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71話
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「ほう、その焦りよう。芳しくない、ということか」
「な! 何を言うかっ!!」
麒麟の声が上ずった。
「麒麟は嘘か下手だからな」
葛葉がクスリと笑う。朱雀が小さく溜め息を吐いた。
「麒麟、早う吐け。事が遅れては、また尻叩き程度では済まされぬぞ」
麒麟の顔から血の気が引き、彼は意を決したかのように注がれた酒を一気に飲み干した。ぷはー、と吐いた息は酒臭い。
「……泰親と富子が蘇った。それから……」
晴明の事を話そうとして、ここは一旦止めた。代わりに
「夢路にイタチをけしかけたのも、泰親だ。子供を使って、また何やら企んでおる」
パン! と、激しい音がした。見れば、麒麟の左目の眼帯が吹き飛んで床に落ちている。
「馬鹿者。非常事態ではないか」
蜃の手か赤く腫れた麒麟の右頬をつねり上げた。
「痛い! 痛い! 痛い!」
蜃の右手の甲も、赤くなっている。
「悪い口にはお仕置きだ」
ひいひい言いながら涙目の麒麟を暫く見てから、葛葉は蜃の手を離させた。
「麒麟。この事態、わかっておるな?」
麒麟はヒリヒリ痛みながら、痣になった頬を抑え、板の間の上で蹲っている。
「麒麟!」
「ふあい」
ようやく、蚊の鳴くような声がした。
「葛葉様、今回は麒麟だけの問題じゃないと俺は思います。泰親は、言ってました。人が寄り付かない場所だからこそ、誰にも知られずに子を育てられた。そして、育てられた子が封印を解いたのだと。赤子の頃から、物心付く前から子供は封印を解くためだけに育てられたのだから、その子を責めることは出来ないと俺は思います」
朱雀が麒麟を庇うように申し出た。
「それぞれ祠に、全く近付かんでいたわけではなかろう」
「盆と年末年始に掃除しに行くくらいか」
青龍があっけらかんと答えた。
「その時に気付かんかったのか?」
麒麟はコクリと頷いた。
「そういう術が無いわけではないしなあ……その位の力は持っていたと言う訳か。お前達に破るのは流石に血が足りぬか」
葛葉はそう言うと、突っ伏したままの麒麟の顔を上げさせ、赤く腫れた上に黒く痣になった頬に手を当てた。
ぼんやりと麒麟の頬に心地よい温もりが広がり、痛みも痕も消えた。
「母上、もういい加減に2人を討伐出来ぬものか? 父上もおらぬし」
蜃が少し考えたような表情から、困ったように問い掛けた。葛葉は、この質問が来ることを予想していたかのように苦笑を見せた。
「私も、こうなることは全く予想していなかった訳では無いよ。何度も何度も考えてきた。それが叶うのなら、それでいいと私は思う」
蜃にしろ葛葉にしろ、空気が重い。彼等が蘇る度、封印する度、沢山の人が犠牲になってきた。
「出来るだけ、犠牲者は出したくないものだな」
蜃の呟きに、葛葉はコクリと頷いた。
蜃に殴り飛ばされてから、麒麟は一言も発しなかった。その後すぐ床についたが、メインの部屋は狭い。そのため来客用に用意された離れに、麒麟と青龍、朱雀は泊まった。
「大丈夫?」
朱雀が一応心配して、麒麟に声を掛けた。
「……兄上から、初めて殴られた」
少なからずショックだったのだ。
「歯が折れたし」
「え?」
「抜けはしなかったから、あの時治ったけど」
加えて本気だった事が、余計にショックだった。
子供の頃から、どんなに困らせても怒らせても手は出さなかった蜃に、歯が折れるほど本気で殴り飛ばされてしまった事で、なにやら目が覚めた気すらした。
「やばいんだ」
わざわざ言わなくても、わかっている事だ。
「もっとしっかりしなきゃ」
2人共何も言えなくなって、この晩はそれで寝た。
翌朝になって、何事もなかったかのように蜃が3人を起こしに来た。
