【試し読み】天使に縛られて

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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4:悪魔ベルフェゴール

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 ミッシェルは、ベルフェゴールを取り込んだ翌日も寝込んだままだった。
 更に翌日になって体調は回復したようで、ミッシェルの目の中の不気味な炎も、朝には消えていた。
 食事を済ませ、私達はこの村を出ようと思ったのだが、ミッシェルを崇める村人達がそれを許さなかった。
 仕方なくミッシェルと二人話し合い、明日の早朝霧の中、旅立とうと決めた。
 それで、今日のうちに色々確認した方が良いと私が提案したので、ミッシェルが女将さんに頼んで地図を買った。
 地図の見方よくわからなかったけれど、ミッシェルが色々教えてくれた。
 ミッシェルは、メタトロンに旅をする為の知恵をも与えられていて、何処で習った訳では無いけれど、これはメタトロンが必要であるから与えたのだと言っていた。
 私が以前、巡礼の彼女と旅をしていた時、彼女は地図を読めなかった。地図というか、字が読めなかったので仕方がないと思う。
 ミッシェルに地図の読みを習って、私はとても驚いたのだ。
 巡礼の彼女と旅を繰り返していた道順は、モン・サン・ミッシェルに向かうどころか、遠ざかっていた。更には、散々回り道をし、見当違いの場所を転々としていたのだ。
 ミッシェルは言った。
「少し、回り道をしながら向かいたいのだけれど」
 地図を指しながら辿る彼の描いた道順は、フランスをぐるりとする長い旅だった。
 私に、モン・サン・ミッシェルへの道を急ぐ必要などない。
 それより、まだまだ彼と旅しながら、知らない世界を見て回れる好奇心の方が先立っていた。
「ねえ、ミッシェル。私に、字を教えて欲しいの。それから、これから生きていくのに大切なこと。色々知りたいわ」
 ミッシェルは、少し困ったように言った。
「レヴィが望むなら、字を教えるのはいい。けど、生きていくのに必要な事とは何かな?」
 そう言ったものの、抽象的過ぎて、自分でもよくわからなかった。
「なんだろう。メタトロンが貴方に与えた知識が、きっとそうなんだと思うわ」
 ミッシェルは頷き、言った。
「俺はレヴィから教わらなきゃいけないのに、何だか変だな」
「変じゃないわ。だって、貴方は大人だし、私は子供なのよ。子供が大人に教わるのが普通なんだから」
「へえ。なら、本当は俺がレヴィに教えなければならないのか」
 私は、何だか急に切なくなった。
 今まで張っていた気が、急に緩んだのかもしれない。それに、どんなに気を張ろうが強がろうが、あの頃の私は甘えたい盛りの子供だったのだ。甘えられる大人が居るなら甘えたくて当然だったろう。
「レヴィ?」
 私は、なんとなくミッシェルに抱きついた。彼は何も言わずに、いつもみたいに私を抱き締め、背中をトントンとするのだ。
「こんな子供に、何を教わるの?」
「上手く言えないけれど、色々教わっている気がするよ」
「よくわからないわ」
「俺もわからないよ」
「何よそれ」
 私はミッシェルの膝の上に座り直すと、開いた地図の文字を順に指差した。
「ミッシェル、これはなんて読むの?」
 ミッシェルは、なんの躊躇いもなく教えてくれる。
「パリだよ」
「これは?」
「ルーアンだ」
「私、もっともっと色々知りたいの。ただ、モン・サン・ミッシェルへ向かうだけじゃなくて」
「そうか」
 ミッシェルは、私の話を黙って聞いてくれた。今まで話したくても話せなかった事だった。
「私ね、本当はモン・サン・ミッシェルなんてどうでもいいのもしれないわ。何度も独りぼっちになって、どうしていいかわからなくて、ただ目的が欲しかっただけなの」
「レヴィは、モン・サン・ミッシェルに行かなくてもいいのかい?」
 私は首を左右に振った。
「私を娘のように可愛がってくれていた人が居たの。ペストで死んでしまったわ。その人の為に行かなきゃ。それに、私の為に死んだ両親の為にも。死んだ母さんが言ってた。私のこの力は、きっと意味があるんだって。辛いだろうけど、その意味を全うしなきゃいけないのよ」
「レヴィは、難しい事を言うね。俺は、悪魔を全て回収しなければいけないらしい。だから、悪魔が居る場所に引き寄せられるんだそうだ」
 ミッシェルが地図で、先程彼の示したルートの、現在地から少し離れた場所を指差して止めた。
「ここに悪魔が居るみたい」
「何故わかるの?」
 私がミッシェルの膝の上で、彼の腕の中で、彼の顔を見上げた時だった。
「よく見てごらん?」
 ミッシェルがそう言った……と思ったのだか、そう優しく諭したのは、ミッシェルではなくメタトロンだったかもしれない。
 再び地図の上に視線を落とすと、ミッシェルの指差す場所にメタトロンの羽根が刺さっていた。彼は私が見たのを確認すると、羽根を抜いて私に渡した。羽根は軽くて暖かく、ふわふわでキラキラと輝いて見える。この世では、見ることの出来ない羽根だとわかる。
「綺麗」
 私はうっとりとした。
「俺からのプレゼント。レヴィに祝福を与えてくれる羽根だよ」

 私は、モン・サン・ミッシェルに来てからというもの、今は姿なきミッシェルの姿を追い求め、天使や悪魔を手当り次第に調べ続けた事があったのです。
 その中で、堕天した天使の話をいくつか知りました。
 彼等の中に、人に憧れ、人との交流に憧れ堕天した天使がいくつもいたのです。
 そんな堕天使達も、ミッシェルも私も。きっと、この上なく寂しかったのでしょう。
 私がミッシェルに心を開いた時、彼はどれ程に嬉しかったのでしょうか。
 天使メタトロンの羽根を与えるくらい、人に与えてはいけないのに、与えたら罪が増えるだけなのに、それでもミッシェルは私にその羽根をくれたのです。
 私は、その羽根を今でも生涯の宝物として隠し持っています。私が天に旅立つ時が来たら、それを胸に抱いて眠るつもりでいます。
 そうすれば、きっとまたミッシェルに逢えると信じていますから。
 けれど、その時の私はきっとおばあちゃんになっているでしょうね。彼は私を、あの時共に旅をした子供のレヴィだと気付いてくれるでしょうか。
 少し、心配です。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

クロナン
2025.06.21 クロナン

少しずつ芽生えていく感情‥ これからミッシェルがどんな表情をしていくのか気になりますね。

2025.06.21 鞍馬 榊音(くらま しおん)

感想ありがとうございます。
ミッシェルの生まれ持った人間らしさがどのようになるのか、見届けていただければ幸いです。

解除
凪
2025.05.21

好きな感じの西洋ファンタジー!!
読んでいる間、登場人物や街並み、建造物などイメージが脳内で爆発しました!
続きが気になる作品でした!

2025.06.21 鞍馬 榊音(くらま しおん)

感想ありがとうございます。
実際の史実を交えながら、物語は進んでいきます。
この先も楽しんでいただければ幸いです。

解除

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