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触手の帰還

触手の気持ち

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陽星が山の向こうへ顔を隠しつつある。
徐々に周囲は闇に覆われてて、姿を見せ始めた陰星の淡い光が周囲の魔力を高めだす。

俺もリュックから顔を伸ばして陰星の恩恵を全身に浴びていた。

「魔物って月……陰星が好きだよな」

『陰星の光には魔力が含まれている。人間はあまり感じないかもしれないけれど、魔力を源として生きる魔物にとっては無くてはならない物』

スライムなんて特に肉も血も無いから、魔力が切れると体の形の維持すら出来なくなる。

イツキは調理した魔鳥の串焼きを俺の前に差し出してきた。
「ほらお前の分。木の実ばかりじゃ腹減るだろ?ん?スライムの腹って何処だ?」
イツキは自分で言って、自分の言葉に首を傾げている。

『俺は肉は食べない……木の実も食べる訳じゃなく魔力だけ吸ってるだけだからイツキが全部食べれば良い。明日も歩き詰めて貰わなきゃいけないからな』

「え~ちょっとは寄り道しながら行きてぇなぁ……お前がいるから街に立ち寄れねぇし、お姉さん達と遊びも出来なくてつまんないんだよな……誰かが相手をしてくれればいいんだけど……」

イツキは串焼きの肉に齧り付きながら俺をじっとりと睨んだ。

『なら置いていけば良い。おかげで移動するぐらいなら十分の魔力は戻ったし、お互いの利害が一致しないなら一緒にいる必要は無い。サヨナラだな』

進みは遅くなるだろうが、これだけ動ける様になれば魔物にさえ注意しておけば自分でなんとか戻れるだろう。リュックから抜け出し森の奥へ移動しかけた俺の端をイツキが引っ張った。

「あっさりし過ぎだろ?数日とはいえ一緒に旅してさ、情とか湧かないわけ?別れるのが寂しいとかさ」

『?移動手段を無くすのは惜しいと思ってる』

「移動手段かよ……まあ、良いけど……その便利な俺を手放さない方法とか考えたりしないのか?」

俺にどんな言葉を求めているんだろう?人間の考える事は難しいな。

「魔王領に用がある俺にとって、魔王軍にコネがあるお前は大いに利用価値がある……けどな……やりたい盛りの年頃なんだよ。わかるか?」

俺を地面に押し付けるイツキの手に力が籠もる。
このままだと潰されるな。

『わからない。お前が街で遊んでる間、街の外で待ってろって事か?』

「それでもいいけどさ……初めはレベル高ぇと思ったけどさ。お前は存外に面白い性格してるし、触り心地もスベスベ程よい弾力で悪くねぇ……お前人型になったり出来ねぇの?」

……なるほど。
俺に快楽を求めているのか。

『無理だ。俺にその器官は無いし、形だけ真似るにしても魔力が足りない』

「へぇ……魔力が足りてればOKって事?なら俺の魔力を吸えよ?触手で魔力が吸えんだろ?魔力量には自信がある」

イツキの目が変わった……これはあれだ。
ペルソリアさんと同じ匂いがするな。
魔王様が言ってた変態というやつか。

『イツキも変態か。意外だな』

「変態ね、変態で結構!!誰だって変態の要素は持ってるだろ。見えたものが全てじゃ無い」

イツキは開き直った様に笑いながら親指を立てた。

『イツキ自身が魔力を吸って良いと言うなら形を変えられるか試してみるけど……イツキの望みを叶えてやれるかはわからない』

「ものは試しって言うからな!!さあ何処からでも吸うが良い!!」

胸を張るイツキの首筋に触手を突き刺した。

流れ込んでくる魔力と……見ようとしていないのにイツキの記憶も流れてくる。

いろんな場面が流れている中で、勇者……街……女の人や食べ物を要求してる。
人間同士でも奪い合うんだな。
イツキの見せる勇者は本の中の勇者とは少し違うみたいだ。

イツキ……勇者の仲間、洞窟の奥で……勇者に斬られて……囮にされたのか……。

そこで吸収出来る魔力量が限界を迎え、イツキの記憶も途切れた。

「どう?成功しそう?」

俺が触手を離した途端にイツキが詰め寄ってくる。
どれだけ変態なんだ。

『ん……待って……内臓とか細かいのは無理……』
その者の魔力を吸えたら模写するのは簡単なんだけど……イツキの中に見えた姿頭の中に思い描きながら形を変えるように体液を動かしていく。女の人……女の人……。

『……出来た?』
質感までは変えられないから半透明なままだけど形だけなら人間の女の人になれたと思う……質量の問題で少し小さいけど。

「……バッチリです!!モンスター娘最高!!」

『モンスター娘って何?』

肩を掴んで来る力が尋常じゃない……。

「こっちのこと。それでさ、もちろんヤラせてくれんだよね?」

『良いけど、俺は……』

俺が最後まで話し終える前にイツキは俺の体を押し倒し覆いかぶさってきた。
イツキの舌が肌を這い、体を揉むが……。

「……あの……なんか反応無いの?」
『何も感じないから反応しろと言われてもな……』

「悦べとはいわなくてもさ……人間に犯されるなんてイヤっとかなんかさぁ……全くの無反応、萎える」

言葉通り、イツキの性器は下を向いた。

『人間だからイヤとか無い。あの方の前では人間も虫も植物も同等だ』

「虫……」

『だからお前の望みを叶えられるかわからないって言っただろ……俺の感情を揺さぶる事が出来るのはただお一方だけ。俺は交尾に興味無いから、終わるまで体を休ませておく。汚れだけじゃなく、俺は毒も病気も溶かせるから好きに使ってて良い』

目を閉じると、イツキが隣に寝転んできた。

「病気なんて持ってねえっての!!もう俺も寝る!!魔王領についたら綺麗な魔物のお姉さんと遊ばせて貰うよ!!」

『ああ、それが良いと思う。交尾が好きな種族も沢山いる。綺麗の基準はよく分からないけど……師匠の触手は強くて綺麗だった……』

「触手の綺麗の基準こそ分かんねぇよ……ふわぁっ……お休み」

本当は眠かったのか、寝付きが良いのかイツキはすぐに寝息をたて始めた。

……。
綺麗な触手……。

師匠……前の魔王は死んだよ?今の魔王様は優しい魔王様だよ?きっと亜人の師匠の事だって受け入れてくれる。
師匠だって一人ぼっちじゃ無くなるよ?

寝転んで見上げた陰星……師匠の歌が聞こえた気がした。
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