処刑予定の悪役令嬢ですが、全世界のイケメンが味方です!

暦灯花(こよみとうか)

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第9話「処刑前夜と、五人目の来訪者」

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処刑まで、あと一日。

王都セレフィアの空は、重く、深く、まるで世界そのものが息を潜めているようだった。
そして、断罪の塔の最上階。
クラリス=ヴァルモンは、最後の夜を迎えていた。

石造りの床。鎖の付いた寝台。
だがその瞳は、怯えることも、嘆くこともなかった。

「……意外と、退屈しないものね。
 処刑を待つ夜だというのに、次から次へとお客様が訪ねてくるのだから」

先日訪れた忠義の騎士。
沈黙の刃を振るう暗殺者。
法を以って真実を掘り起こす宰相補佐。
そして王都を揺るがす若き商会長。

彼らは皆、“クラリス”という一人の女を中心に、静かに、だが確実に繋がっていた。

 

そんな彼女の前に、この夜――“五人目の男”が現れる。

扉が軋み、細身の青年が、影のように立った。

「……久しぶりですね、クラリス様」

その声に、クラリスはゆっくりと顔を上げた。

「……あなた、まさか」

柔らかな笑み。中性的な整った顔立ち。
黒髪の中に僅かに光る青いピアス。

「……カイル=ファーランド。学園で私に“付き従っていた”モブ貴族の坊ちゃん、だったかしら?」

「モブとは、少しだけ失礼では?」

「いいえ。貴族の子息として生まれながら、政治にも軍にも向かず、目立たず、空気のように生きていた。
 そんな貴方が、なぜこの塔に?」

 

カイルは、黙って懐から一枚の書状を取り出した。
それは――「処刑撤回の請願書」。

「……貴族院所属の若手議員たちの署名です。
 今朝までに、三十八名。全員、“クラリス様の無罪を信じる”と書きました」

クラリスの目が、ほんの少しだけ見開かれた。

「……どうして?」

「私の家は、貴女の家に仕える名ばかりの分家です。
 でも、クラリス様がまだ少女だったころ、私の母が病に倒れたとき……
 見返りもなく、特別な薬を送ってくださった。あのとき、私たちは救われました」

 

クラリスは言葉を失い、ただ静かに目を伏せる。

「私の、そんな些細な行いが……今、あなたをここに?」

「“些細”かどうかは、受け取った側が決めることです。
 私には、あれが“人生を変える恩”でした。
 だから、今度は私の番です」

そう言って、カイルは頭を下げた。

「遅くなりました。ですが私も、貴女の味方です。
 処刑場には参ります。“味方の一人”として、目を逸らさず見届けます」

 

夜風が窓から吹き込む。

クラリスは、しばし沈黙した後、小さく笑った。

「……ありがとう、カイル。
 あなたのような“空気”が、今はとても、あたたかい」

 

それは、ほんのひとときの優しい灯火。

だがその温もりは、確かに彼女の胸に届いていた。

処刑予定の“悪役令嬢”を救おうとする者たちは、もう一握りではなかった。
それは、“全世界の味方”が育ち始めた証でもあった。

 

そして――

夜明けが近づく。
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