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揃った、揃った
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ゲゲゲの門をくぐると、懐かしい顔が迎えてくれた。
幼い頃から一番世話を妬いてくれていた兄弟子の洋司(ようじ)だった。
「おかえり、寒かったでしょ」
と、優しい声がして姫弥の顔が綻んだ。
「ただいま」
「迎えに行ったのに。携帯の充電切れちゃった?」
姫弥は、ちょっと照れたように答えた。
「久しぶりだったから、少し歩きたくて」
「そうかい」
忘れていた居心地の良さと安堵を、姫弥は感じていた。
「それより、兄さんも参加するの?」
「ああ、俺は参加しないよ。もう皆揃っているから、準備しておいで。以前の部屋は覚えているね」
姫弥は頷くと、以前あてがわれていた部屋に足早に向かった。
部屋に入ると、布団とその上に衣装が置いてあった。
これを着ろと言うことか。
中国の漢服にも似た和服の道着だった。
確か、兄さん達が仕事に出掛ける時にこれを着ていたのを思い出した。
「姫弥様、ご準備の程は?」
襖越しに透き通った女性の声がした。人ならざるものの聞き慣れた声だった。
「狐(こん)姉ちゃん、手伝ってくれる?」
手を触れることも無く、スッと襖が開いた。
狐の面のような顔をした女性が、正座姿で一礼すると立ち上がり、姫弥の着付けを始めた。
「相変わらずでございますね。もう主人と変わらぬ立場なのですから、私を姉呼ばわりするのはよしてくださいな」
姫弥は苦笑した。
「久しぶりなのに随分だね」
「仙月(シェンユェ)様にはお会いになられました?」
「誰? 中国人?」
狐の手が止まった。その瞬間、空気が張り詰めた。
「では、私の事は覚えておられますか?」
「勿論」
「では、私がどなたの使い魔かも?」
そう言われた時、一瞬にして姫弥の記憶に、顔が塗りつぶされた女の子が過ぎった。フラッシュバックのように何枚も繰り返された画像のような記憶は、思い出とも言い難いモノクロで、その隣の女の子の顔はいつも黒く塗りつぶされている。
「そう、思い詰めないでください」
狐は、寂しそうに姫弥の頭を撫でた。
「あの……」
「さあ、行きましょう。皆さん、お待ちです」
姫弥が記憶の女の子について狐に聞こうとしたのだが、それは狐によって遮られてしまった。
部屋を出ると、洋司が丁度迎えに来たところだった。
「相変わらず、仙月は君に甘いね。わざわざ、狐を寄越すなんて」
洋司は、ふふっと笑った。
「あの、仙月って……」
「さあ、始まるから行こう」
洋司が都合の悪い事をはぐらかすのが上手いのは、昔からだ。やっぱり、今回もはぐらかされてしまった。
合わせて、今説明してる時間が無いのは本当なのかもしれないが。
とりあえず、姫弥はいつの間にか消えてしまった狐の代わりに、洋司について皆の集まる部屋へ向かった。
洋司を先頭に大広間の襖を開けると、大婆様を角にして、全員が向かい合わせに座っていた。
大婆様の近くに奥様と現当主様、そしてその隣に洋司が座り、その向かいに姉弟子が座っていた。
更に今回の候補者であろうか、姫弥と同じ道着を来た男が3人座っていた。
全員が姫弥に向かって座り直すと深く礼をしたので、姫弥は立ったまま深く礼を返した。
「暫くぶりだね。元気だったかい?」
現当主様が、姫弥に声をかけた。
「はい、お陰様で」
「ちゃんと霊力は、練っていたようだ」
「はい、鍛錬は怠っておりませんでした」
現当主様は、頷くと姫弥を空いている場所に座るように促した。
席に着き、改めて見渡すと、今回呼ばれた他の3人の年齢はバラバラである。
30代、20代、この2人は姫弥も知らない。残りの1人は同じくらいの年で覚えがある。表情が思わず歪んだのを、奥様は見落とさなかった。咳払いの後、声をあげた。
「さあ、仙月入ってらっしゃい」
シャン…… シャン……
と、澄んだ銀の鈴の音色が足跡と共に響いた。
やはり誰も手を触れていない襖がスッと開くと、その向こうに中国映画でよく見るような真っ赤な衣装を纏った娘が顔を伏せて立っていた。
ゆっくり顔を上げると、これまた中国映画で見るような猿の面を付けていた。
「今宵はお集まりくださり、ありがとうございます。仙月です。名はこの神酒家を作りました、仙女様に由来します。日本名はセンキ。お好きな方でお呼びくださいまし」