5人で朝餉を食べる中、口火を切ったのは麒麟だった。
「昨日、報告しそびれた事がある。九州(この辺り)一体を巻き込む戦が始まると情報が入り、それにが関わる国衆共が分かった。この後、各自国衆に掛け合い、この土地に踏み込ませない、この土地に危害を加えない、要するに国衆共を里の壁にするよう動こうと思っておる」
この後、と聞いて葛葉は朝餉の箸を置いた。少し寂しそうに見える。
「そ、そうか。気をつけるんだぞ。くれぐれも怪我のないよう。あとで、弁当を作って持たせてやるからな。それまで待っておれ」
麒麟はふっと笑って頷いた。
「俺も何か手伝おうか?」
蜃の質問に麒麟はいつもの無表情に戻った(蜃専用)。
「兄上は、里の警護をお願いします。相手が相手だけに、残った者だけじゃ心配だ」
「ああ、何かあったら言霊を飛ばせ」
麒麟達が里を出たのは、それから半刻ほどしてからだった。
*****
麒麟邸の庭から、旬介の激しい声がした。時折、地響きのような音すら響く。
「はは、珍しいな」
初めてじゃないかと思うくらい、稽古に熱中する旬介を見ながら、黄龍は縁側にお茶と饅頭を乗せたお盆を置いた。
「次こそ絶対泣かすし!」
(根に持つなあ)
思わず苦笑いが浮かぶ。見れば旬介の稽古相手をしている藁人形の顔の部分に、墨で顔の描かれた紙が貼られている。彼なりのあの子の似顔絵だったのだが、下手すぎて似ても似つかない。
それがズンと崩れたので、旬介はイライラするように蹴飛ばした。
「少し休憩したら、どうだ? ほら」
黄龍が饅頭をすすめるが、分かっているのがいないのか、見当違いの質問を返してきた。
「母上、父上は何時帰って来ますか?」
「知らん。自分で聞いてみたらよかろ」
「そうします」
旬介が言霊を作った。それは、口から吐き出される煙のような状態から、リアルな鳩へと姿を変える。
「はっ! まだ鳩か」
黄龍の呆れた笑い声に、旬介の顔が真っ赤になった。
「め、目立たないように!」
「じゃあ、鷹を出してみよ…」
「うっ……!」
益々、旬介の顔が赤くなる。今にも泣きそうである。
「もういい、饅頭喰え」
旬介はコクリと頷くと、饅頭を1つ取って一気に頬張った。
旬介の頭に、ふわりと鷹が舞い降りた。言霊なので、痛くも重くもない。
『さあ、どうだろう? 事が終わればさっさと帰るつもりだ』
そう鷹は要件だけ告げると、煙のように消えた。
「何か用でもあるのか?」
「……相手してもらおうかと」
「ほう。私では不服か?」
「そうじゃないけど、母上は厳しいし」
黄龍の眉がピクリと動いた。
「確かに、麒麟はサボり癖があるからな。ああならんように私は鍛えてるつりだったが……そんな言葉が出るとはな」
旬介の顔が青くなった。思わず口を塞いでしまう。
「さて、今からスパルタといこうかな。泣こうが喚こうが、容赦はせんよ」
*****
かこーん……かこーん……
と、獅子落としが鳴っていた。小さいながらも、綺麗に整備された庭園の見える座敷に麒麟はいた。
途中青龍や朱雀と別れ、それぞれが決めた国衆の屋敷へと謁見を申し出ていた。
外の世界は里とは違う。ぴりぴりした空気や、里と比べると険しさすら感じる。世界が違うと、そう思う。
外の世界とまともに触れ合うのは、考えてもみたら今回が初めてかもしれない。生まれた時から里で育った。確かに、幼い頃は狭くカビ臭く今でこそ信じられないような場所で生活していたが、それでもここよりはマシだったと思わせる異様な雰囲気がある。
途中見た孤児や病人、農民、商人。全てが、何処か新鮮に思えると同時に哀れにすら思えた。
国衆の殿様には、無理矢理謁見を通させた。里の者に探らせた情報に加えて、自分の影(式神)に探らせた情報を開示すればちょろいものだった。取り次いだ人間は真っ青な顔で走っていき、直ぐに謁見が許された。
