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災厄の幸福

災厄興奮

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ステップを刻みたくなるぐらい浮き足だった心持ちで、白髪混じりの後ろ頭を懐かしい気持ちいっぱいで眺めて歩いた。

爺様もおかわり無い様だ。
真っ直ぐに伸びた背筋は年老いていても張り詰めた魔力を感じる。

「薄ら笑いを浮かべ飄々と……掴み所の無い。良いか……魔王様に失礼の無いようにするのだぞ」

俺が魔王様を困らせる訳が無いでしょう!?
薄ら笑いはニヤける口元を隠しきれないのです!!

大きな扉の前まで来て爺様がノックをすると、中から「入れ」と魔王様の声がする。
開かれた扉の向こうには……魔王様がその身を深く椅子に預けていらっしゃった。

なんて完璧。
自らを鼓舞する為の『俺は完璧』という虚言など本物の尊さの前では脆く崩れ落ちてしまう。

「魔王様、アルファルドを連れてまいりました。何をしておる、早く入らぬか」

そうは言われても……足が竦んで上手く歩けない。
一歩一歩……踏ん張りながら部屋の中へ進んだ。

「爺……お前は下がれ……」
「魔王様、それは危険では……」
「俺は下がれと言っているんだ」
魔王様の鋭利に細められた瞳に睨まれ、爺様は頭を下げるとすぐに退室した。

部屋の中には魔王様と俺……魔王様と二人きり、二人……きり……。
夢の様な状況に、偽りの体に流れるスライムの体液が興奮して逆流を始め目の前がクラクラしてきて、立っている事もままならないので、魔王様の前に跪いた。

「アルファルドと言ったな……お前は何処から来た」

ああ……その疑いの眼差しすら美しい……。

「エシャーミルより……」
「エシャーミル?遥か南の海か……あの地域は魔王軍の進行が進んで無い。お前の名を耳にした事が無いのはそのせいか……」

いいえ……つい先日まで名もなきスライムだったからです。
考え込む姿の麗しさに言葉を発する事も忘れ……魔王様のお姿に見入ってしまう。

「ホトルトでは無いのか……」

ホトルトって何でしたっけ?聞いたことがある気がして思い出そうとするが目の前の魔王様の視線を伏せた笑顔が頭を使わせてくれない。
物憂げな笑顔すら輝いている。

「お前は俺の……では無いのか……」
「魔王様、この髪の毛一本から爪の先まで……全て貴方様の物です」
何故そんなお寂しいことを仰られるのか……先程忠誠を誓った言葉を信じては貰えてないのだろうか……。

訴えるように魔王様へ視線を送るが、魔王様の目はますます険しくなるばかりだった。

「……ふん、無駄だ。お前ごときの魅了魔法は俺には効かない」

魅了魔法?
そんな魔法は習っていない……寧ろ魔王様の魅力に俺は囚われっぱなしですが?

「当然です……魅了されているのは私の方ですから」

あの日、初めて出会ったあの日からずっと……。

「……いいだろう。お前の魅了魔法の本気を見せてみろ」

見せてみろと言われても……魅了魔法とは何のことだろう?

そんな魔法を使った覚えはないけれど、もし魔王様に対して何か害を与えているなら責任をとってここで自決を……そう覚悟を決めかけていた俺の身体を魔王様が突然引っ張り……え?ええ!?

何で!?何で!?何で俺、魔王様と……口付けを交わしているんだ!?
これはその、えっと、あれ!?
ただでさえ混乱しているのに魔王様の舌が俺の口内を探るように動いた。

食事の摂取は常に触手からだったので、口に物を入れるという事をした事がないから知らなかったけれど……口の中を探られるのってこんなに擽ったいのか。

ゾクゾクと核を直接擽られているみたいな感覚に身体を震わせた。

服の中に入れられた魔王様の手が肌を撫でていく……。

この流れは……性行為への流れ。
アルラウネ様から押し付けられた知識で大体知ってはいるが……自分には用のない知識だと思っていたし、実際に体験するのと知識として知っているだけとは全く違う……初めて与えられる『快感』という感覚を学習した。

偽物の身体な筈なのに感じるんだ。

痛みを感じたり触感があるから……考えてみれば当然、気持ち良さも感じるか。

アルラウネ様もオメガドラゴン様も何が楽しいんだろうと思っていたけれど……肌を触れ合わせる事が、こんなにも幸せな気持ちになれる事だと初めてわかった。
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