仙月が大婆様の隣に座ると、現当主様が続けた。
「日本の陰陽と中国の道教に由来する、少しばかり特殊な家系が神酒家だ。だが現代において、いつまで守り続ける必要があるのか。そんな話を大婆様としていたのは事実である。ただ、生まれ持った特殊な力を持て余し、悩み、訪れてくれる者はいつの時代も変わらない。その者がいなくなるまでは、この家を守れるだけ守ろうと決めた」
姫弥にとってこの家が安らげる場所であるのは事実だ。けれど、当主様の言いたい事もわかる。妖怪も怪異も、現代になってはオカルト好きの為の単なるファンタジーなのだ。
「本題に入ろうか。皆に集まって貰ったのはこの仙月の婿になってもらう者を決めることだ。仙月の婿になることで、私に代わってその者が当主となる訳だ」
姫弥の嫌いな奴が、スッと手を挙げた。
「仙月さんは、何故猿の面を?」
仙月と当主が顔を合わせると、それに仙月が答えた。
「婿となる方々の前で、このような姿を失礼いたしましたのは、皆様を驚かせないためです。面を外しますが、どうか取り乱される事なきよう」
仙月が俯き、猿の面を丁寧に外した。
姫弥には、仙月の指先が少し震えているように見えた。
仙月の猿の面が外され、彼女の顔がゆっくりあげられる。
質問した男嫌いな男と20代の男が無言で席を立った。
部屋から出ようとしたところを、奥様が声をかけた。
「ご辞退でしょうか?」
20代の男が先に答えた。
「いえ、少し落ち着いたら戻ってきます」
「俺も」
「そうですか」
姫弥は、仙月の顔に釘付けになっていた。気付けば身を乗り出して近付いていたのか
「姫弥、近いよ」
と、大婆様に注意され、顔を真っ赤にして座り直した。
「これは、何かの呪いでしょうか?」
30代の男が、聞にくい事を聞いた。
仙月は頷き、猿の面を付け直した。
「貴方には、どう見えますか?」
仙月が問い返した。
「私には、貴方の顔が黒い空洞のように見えます」
「では、姫弥は?」
急に聞かれてハッとした。
「マジックでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたような?」
「では、あと2人にはどのように見えたのでしょう」
仙月の声が、面の向こうから寂しく聞こえた。
暫くすると、2人揃って戻ってきた。
「では皆様が揃われた所で、私の話をしましょう」
幼い頃から一番世話を妬いてくれていた兄弟子の洋司(ようじ)だった。
「おかえり、寒かったでしょ」
と、優しい声がして姫弥の顔が綻んだ。
「ただいま」
「迎えに行ったのに。携帯の充電切れちゃった?」
姫弥は、ちょっと照れたように答えた。
「久しぶりだったから、少し歩きたくて」
「そうかい」
忘れていた居心地の良さと安堵を、姫弥は感じていた。
「それより、兄さんも参加するの?」
「ああ、俺は参加しないよ。もう皆揃っているから、準備しておいで。以前の部屋は覚えているね」
姫弥は頷くと、以前あてがわれていた部屋に足早に向かった。
部屋に入ると、布団とその上に衣装が置いてあった。
これを着ろと言うことか。
中国の漢服にも似た和服の道着だった。
確か、兄さん達が仕事に出掛ける時にこれを着ていたのを思い出した。
「姫弥様、ご準備の程は?」
襖越しに透き通った女性の声がした。人ならざるものの聞き慣れた声だった。
「狐(こん)姉ちゃん、手伝ってくれる?」
手を触れることも無く、スッと襖が開いた。
狐の面のような顔をした女性が、正座姿で一礼すると立ち上がり、姫弥の着付けを始めた。
「相変わらずでございますね。もう主人と変わらぬ立場なのですから、私を姉呼ばわりするのはよしてくださいな」
姫弥は苦笑した。
「久しぶりなのに随分だね」
「仙月(シェンユェ)様にはお会いになられました?」
「誰? 中国人?」
狐の手が止まった。その瞬間、空気が張り詰めた。
「では、私の事は覚えておられますか?」
「勿論」
「では、私がどなたの使い魔かも?」
そう言われた時、一瞬にして姫弥の記憶に、顔が塗りつぶされた女の子が過ぎった。フラッシュバックのように何枚も繰り返された画像のような記憶は、思い出とも言い難いモノクロで、その隣の女の子の顔はいつも黒く塗りつぶされている。
「そう、思い詰めないでください」
狐は、寂しそうに姫弥の頭を撫でた。
「あの……」
「さあ、行きましょう。皆さん、お待ちです」
姫弥が記憶の女の子について狐に聞こうとしたのだが、それは狐によって遮られてしまった。
