。
「お前な。久しぶりだというに、少しは否定しろ」
「誰?」
 麒麟は男の子の頭を撫でた。
「兄上だよ」
「へぇ」
「お前も父親になったのか」
「ええ、お陰様で」
「蜃様、中にお入りください。旬介、午後からの稽古は中止だ。着替えておいで」
「はーい」
 嬉しそうに掛けていくので、それを見ながら黄龍は少し困ったように言った。
「稽古嫌いで困ります」
「ははっ。そんなもんだよ。俺もそうだったし。それで松兵衛にしょっちゅう尻を叩かれていたわ」
 居間に上がり、団子と茶を啜りながら話をしようとすると、麒麟の倅である旬介が黄龍に飛び付いてきた。
「母上、遊びに行ってきてもいい?」
「ああ、遠くへは行くなよ。暗くなる前には帰ってこい」
「うん、わかった!」
 蜃が問うた。
「旬介でいいのかな。何処に行くのだ?」
 旬介は、妙に人懐っこい。にこにこ嬉しそうに答えた。
「あのね、あのね。神社のね、裏にね、ネコさんがいるの。ネコさん、ちっちゃいネコさんといるの。今度、兄上も見に来る?」
「お前が俺のことを兄上というのも妙だな。俺はお前の叔父だから。まあいい、今度連れてってもらおうか」
「うん! じゃあ、ネコさんに言っとくね」
 言うと旬介は、屋敷を飛び出した。
「隙あれば、すぐどっかに遊びに行っちゃうから心配はたえないんですけど」
「お前も立派な母親だな」
「俺は過保護だと思うよ」
「妬いてるんですよ。ところで、いつお戻りに?」
「数日前だよ。戻ってすぐ、他の領を順番にまわってきて、ここが最後だ。色々話してくれるか」
 麒麟と黄龍は目を合わせると、麒麟が話し始めた。
「他の奴らから聞いたかもしれないけど、この里は今でも俗世と離れて存在している。けど、外との交流も必要だと考えた俺達は、母上がかつてお蝶姉さんに教えたあの札の術を使って外との交流を始めたんだ。俺にしか札は書けない。その札を外に出る里の人間に持たせて、己の身を守るようにさせている。あと、里を見つからないようにするためにも札は必要だとわかった。あとは、この里全体を俺の結界が守っていて、邪心ある者の侵入を阻止している。5年くらい前に事件があって、それで麒麟領ではいざという時に戦えるように兵の訓練も始めたんだ」
「事件?」
「ああ。ある里の者が米や野菜を売りに出た時の事だった。勿論品は綺麗に売れたんだけど、里と違って外では酷い飢饉が起こっていてね。外の人間が、食糧を運んでくる事に目をつけて忍びを雇ったんだ。その忍びが里の情報を持ち出し、外に里の存在がバレそうになった事があった。それにいち早く気付いたから、事が大きくなる前に食い止めることが出来たんだけど」
「そんな事が」
「はっきり言って、俺は外の世界は知らない。俺以外の皆は知ってるのかもしれないけど、それは遠い記憶で、辛かった思い出なんて残したくもないんだ。だから、皆油断してたし、わかってなかった。兄上は外の世界で修行していたんだろ? 外の世界がどれだけ飢えているな知っているんじゃないか? だから俺はこの里を全力で守らないといけないと思ったんだ」
 確かに、外の世界は酷い。戦乱が毎日のように起き、沢山の人が死に、飢え、大名すらまともな茶が飲めない土地もあるという。それに比べて、この里の豊かさと平和さは。まるで桃源郷ではないのか。
「麒麟の言う通りだ。外の世界は、益々酷くなるばかり。地獄の方がマシなのではないかと思う場所すらあった。飢えることが普通なのだ。俺もこれから、お前と共にこの里を守っていこう」
 積もる話は多い。義弟の中で1番付き合いが長い分、話も弾む。かつての黄龍を巡っての蟠りは解けずも、それでも兄弟の絆は2人が思っていた以上に育っていたようだ。酔ってはぶっちゃける話も多かった。
