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第21話
サンドイッチやナポリサンドを乗せたお皿と、紅茶のセットをトレイに乗せ、一人でアレク様の書斎へと向かう。
サラはというと、「お邪魔になってはいけませんから」とウインクをした後、厨房前の廊下で手を振ってきた。ちなみに、その横でポールもいい笑顔で手を振っていた。
なので、ここまで一人で来た訳だが……。
「ふぅ……」
書斎の扉の前に着き、私は一つ息を吐いた。
スッと息を吸い、片手を上げる。
そして、ノックをしようと、その手を振り下ろそうとした瞬間のこと。
(そういえば、アレク様と二人きりになるのは、初めてではないかしら?)
ふと、そのことが頭を過った。
朝食の際もジルやサラが側にいるし、護身術を習う時やダンスの練習の時も誰かしらが側にいる。でも、この部屋の中では……?
アレク様は普段、特別な用がない限り人払いをされていると聞いた。そして今現在も、お一人で仕事をされている筈である。
(……どうしよう、……なんか緊張してきた)
早くなりだした心臓の鼓動に焦るが、だからと言ってここにずっと立っている訳にもいかない。
(だ、大丈夫よ。お仕事を頑張ってらっしゃるアレク様に差し入れをするだけだわ。大丈夫、大丈夫)
何がどう大丈夫なのかは分からないが、私は気持ちを落ち着けるためにとりあえず自分にそう言い聞かせると、一つ深呼吸をした。
握る手に、もう一度力を入れる。
……コンコン。
「……誰だ?」
「アレク様、マリアンヌです。入ってもよろしいでしょ…
ガチャリッ
アレク様の声に返事をする途中、言葉を言い終わる前に扉が開いた。次いで、驚いた様子のアレク様が顔を見せる。
「マリー? どうしたんだ? 何かあった?」
「い、いいえ! あの、そろそろ休憩をとられないかなと思いまして。軽く食べられそうな物をお持ちしたんです……」
そう言ってトレイを少し持ち上げれば、アレク様は面食らったような表情でそれを見た。
「え、あ、ああ。そうだったんだね。……ありがとう。ちょうど腹が減ったなと思っていたところだったんだ。……入って」
すこし微笑んでから扉を大きく開き、招き入れてくれるアレク様。
「では、……失礼します」
促されて部屋に入ると、そこには、重厚でシンプルな、仕事をするためだけの空間が広がっていた。
応接用だろう、右側には二人掛けのソファがテーブルを挟んで二脚置いてあり、そして左側には大きめの書斎机が置いてあった。机の上には、書類や資料用と思われる本が整えられて置いてある。その机の後ろの大きな本棚は、びっしりと本で埋まっていた。
「さあ、そこに座って」
アレク様からソファに掛けるよう促された。
テーブルにトレイを置き、紅茶の用意をしようとティーカップに手を伸ばしたところでアレク様が横に座る。
……たしかに、二人で並んで座っても十分な余裕のある大きいソファだ。だが、正直、横に来られるとは思っていなかった。
心臓がドキリと跳ね、横でアレク様が私の動きを見ていると思うと緊張して手が震えそうになる。しかし、そこをなんとか堪えて私は紅茶を淹れた。
「どうぞ」
「ありがとう。ああ、いい香りだ。マリーは紅茶を淹れるのも上手なんだね」
笑顔でアレク様に紅茶を出すと、アレク様もふわりと微笑んで褒めてくださった。
「甘いものにしようかとも悩んだのですが。男性ならもう少しボリュームのあるほうがいいかと思いまして、サンドイッチにしましたの。お口に合うといいのですけれど……」
「ん、いや、どれも美味しそうだ。さっそくいただこう」
本当にお腹が空いていたのだろう。アレク様はそう言うと、次々とサンドイッチを食べていく。
「……ああ、これ好きだな。……うん。これも美味い」
さすが騎士団を率いる男性と言ったところか。
その細身の体型に反して、サンドイッチはペロリと完食されてしまった。
「ところで、これは? 初めて見る……サンドイッチ? だね?」
アレク様がナポリサンドを指差して聞いてきた。
「えっと、それは、ナポリサンドといいまして、……私が作りましたの」
「ナポリサンド? ……名前も初めて聞くな。でも、これも美味しそうだ。いただくよ」
アレク様がナポリサンドを一口食べる。
「……美味い。マリー、これ美味しいよ。でも、なんだろう? 初めて食べるはずなのに、どこか……懐かしいような……?」
そう言いつつ、これまた次々にナポリサンドを食べ進めるアレク様。ナポリサンドもまた、あっという間に完食されてしまったのだった。
「うん。気に入った! また作ってくれないか?」
「もちろんですわ」
私が笑顔で答えると、アレク様は満足そうに頷いて紅茶を飲み干した。
「マリー、ありがとう。君のおかげで腹も満たされたし、元気も出たよ」
そして、膝の上に置いていた私の手をポンポンと優しく叩きながらそう言ってくれる。
――その笑顔と、その手の温もりが優しくて。
私は、そのアレク様の手を、キュッと両手で握り返した。
「……いいえ、アレク様。お礼を言うのは私のほうですわ」
初めてダンス踊ったあの日から。この手に感じた温かさ、優しさ、そして、この上ない頼もしさは今尚変わらない。
「アレク様。今日に限らず、お忙しいのにいつも私の事を気にかけてくださって、ありがとうございます。……正直に申し上げますと、私、以前は貴族の令嬢として愛のない結婚を命ぜられても吝かではないと思っておりましたの。それが私の役目だからと。でも、実際に婚約が決まりこの屋敷へ来た時は、……情けないことに、不安でいっぱいだったのです。
しかし、アレク様はそんな私にお花を用意してくださり、私を護ってくださると、愛してくださるとおっしゃいました。そしてその言葉通りに優しく私に歩み寄り、寄り添ってくださっていますわ」
手を握り、じっと見つめる先。グレーの瞳が私を見つめる。
「……アレク様。私、今、本当に幸せですの。私を選んでくださって、本当にありがとうございます。今更かもしれませんが、……心からお慕いしております。これからもお側に置いてくださいませ」
そう言って頭を下げた後に顔を上げると、その瞳は、驚いたように見開かれていた。
アレク様の手がゆっくり伸びてくる。
そのまま、ゆっくりと。
まるで私の存在を確かめるように抱き締められた。
ギュッとされているのに苦しくないところが、なんとなくアレク様らしくて、無性に愛しさを感じて涙が出そうになる。
(……アレク様……)
私も背中に腕を回すと、一瞬、彼の体が震えたのを感じた。
「おかしな事を言うかもしれないが、私はずっと前から君を探していた気がするんだ。……幼い頃から、心に大きな穴が空いているような気がしてずっと苦しかった。でも、嗚呼、苦しかったけど、……諦めなくて良かった。君が腕の中にいるというだけで、こんなに満たされた気持ちになるなんて。本当に……」
言葉と同時、更にキュッと腕が締まる。
温かい腕の中、その温もりが何故かとても懐かしくて。とてもとても愛おしくて、切なくて。
「マリー、私からもお礼を言わせて。……婚約を受けてくれて、ありがとう。私は、これからもずっと君を護り続けるよ。必ず、ずっと。だから、これから先も側にいてほしい。…………愛してる。マリー」
その言葉に、私の涙は溢れ零れた。
――アレク様の体が少し離れる。
顔にかかっている髪を優しく耳に掛けられた。
顎にアレク様の指が添えられ、その指に促されるまま顔を少し上げる。すると、息がかかりそうな距離にアレク様の顔があって。
私は自然と、目を閉じたのだった――。
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