部屋を出ると、洋司が丁度迎えに来たところだった。
「相変わらず、仙月は君に甘いね。わざわざ、狐を寄越すなんて」
洋司は、ふふっと笑った。
「あの、仙月って……」
「さあ、始まるから行こう」
洋司が都合の悪い事をはぐらかすのが上手いのは、昔からだ。やっぱり、今回もはぐらかされてしまった。
合わせて、今説明してる時間が無いのは本当なのかもしれないが。
とりあえず、姫弥はいつの間にか消えてしまった狐の代わりに、洋司について皆の集まる部屋へ向かった。
洋司を先頭に大広間の襖を開けると、大婆様を角にして、全員が向かい合わせに座っていた。
大婆様の近くに奥様と現当主様、そしてその隣に洋司が座り、その向かいに姉弟子が座っていた。
更に今回の候補者であろうか、姫弥と同じ道着を来た男が3人座っていた。
全員が姫弥に向かって座り直すと深く礼をしたので、姫弥は立ったまま深く礼を返した。
「暫くぶりだね。元気だったかい?」
現当主様が、姫弥に声をかけた。
「はい、お陰様で」
「ちゃんと霊力は、練っていたようだ」
「はい、鍛錬は怠っておりませんでした」
現当主様は、頷くと姫弥を空いている場所に座るように促した。
席に着き、改めて見渡すと、今回呼ばれた他の3人の年齢はバラバラである。
30代、20代、この2人は姫弥も知らない。残りの1人は同じくらいの年で覚えがある。表情が思わず歪んだのを、奥様は見落とさなかった。咳払いの後、声をあげた。
「さあ、仙月入ってらっしゃい」
シャン…… シャン……
と、澄んだ銀の鈴の音色が足跡と共に響いた。
やはり誰も手を触れていない襖がスッと開くと、その向こうに中国映画でよく見るような真っ赤な衣装を纏った娘が顔を伏せて立っていた。
ゆっくり顔を上げると、これまた中国映画で見るような猿の面を付けていた。
「今宵はお集まりくださり、ありがとうございます。仙月です。名はこの神酒家を作りました、仙女様に由来します。日本名はセンキ。お好きな方でお呼びくださいまし」
仙月が大婆様の隣に座ると、現当主様が続けた。
「日本の陰陽と中国の道教に由来する、少しばかり特殊な家系が神酒家だ。だが現代において、いつまで守り続ける必要があるのか。そんな話を大婆様としていたのは事実である。ただ、生まれ持った特殊な力を持て余し、悩み、訪れてくれる者はいつの時代も変わらない。その者がいなくなるまでは、この家を守れるだけ守ろうと決めた」
姫弥にとってこの家が安らげる場所であるのは事実だ。けれど、当主様の言いたい事もわかる。妖怪も怪異も、現代になってはオカルト好きの為の単なるファンタジーなのだ。
「本題に入ろうか。皆に集まって貰ったのはこの仙月の婿になってもらう者を決めることだ。仙月の婿になることで、私に代わってその者が当主となる訳だ」
姫弥の嫌いな奴が、スッと手を挙げた。
「仙月さんは、何故猿の面を?」
仙月と当主が顔を合わせると、それに仙月が答えた。
「婿となる方々の前で、このような姿を失礼いたしましたのは、皆様を驚かせないためです。面を外しますが、どうか取り乱される事なきよう」
仙月が俯き、猿の面を丁寧に外した。
姫弥には、仙月の指先が少し震えているように見えた。
仙月の猿の面が外され、彼女の顔がゆっくりあげられる。
質問した男嫌いな男と20代の男が無言で席を立った。
部屋から出ようとしたところを、奥様が声をかけた。
「ご辞退でしょうか?」
20代の男が先に答えた。
「いえ、少し落ち着いたら戻ってきます」
「俺も」
「そうですか」
姫弥は、仙月の顔に釘付けになっていた。気付けば身を乗り出して近付いていたのか
「姫弥、近いよ」
と、大婆様に注意され、顔を真っ赤にして座り直した。
「これは、何かの呪いでしょうか?」
30代の男が、聞にくい事を聞いた。
仙月は頷き、猿の面を付け直した。
「貴方には、どう見えますか?」
仙月が問い返した。
「私には、貴方の顔が黒い空洞のように見えます」
「では、姫弥は?」
急に聞かれてハッとした。
「マジックでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたような?」
「では、あと2人にはどのように見えたのでしょう」
仙月の声が、面の向こうから寂しく聞こえた。
暫くすると、2人揃って戻ってきた。
「では皆様が揃われた所で、私の話をしましょう」
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