ただ愛されたいと願う

藤雪たすく

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愛したいと願う

小さく贅沢な夢

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幼い頃から両親は仕事が不規則で、祖父母と過ごす事の方が多かった。

祖父母はとても仲が良かった。

アルファの祖父とオメガの祖母、いつも2人で微笑み合っていて……二人の間にだけ流れる、穏やかな空気が好きだった。

俺もいつか2人の様に穏やかな時を過ごせる番をみつけたい。
ささやかな……そして切なる、夢だった。

ーーーーーー

高校になって16歳の誕生日を迎え、ドキドキと期待に胸を弾ませながら参加した、初めての『縁の顔合わせ会』で俺は……そのささやかな夢が、とても大それた夢であった事を知った。

会場に入った瞬間、息苦しさを感じて咳き込んだ。

飲み物を飲んでも喉はすっきりしない。

「大丈夫ですか?」

咳を続ける俺を心配して一人のオメガの子が飲み物を差し出してくれた。

ありがとうと受け取ろうとして、彼から発する香りを吸い込んだ途端、喉が閉じた様な圧迫感を感じてヤバいと外に飛び出した。

外の空気を吸い込み深呼吸すると息苦しさも消えていった。

何だったんだろう……?

喉に触れてみるがもう何もおかしなところは無い。

「あの……」

声を掛けられ先程のオメガの子が駆け寄って来た。

「もう少しお話をさせていただきたいと思って……」

キラキラとした瞳で見上げられた瞬間、またグッと喉を締められた様に喉が詰まった。

息が……出来ない……。

ゼーゼーと絞り出す様に呼吸をして蹲る俺にオメガの子が心配して背中に手を添えて覗き込んでくる。

「大丈夫ですか!?先生を……」

間近で嗅ぐオメガの匂い……グルグルと胃を掻き回されて……俺は吐瀉した。
優しいオメガの子は俺を介抱してくれようとするが……もう原因は彼の発するフェロモンだとなんとなく感じていた。

「……君の……匂いが……離れて……」

泣き出しそうな……心から傷ついた顔だった。

それでも彼は唇を噛み締めると「先生を呼んできます」と走っていった。

もう少し違う言い方もあったはずだ。
しかし彼を気遣う余裕も無く……ただこの苦しみから逃げる事しか考えられなかった。


保健医に運ばれながら……廊下の隅で泣いている彼の姿を見てしまった。
優しい、優しいオメガの子。

その後ろから近づくアルファ……。

……あのアルファがあの子の心を癒してくれる事を切に願った。

ーーーーーー

病院へ運ぶという保健医の言葉を頑に断った。

その後も学校で何度も病院へ行く様に打診された。保健医の先輩で信頼出来る人がいるからと……。

あの場を離れてからは全く症状は出ていない。

オメガのフェロモンが原因だと、もう自分でわかっているから、オメガに近づかなければいいだけの事。

それだけで良いじゃないか。

こんなアルファ聞いた事が無い、聞いた事が無いという事は、治す術も誰もわからないという事だろう。

大体……オメガのフェロモン自体が何の解明もされていないのに……俺に実験動物になれと言うのか?

無意味にアルファとして不能ですと公言しろと?

冗談じゃない。

自分の中で処理するだけでもプライドはボロボロに崩され、昔から抱いていたささやかな夢はズタズタに引き裂かれた。番うべきオメガに近づく事が出来ないなんて……アルファとしても男としても……俺は不能だ。

そんな駄目な自分を隠すように、他のアルファにこれ以上負けてたまるかと勉強に打ち込んだ。

しかし……歳を負うにつれ、番相手を見つけていくクラスメイト達を見て……勉強が出来ようと運動神経が良かろうと、統率力があろうと……この世にいるアルファの中で結局俺が一番駄目なアルファなんだと、劣等感に苛まれただけだった。

次第に何もやる気が無くなり、『縁の顔合わせ会』にも理由をつけて参加を拒否し続けた。

ーーーーーー

2年になって……何ヵ月かが過ぎた頃……流石に会に参加せざるをえなくなった。

『オメガ支援会』から通達が来た。

オメガを不幸な事件に巻き込まれ亡くしたアルファ達が発足した組織。
その名の通りオメガを守るためだけの組織。番至上主義の集まりだ。

オメガを守る事に必死な故のいきすぎた行動にベータからは嫌われている。

その行動が逆にベータの中でオメガの存在を疎ましいものにさせているとアルファからも疑問の声が上がっているが、支援金など一部のオメガを救っているのも事実で……多少の変化をみせながら存在し続けている組織。

そこにこれ以上目をつけられるのは厄介だ。親の体裁もあるし、参加だけしてすぐに帰れば良いか……そう軽く考えて久しぶりの参加を決めた。

ーーーーーー

「ご主人様!!どうか僕を飼って下さい!!」

突然胸に飛び込んで来た小さな塊を抱き返す事も出来ずに突き放し、会場を飛び出した。

マスクを突き抜けて香る強烈なフェロモン……体の芯が燃え上がる様に血がたぎった。

「はっ……はぁ……はぁ……」

整わない呼吸に肺を押さえながら……沸き起こる初めての感情に戸惑う。

適当に顔を出して置けばいいと思ったのに……帰ろうとした時……その足は動かなかった。一人のオメガから目が離せなくなった。

一緒にいるアルファは緒方……一年の時から眞山貴司と並んで目立っていた奴だ。

幼い頃から仮契約の番を持つ眞山と、番こそいないが全オメガに紳士に対応して恋愛感情関係なくオメガとの交流も盛んな緒方……俺にもっとも劣等感を強く抱かせて来たアルファの二人。

隣りにいるオメガの子が笑顔を見せる度に嫉妬の炎が燃え上がる……しかし近付く勇気はなかった。

緒方に呼ばれ……ギリギリの距離を保ちながら近付く……心臓は今までに無いぐらい早鐘を打った。

清末 海里君……。

俺が突き飛ばし……尻餅をついて目を見開いて呆然とする顔を思い出すと、心がズキズキと痛んだ。

「須和っ!!」

気に掛けて見てくれていたのだろう。保健医がすぐに駆けつけて来てくれた。

「すみません……」

肩を借りながら先生の車へと移動する。

会場の廊下……ソファーに座って泣いている海里君を見つけた……緒方が海里君の尻尾を撫でている。

一年前と同じ様な状況……ただ……俺は海里君の涙を止めるのが緒方で無ければ良いのに……そう願っていた。

「先生……先生の先輩って人……今からでも紹介して貰えますか?」

「須和……お前……」

俺の目からは大量の涙が流れていた。

負けたくない……奪われたくない……。

「治したいです。完治しなくても……苦しくても、彼の側で笑っているのが俺でありたい……」

先生は「わかった」と、一言だけ答えてくれた。
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