扉を開けてはいないから

藤雪たすく

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共に歩む幸せな時

幸せな時間

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モルテさんから魔力を安定させる方法を習うけど……感覚的な話しかされず、なかなか上手く地に足が着かない。

ご飯を用意するのも、常にライさんに支えて貰っていないと出来ないので、聖女の力を身に付けても、まだまだ迷惑を掛け続けてしまっている。

「いや、具現化魔法を使えるなら出来上がった料理をそのまま出せば良いんじゃないの?」

モルテさんのツッコミはもっともだけど。

「作るって過程が、その……大切かと」

ライさんの為に料理を作っているという行為が好きだ……何よりも、側に居てくれるから一緒に作ってくれたりして、幸せな時間だったりする訳で……。

「御園君とこうやって一緒に料理をしているって時間が楽しいし、大切な時間なんだよ。何もしていないんだからモルテは黙ってろ」

ライさんに睨まれて、モルテさんは肩を竦めると呆れ顔で台所を出て行った。

同じ時間を同じ様に大切に感じてくれている事が嬉しくて、低空で落ち着いていた体がまた浮き上がり始めて、慌ててライさんの肩ベルトを掴んだ。

「大丈夫?」

浮き上がった体をライさんの手が引き寄せてくれる。

「すみません」

嬉しくなって体が浮き上がるとか、心の中が丸見えになっているみたいで恥ずかしい。

「御園君はあまり顔に出ないから心が読みにくいと思っていたから、こんな素直に好きを表現してくれて嬉しい」

引き寄せられたまま軽く唇を合わせられ、ふわりとライさんの体ごと浮き上がった。

「っと!!御園君の魔力が上がってるのかな?」

咄嗟にシンクを掴んだライさんに体を支えられた。
この世界の重力がどうなっているのかわからないけれど、逆さになってしまっても服が捲れないのは助かる。
聖女の正装?的な服は全てがヒラヒラしているので捲れるとみっともない姿を晒してしまう事になる。

「俺、魔力が上がってるんですか?」

「ずっと全力開放し続けてるから、常に鍛錬中みたいな感じなのかな?」

魔力が尽きれば普通に歩ける様になると思ったのに、枯れるどころか増量されるとは……掴んでいたライさんの肩ベルトから手を離すと、浮き上がった体は天井に張り付いた。
ここのところずっと床よりも天井を歩いている気がする。

こうなってしまっては手伝いできないので、上からライさんに指示を出すぐらいしか出来ないので、大人しくスープ用の野菜を刻んでいくその背中を眺めていると、好きだなって気持ちが込み上げてくる。

最初のうちは結構ひどい態度だったと思うけど、それでもライさんはずっと優しく接していてくれた。自分の身を犠牲にしてまでも俺を扉から守ろうとしてくれた。
どうしてそこまでしてくれたのか、俺がライさんの感情を取り戻すきっかけになったって、ライさんは言うけど、俺の何がライさんの感情に触れたのか、よくわからない。

ただ……。
ただ、ライさんにだけは嫌われたくないと願う。

誰にも嫌われたくないと思っていたあの気持ちとは違う。他の誰に嫌われても良いから、ただ一人だけの愛情が欲しい……雑賀君に抱いていた気持ちすら、あれだけ苦しんできた気持ちすら……恋にまでは育ってなかったんだとライさんを好きになって知った。

身勝手な思いが暴走してしまいそうなぐらいライさんが好き……その大好きな背中にぎゅっとしがみついた。

「御園君?」

困った様なライさんの声に埋めていた顔を上げると、俺が下に降りているのではなく、ライさんが天井まで引き上げられていた。

「手を触れていなくても浮かび上がらせられるようになったんだね。御園君の成長がめざましいね」

頭をぽんぽんと叩かれて……どうやら俺がライさんの体を引き寄せたらしい。あんなに魔法が使えずに悩んでいたのに今度は無意識の内に何でも魔法を使ってしまって、これはこれでかなり困る。

「欲しただけで勝手に魔法が働いちゃうって……これって結構危険ですよね。早く何とかしないと」

お店を見ていて欲しいなと思っただけで無意識に盗んじゃうって事だよね。
嫌な事があって喧嘩した時、そんなつもりなくても相手を傷つけてしまう恐れだってある。

真面目に悩んでいるんだけど、ライさんはにこにこ笑いながら顔中にキスの雨。

「あの、ライさん?今はそう言う場合では……」

早く下に降りる方法を探さないと……頼みの綱だったライさんまで浮かび上がらせてしまうなんて、このままでは二人でどこまで飛んで行ってしまうことやら。

「俺を欲してるなんて可愛い事を御園君が言ってくれるから」

ライさんに指摘され、ようやく自分が恥ずかしい事を口走ったのだと言う事に気づいた。
ライさんに触れ合いたいって思ったの全部伝わってしまうのか……こんな恥ずかしいの、もっともっとモルテさんに魔力制御の方法を指導してもらわないと……台所の入り口では『早く飯を作れ』と言わんばかりの目でモルテさんがこちらを睨んでいた。
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