半刻ほど待たされてから、殿様らしきものが現れた。顎にちょび髭を携え、痩せた顔は頬骨が目立つ。
「な! 何を言うかっ!!」
麒麟の声が上ずった。
「麒麟は嘘か下手だからな」
葛葉がクスリと笑う。朱雀が小さく溜め息を吐いた。
「麒麟、早う吐け。事が遅れては、また尻叩き程度では済まされぬぞ」
麒麟の顔から血の気が引き、彼は意を決したかのように注がれた酒を一気に飲み干した。ぷはー、と吐いた息は酒臭い。
「……泰親と富子が蘇った。それから……」
晴明の事を話そうとして、ここは一旦止めた。代わりに
「夢路にイタチをけしかけたのも、泰親だ。子供を使って、また何やら企んでおる」
パン! と、激しい音がした。見れば、麒麟の左目の眼帯が吹き飛んで床に落ちている。
「馬鹿者。非常事態ではないか」
蜃の手か赤く腫れた麒麟の右頬をつねり上げた。
「痛い! 痛い! 痛い!」
蜃の右手の甲も、赤くなっている。
「悪い口にはお仕置きだ」
ひいひい言いながら涙目の麒麟を暫く見てから、葛葉は蜃の手を離させた。
「麒麟。この事態、わかっておるな?」
麒麟はヒリヒリ痛みながら、痣になった頬を抑え、板の間の上で蹲っている。
「麒麟!」
「ふあい」
ようやく、蚊の鳴くような声がした。
「葛葉様、今回は麒麟だけの問題じゃないと俺は思います。泰親は、言ってました。人が寄り付かない場所だからこそ、誰にも知られずに子を育てられた。そして、育てられた子が封印を解いたのだと。赤子の頃から、物心付く前から子供は封印を解くためだけに育てられたのだから、その子を責めることは出来ないと俺は思います」
朱雀が麒麟を庇うように申し出た。
「それぞれ祠に、全く近付かんでいたわけではなかろう」
「盆と年末年始に掃除しに行くくらいか」
青龍があっけらかんと答えた。
「その時に気付かんかったのか?」
麒麟はコクリと頷いた。
「そういう術が無いわけではないしなあ……その位の力は持っていたと言う訳か。お前達に破るのは流石に血が足りぬか」
葛葉はそう言うと、突っ伏したままの麒麟の顔を上げさせ、赤く腫れた上に黒く痣になった頬に手を当てた。
ぼんやりと麒麟の頬に心地よい温もりが広がり、痛みも痕も消えた。
「母上、もういい加減に2人を討伐出来ぬものか? 父上もおらぬし」
蜃が少し考えたような表情から、困ったように問い掛けた。葛葉は、この質問が来ることを予想していたかのように苦笑を見せた。
「私も、こうなることは全く予想していなかった訳では無いよ。何度も何度も考えてきた。それが叶うのなら、それでいいと私は思う」
蜃にしろ葛葉にしろ、空気が重い。彼等が蘇る度、封印する度、沢山の人が犠牲になってきた。
「出来るだけ、犠牲者は出したくないものだな」
蜃の呟きに、葛葉はコクリと頷いた。
蜃に殴り飛ばされてから、麒麟は一言も発しなかった。その後すぐ床についたが、メインの部屋は狭い。そのため来客用に用意された離れに、麒麟と青龍、朱雀は泊まった。
「大丈夫?」
朱雀が一応心配して、麒麟に声を掛けた。
「……兄上から、初めて殴られた」
少なからずショックだったのだ。
「歯が折れたし」
「え?」
「抜けはしなかったから、あの時治ったけど」
加えて本気だった事が、余計にショックだった。
子供の頃から、どんなに困らせても怒らせても手は出さなかった蜃に、歯が折れるほど本気で殴り飛ばされてしまった事で、なにやら目が覚めた気すらした。
「やばいんだ」
わざわざ言わなくても、わかっている事だ。
「もっとしっかりしなきゃ」
2人共何も言えなくなって、この晩はそれで寝た。
翌朝になって、何事もなかったかのように蜃が3人を起こしに来た。
5人で朝餉を食べる中、口火を切ったのは麒麟だった。