「黄龍を迎えに来たのではなかろうか」
「アホ抜かせ。子までこさえてまだ言うか!」
 そんなやり取りが永遠と続けば、流石の黄龍もうんざりしてくる。
「私は、もう寝るぞ。旬介も半分眠っておるからな」
 と、先に寝に行ってしまった。
「……いつかはこんな日が来るとは思っていたが、俺を差し置いて父親とは。なんだか悔しいな」
「その点では、兄上に勝ったと誇りましょうか」
「なあに、俺に勝っても父上がおろうが」
 2人にとって、晴明は尊敬する父親だった。何がある訳でも無い、晴明ですら精一杯その使命を果たそうとしただけに過ぎない。それでも、必死に里を守り葛葉を守り、子を守り抜いたのは紛れもなく晴明なのだ。目の前で自害する姿は、未だに脳裏から消えない。
「夢路が亡くなった後、母上に言われたんだ。父上の魂は転生すら出来ぬまでに消えてしまったのかもしれないと。夢路は、自害したその罪に永遠の地獄に縛られる。お蝶姉さんのことは言ってなかったけど、恐らくお蝶姉さんもそういうことだろ。その魂は、恵慈家の龍に喰われたと言いたいんだろう。それで、母上は俺に約束しろと言ったんだ。何があっても、自害はするなと。それが恥であれ、誉でないことは知っていて、それで言うと」
「そうか」
「だから、俺は父上のようにはなれない」
 麒麟は、お猪口に残った酒をぐいっと飲み干した。そこに蜃が酒を注いだ。
「俺が留守の間、ご苦労だったな」
「何を! もう帰って来なくてもよかったものを」
「よく言うわ。帰ってこいと言ったのは、お前だろ」
「そんな約束忘れたわい」
 悪態をつきながらも、麒麟も内心嬉しかった。
「で、兄上はこれからどうするのだ?」
「母上と共に、里を見届けるつもりだ。外に出て、ようわかった。俺がどんなに恵まれているのか。だから、俺はそれを返さなければならないとな」
「ふうん。で、相変わらず嫁も娶らん気か? あ、黄龍はやらんぞ」
「まだいうか。お前もしつこいの。嫁は娶らんよ」
 その晩、ようやく眠ったのは明け方頃だった。2人して酔いつぶれ、その場でゴロンと寝入っていた。
 起こされたのは、ようやく眠ったその直後で、2人して黄龍に邪魔だと居間を追い出され、用意された布団で寝直した。飲み過ぎたのか、頭が痛い。
 その昼過ぎになって、旬介に蜃は再び起こされた。
「おじ、おじ。ねえ、ネコさん行くよね」
 モゾモゾと布団から這い出ると、それに気付いた黄龍が旬介を回収するかのように脇に手を引っ掛けて持ち上げた。宙ぶらりんの旬介は、ぱたぱたと両足を動かして抵抗していた。
「こら、寝てるところを起こすんじゃありません」
「だって、おじと約束したもん」
「おじって」
「だって、おじって言ったもん。昨日」
 ああ、叔父のことか。と。
「蜃様と呼びなさい」
「しんさま?」
「そうだ」
「しんさま、ネコさんとこ行くよね」
「だから、蜃様は寝てらっしゃるから」
「お昼だよ」
「いいの!」
 蜃は、寝ぼけ眼ながらも笑えてきた。
「黄龍、よいよい。お陰で目が覚めた。旬介に付き合ってくるとしよう。悪いが、もう暫く世話になるぞ」
 黄龍は呆れながらも嬉しそうな表情をした。
「喜んで」
「支度するから、部屋で待っておれ」
「わーい!」
 黄龍の手からするんと抜けると、旬介は嬉しそうに部屋を飛び出して行った。
「幼い頃の麒麟によく似てるな。ただ、あいつも色気付きだしてから生意気になってしまったが」
「私のせいですか?」
「え?」
「2人の会話、聞こえてましたよ」
 蜃は、笑ってみせた。
「時々あの子にも嫉妬しますから」
「相変わらず、子供だな」
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