「昨日、報告しそびれた事がある。九州(この辺り)一体を巻き込む戦が始まると情報が入り、それにが関わる国衆共が分かった。この後、各自国衆に掛け合い、この土地に踏み込ませない、この土地に危害を加えない、要するに国衆共を里の壁にするよう動こうと思っておる」
この後、と聞いて葛葉は朝餉の箸を置いた。少し寂しそうに見える。
「そ、そうか。気をつけるんだぞ。くれぐれも怪我のないよう。あとで、弁当を作って持たせてやるからな。それまで待っておれ」
麒麟はふっと笑って頷いた。
「俺も何か手伝おうか?」
蜃の質問に麒麟はいつもの無表情に戻った(蜃専用)。
「兄上は、里の警護をお願いします。相手が相手だけに、残った者だけじゃ心配だ」
「ああ、何かあったら言霊を飛ばせ」
麒麟達が里を出たのは、それから半刻ほどしてからだった。
*****
麒麟邸の庭から、旬介の激しい声がした。時折、地響きのような音すら響く。
「はは、珍しいな」
初めてじゃないかと思うくらい、稽古に熱中する旬介を見ながら、黄龍は縁側にお茶と饅頭を乗せたお盆を置いた。
「次こそ絶対泣かすし!」
(根に持つなあ)
思わず苦笑いが浮かぶ。見れば旬介の稽古相手をしている藁人形の顔の部分に、墨で顔の描かれた紙が貼られている。彼なりのあの子の似顔絵だったのだが、下手すぎて似ても似つかない。
それがズンと崩れたので、旬介はイライラするように蹴飛ばした。
「少し休憩したら、どうだ? ほら」
黄龍が饅頭をすすめるが、分かっているのがいないのか、見当違いの質問を返してきた。
「母上、父上は何時帰って来ますか?」
「知らん。自分で聞いてみたらよかろ」
「そうします」
旬介が言霊を作った。それは、口から吐き出される煙のような状態から、リアルな鳩へと姿を変える。
「はっ! まだ鳩か」
黄龍の呆れた笑い声に、旬介の顔が真っ赤になった。
「め、目立たないように!」
「じゃあ、鷹を出してみよ…」
「うっ……!」
益々、旬介の顔が赤くなる。今にも泣きそうである。
「もういい、饅頭喰え」
旬介はコクリと頷くと、饅頭を1つ取って一気に頬張った。
旬介の頭に、ふわりと鷹が舞い降りた。言霊なので、痛くも重くもない。
『さあ、どうだろう? 事が終わればさっさと帰るつもりだ』
そう鷹は要件だけ告げると、煙のように消えた。
「何か用でもあるのか?」
「……相手してもらおうかと」
「ほう。私では不服か?」
「そうじゃないけど、母上は厳しいし」
黄龍の眉がピクリと動いた。
「確かに、麒麟はサボり癖があるからな。ああならんように私は鍛えてるつりだったが……そんな言葉が出るとはな」
旬介の顔が青くなった。思わず口を塞いでしまう。
「さて、今からスパルタといこうかな。泣こうが喚こうが、容赦はせんよ」
*****
かこーん……かこーん……
と、獅子落としが鳴っていた。小さいながらも、綺麗に整備された庭園の見える座敷に麒麟はいた。
途中青龍や朱雀と別れ、それぞれが決めた国衆の屋敷へと謁見を申し出ていた。
外の世界は里とは違う。ぴりぴりした空気や、里と比べると険しさすら感じる。世界が違うと、そう思う。
外の世界とまともに触れ合うのは、考えてもみたら今回が初めてかもしれない。生まれた時から里で育った。確かに、幼い頃は狭くカビ臭く今でこそ信じられないような場所で生活していたが、それでもここよりはマシだったと思わせる異様な雰囲気がある。
途中見た孤児や病人、農民、商人。全てが、何処か新鮮に思えると同時に哀れにすら思えた。
国衆の殿様には、無理矢理謁見を通させた。里の者に探らせた情報に加えて、自分の影(式神)に探らせた情報を開示すればちょろいものだった。取り次いだ人間は真っ青な顔で走っていき、直ぐに謁見が許された。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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